*12 手
途中、コンビニで当座の飲物を買い、適当な会話を楽しみながら、海沿いの国道をひた走る。
(後部座席で無言で俯く栂谷くんには、それどころではなかっただろうけど)
糸屋くんはあれきり、市田のことには触れてはこなかった。
「今日は何件くらいまわる予定?」
目当ての物件は一日やそこらで回れる代物ではない。
あたしと市田が調べた時には、蓮見先生がピックアップしてくれた物件を樋田さんを足代わりに、十日ほどかけて調べた。
「今日は4件。アポは蓮見先生にお願いしてます」
「そっか。りょーかい」
それを聞いて頷いた。
蓮見先生に頼んだなら安心だ。
すでに連絡は先方に届いているはず。
そういう所は頼れる先生だ。
──前回、あたしと市田でO市に来た時は、まだ付き合ってなかったんだっけ。
流れる車窓をぼんやりと眺めながら、そんなことを思う。
──あれから一年もたったのか。
あたしも市田も大学院へ進んだし、今では一応一緒に住んでいる。
変わったもんだ。
あたしも、少しは変わったんだろうか?
「佐伯さん?」
ウィンドウ越しに、糸屋くんが視線をこちらに向けていることに気付く。
心配そうに眉を寄せて。
「あ、ごめん。何か言った?」
「……もうすぐ着くよって。大丈夫? 車に酔った?」
「ちょっと考え事してただけ。大丈夫だよ」
笑って見せる。
心配かけないように。
悟られないように。
それでも、彼の眉間に浮かぶシワは消えなかった。
「……大丈夫? 栂谷くん」
目的地である網元番屋一軒目についてまずしたことは……栂谷くんの介抱だった。
真っ青な顔色でうなだれる彼を、車の座席から引きずり出す。
駐車場の車止めの上に座らせる。
まさか、こんなに車に弱いとは思わなかった。
「ちょっと見ててやってください。なんか飲物買ってきます」
「うん。お願い」
糸屋くんが飲物を買いに走って行った後、栂谷くんの隣にしゃがんでその背中をさする。
「……すみません、佐伯先輩」
そう言った彼は、真っ青な顔で申し訳なさそうに頭を下げる。
「いーよ、いーよ。そんなときもあるって」
こんなことくらいで謝る必要はない。
具合の悪い時くらい気にしなくてもいいと思う。
しばらくするうちに、栂谷くんの顔色がいくらか良くなって来る。
糸屋くんもミネラルウォーターのペットボトルを片手に戻って来た。
「栂屋、ほら」
ペットボトルのキャップを緩めて差し出す。
「ごめん。ありがとう、糸屋くん」
「気にすんな。……悪かったな、運転荒くてさ」
バツが悪そうに謝る。
どうやら、責任の一端は自分にあると思ってるみたいで。
「そんなことないよ。……誰の運転でも車酔いするんだ」
「そっか。じゃ、帰りはもうちょっと気をつけるよ」
「うん、頼むよ。そろそろ行こう?」
栂谷くんが立ち上がった。
「佐伯さん」
糸屋くんの手があたしに差し出される。
市田ではない、その大きな手。
少しだけためらって、手を伸ばす。