*1 かくばかり
かくばかり 恋ひむとかねて 知らませば
妹をば見ずそ あるべくありける
(こんなにも 恋しくなるなら
あなたと出逢わなければ良かった )
──万葉集 第15巻3739番
……寒い。
肌寒さで目が覚める。
目覚まし時計にセットした時刻の少し前。
カーテンを透かした淡い日の光が、部屋を明るく照らしていた。
上半身を起こすために手を置いた先に、シーツではない感触を感じて、すっかり目が覚めた。
赤みかかったブラウンの髪。
明らかに僕のものではない。
「……市田?」
髪の毛のかたまりがもぞもぞと動く。
……佐伯だ。
寝起きとはいえ、彼女の存在を失念していたとは。
本人には言えないな。
「……もう、朝?」
髪の毛のかたまりの中から、少しだけ顔が覗く。
凄く、眠たそうだ。
「いや、僕が早く目が覚めただけ。もう少し寝てなよ」
返事の変わりに、彼女が寝返りを打つ。
僕の返事は聞こえていただろうか。
再び眠りについた彼女をおいて、ベッドを抜け出す。
今年の1月、彼女へ同棲を申し込んだ。
それから、彼女の家族に根回ししたり、新しい部屋を探したり。
実際に同棲にこぎつけたのは3月の終わりのこと。
同棲を始めてからまだ2週間程しか経っていなかった。
2DKの居間を突っ切り風呂に向かう。
途中、洗面所の鏡を覗き込む。
鏡に映るは、自分の姿。
スウェットの下だけを履いた、上半身裸の僕が。
薄い胸板、細い腰回り、ひょろ長い筋張った腕。
体質で筋肉が付きづらいのが悩みだったりする。
男は20歳を越えても身長が伸びるとはいうけれど、僕の成長のピークはとうに越えてしまったらしく、代わり映えはない。
──こんな僕で彼女はいいのだろうか。
そんな思いが頭を過ぎる。
卑屈なのはわかってる。
でも、自分に自信がないんだ。
蓄えた知識には自信があっても、僕自信に誇れるものなんて、ない。
人よりかっこいい訳でも、人望がある訳でも、ましてやカリスマ性なんて持ち合わせてる訳もない。
人より少し勉強が出来て、数字と言葉と機械に明るい。
ただ、それだけ。
こんな僕は、彼女にとって相応しいのだろうか?
思いがけずにしてしまった告白も、ついに始まってしまった同棲生活もそんな思いがついて廻る。
考えたって仕方のないことなのに。
そんな僕でも、彼女は良いと言ってくれたのに。
相も変わらず、僕には自信というものがない。
彼女といればいるほどに惹かれる気持ちは強くなるのに、どこかで別れを予感する僕がいる。
「……考えたって仕方ない」
1、2度かぶりを振って、熱いシャワーを開けた。