第五話 組合Ⅱ
「じゃあこれで登録お願い」
ロサから貰った金貨を窓口に渡して、アダマスは組合に加入することになる。
先程のアダマスの幾つかのやり取りとロサという保護者がいるせいか、相手は少しだけ緊張しながら用紙を用意する。
「と、登録ですね。初めまして、私はマリともうします。分からない事があれば気兼ねなく尋ねてください。後はご質問なのですが、ロサさんとパーティーを組むおつもりですか?」
アダマスはその単語がよくわからなかったので後ろにいるロサへと視線を送った。すると彼女は溜息を吐きながら二人へと近づいていき、ゆっくりと述べた。
「うむ。頼む」
マリはロサの返事に苦笑いをする。どうやら二人は知り合いのようだ。マリの手際はいいので、用紙の説明をしながらパーティーの手続きを始めた。
ロサもアダマスの隣に並んで、用紙を書き出す。ちらりと横目でアダマスがその用紙を見てみると、リーダー欄の所にロサの名前が書いてあった。またメンバーの欄にはアダマスしか書いていない。どうやらこれまであったパーティーにアダマスが入るのではなく、ロサをリーダーとして新たなパーティーを作るつもりらしい。
「組合登録後は、一月に一度、パーティーと個人のそれぞれにカルヴァオンの納品義務があります。人によって違いますが、そこはダンジョンの突破階層を参照してください。経験者のロサさんならご存知だと思います」
「うむ」
ロサはマリの言葉に頷いた。
アダマスはその間にも用紙に名前を書き終わって、書類に不備がないかロサが一応確認をする。と言っても書くことは署名と、親指に自分の血を付けた拇印ぐらいだ。住所不明無職が多い冒険者は家名や血筋などは空欄が多い。もちろんアダマスも空欄だ。アダマスはそんな高尚なものは持っていない。ただの農民である。
「組合に加入したことで幾つかの特権も与えられますが、それもロサさんに任して大丈夫ですか?」
「そうじゃな」
「では、少々そちらの席でお待ちください。すぐに組合の証をお持ちしましたら呼びますので」
マリの言葉に従って、アダマスとロサは指定されたソファーで待つ。
「なあ、その組合の証って出来るのにどれぐらいかかるんだ?」
アダマスはソファーへと腰深く座りながら、隣に背筋を伸ばして上品に座るロサへと聞いた。
「おそらくは数十分はかかるな」
「暇だな……」
アダマスは好奇心が働いたのか、ニヤリと笑ってから立ち上がった。
「おとなしく待っておれ……」
溜息を吐きながらロサはアダマスを止めるが、聞く耳を持たない。
好奇心に任せて組合の中をアダマスは歩きまわった。
受付は相変わらず混んでいた。どうやらアダマスが行った窓口の他に、組合の“特権”に関する手続きも取るらしい。そのどれもが今のアダマスでは分からないことだらけだった。
ただ、その中でも一つの掲示板にアダマスの視線が吸い込まれた。
何人かの冒険者もそこを見ていた。
「そこは依頼掲示板じゃな――」
いつの間にかアダマスの隣に立っていたロサが喋った。
「依頼?」
「うむ。モンスターはのう、カルヴァオンの他にも素材が取れる。それを欲しがる商人や冒険者もいるのじゃ。それに……中には特別討伐指定モンスターもいてのう、それを倒した者には別に報奨金が与えられる、といった制度も組合にもあるのじゃ。それを専門に行うものもいるぐらい、稼げるのは稼げるぞい」
「へえ」
冒険者の制度には明るくないアダマスだが、どうやら金稼ぎにはカルヴァ音を集める他にもあるみたいだ。
「ただ、のう。それを目指す冒険者はあまり多くない。確かにダンジョンに潜ってモンスターを一匹か二匹倒すだけでいいのは楽じゃが、その目標と鳴るモンスターが強すぎてのう。それなりに深い階層を潜れるような者じゃないと、稼ぐのは難しい」
アダマスはロサの言う通り、幾つかの依頼書を見てみた。
氷角獣の角の納品依頼や、陰のデーモンの心臓を求める依頼書もあれば、はたまたはぐれモンスターと断定された黒竜アンティウスの討伐依頼もある。どれもダンジョンの突破階層が五十以上のものばかりで、中級者でもしんどいであろうものばかりだ。
それにモンスターが現れる階層やダンジョンが判明されているものはいいのだが、それが全く不明なモンスターは探しだすのから行わければその代わりに報酬が跳ね上がり、金貨を百枚単位で支払うような依頼書も少なくはない。
「あれは?」
アダマスが指差す先には一枚の依頼書が存在した。
内容は討伐依頼で、ダンジョンはトロ。冒険者の指定突破階層は特にない。この場合はモンスターの実力がまだ把握できず、適切な冒険者へと依頼できないので情報も集めているとロサは付け加えていた。
ロサは彼がどこに注目するのかと思えば、依頼内容を読んでいく内に、アダマスの疑問を納得した。他の討伐依頼書と比べても、それには不可解な点が多かった。
現れる階層は不明との記載は他にもあるが、注意事項に低階層にも出現していて、初心者などは要注意のモンスターのこととある。
「アンデット一体に金貨二百八十枚。それも低階層に出現するモンスターに。何かおかしくねえか?」
そこに書かれているのは確かに死人の討伐依頼で、条件としてカルヴァオンの納品も別報酬に含めている。
だが、それを含めるとしても、三十階にも満たないモンスターに対しては、破格過ぎる報酬だった。何故なら他の依頼書を見てみると、五十階を突破する場所に現れるモンスターの討伐依頼でさえ、三百。それらを考慮すれば、たかだか低階層に出現する死人一体、それも特殊能力を使うような死人ではなく、あくまで武器だけを操る人ほどの大きなモンスターの討伐報酬としては多すぎる額とわかる。
「すっごーい! これ! これを討伐しに明日は行きましょうよ!」
アダマスの声とは別に、彼の注目した討伐書に別の冒険者が大きな声で反応した。きわどい装備を身に付けた美麗な冒険者であった。
その大声に、組合の二階にいた傭兵や職員たちが彼女に注目した。
だが彼女の大声に反応してアダマスたちを押しのけてその依頼書を見た幾人かの冒険者は、苦い顔をしてまた自分たちがいた所に戻って行った。
その依頼書の前に留まった男の冒険者の一人が、彼女へと忠告するように言った。
「それを見かけたら、すぐさま逃げた方がいい――」
「えー、どうして? はぐれといっても、ここまで降りてくるのは雑魚でしょ? 取られたくないのだったら、私よりも早くに討伐すればいいじゃない」
トロというダンジョンでは、人ほどの大きさの死人が出るのは日常茶飯事だ。
トロの強いモンスターといえば、動物の形を型どった死体だ。もしくはギフトに似た力を操る死人も危険個体だと言われている。
「そのモンスターは、少し前にここでも話題に上がったモンスターでな。依頼書には書かれていないが、幾つかの情報が集まったんだよ」
「それって、どんな?」
「――曰く、そのモンスターは、モンスターを襲う。視界に入る動く“もの”を全て切り刻もうとするらしい」
「なに……それ……」
女の冒険者は不気味な気持ちに陥った。
モンスターがモンスターを襲うなんて話は、聞いたことがない。冒険者の一般常識として、モンスターはダンジョンの中で共同生命体だと考えられているのだ。
「しかも死人によくある特徴である動きの鈍足化や反応の鈍さも見えず、人のように動くらしい。その強さは少なく見積もっても、中階層突破冒険者並みらしいぜ。さらに幾つかの有名な冒険者もやられているみたいだ。オレとしては、会ったらすぐ逃げたほうがい。というよりも、トロに潜ること自体を避けたほうがいいと思う。そっちの兄ちゃんもな」
男の視線がアダマスへと移った。
アダマスは男の視線を無言で受けていた。
女の冒険者も男の話を聞いて戦慄したのか、一度だけ身を震えさせて逃げるように掲示板の前から去った。
「アダマスさんー! アダマスさんー!」
そんな時、窓口の方からアダマスの名前が呼ばれた。
「分かった。できるだけ注意する」
アダマスは男の忠告を素直に受け止めると、窓口へと戻って行った。
◆◆◆
「アダマスさん、これがあなたの組合員の証明書となります。組合の施設を使用したい場合は必ずこのバッジの提示が必要となります。無くさないようにご注意ください」
マリから手渡された組合のバッジには、表に剣と杖が交差するように描かれて、裏にはアダマスと小さく刻まれていた。
アダマスはそれを鎧の下の服の首元につけると、イタズラな笑みを浮かべていった。
「もし、これを亡くしたらどうなるんだ?」
「もちろん、再発行料として金貨五枚が必要になります。また冒険者の信用の低下ということで、半年間カルヴァオンを一割増で収めなければなりません」
「なるほどな。絶対に無くすなと」
「そういうことです」
マリは大きく頷いた。
そしてマリは今度はロサへと幾つかの証明書を渡した。どうやらパーティー登録時には組合に入った時とは違い、証となるのは紙切れ一枚だけのようだ。
「それでは今後共冒険者組合をよろしくお願いします。お体にお気をつけて、十分注意して冒険をよろしくお願いします。また、会いましょう」
最後にアダマスはマリから激励を貰って、組合への登録は正式に済んだのだった。