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ADAMAS  作者: 乙黒
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第四話 組合

 ロサと知り合ってから翌日のこと。

 アダマスは窓から入ってくる心地よい朝焼けによって目覚めた。まだ空は暗い。固い木製のベッドの上で背伸びをし、耳に小指を入れながら外を覗く。どうやらまだ早いようで、外に活気は無かったが、人が忙しく働いていた。どうやらこの町の人は働き者らしい、とアダマスは思った。

 アダマスのいた村では、時計という概念自体が存在しない。日が完全に昇れば動き出すが、早朝はまだ眠っている家庭が多かった。

 そんな光景を見慣れたアダマスにとっては、ベッドの上で眠たげな目を街の様子に向けて、十数分の間、うつろうつろとのんびりしていた。


 それからアダマスはのそのそとベッドから降りて、宿の近くにある井戸へと急いだ。そこには誰もいなかった。アダマスは水を組んで、顔を洗うためか、近くにあった広い桶に水を移して、それで顔を何回かゆすいだ。

 それから食堂に向かう。

 アダマスが止まっている宿に、朝食や夕食などのサービスはないが、一階が酒屋と食堂を兼任しており、そこでお金を払えば温かい飯が食べられるのだ。

 アダマスは軽く、分厚いステーキを頼んだ。

 料理が運ばれてくると、それにフォークをさして齧り付くように食べる。田舎者であるアダマスに、礼儀作法といった言葉はない。


 アダマスが食事を取りながら考えるのは、昨日のことだった。

 それも、ロサ、からのパーティー加入を受諾してしまったアダマスは、別れ際に彼女から「明朝に冒険者組合で待っている」と言われた。

 アダマスは朝食が終わってから冒険者組合に行こうかと思うが、残念ながら場所を知らない。だから食堂にいた給仕の一人が皿を下げに来るのと同時に聞いてみた。


「なあ、ちょっといいか?」


「はい。何でしょう?」


 アダマスが声をかけた給仕は、そばかすと肩で揃えられた茶髪が可愛らしい少女だった。まだ顔があどけなく、年はおそらくアダマスの一つか二つは下だろう。


「冒険者組合ってどう行けばいいんだ?」


「店を出て、東にまっすぐ進むと、左手に見えると思いますよ。少々道は長いですが、組合自体は大きさが大きいので、すぐにわかると思いますよ」


「分かった。ありがとな」


 アダマスは笑顔で言った。


「……失礼かもしれませんけど、もしかしてこの町に来てまだ日は浅いですか?」


 少女は口にだすのを躊躇っていた。


「そうだな。昨日ついたばかりでな。この辺りの地理にはあまり詳しくないんだよ」


「それなら、この店の裏手にある薬屋は私のおすすめです。ぜひ、余裕がある時によって見ればいかがでしょうか? 冒険者なら回復薬などは必需品でしょうし。それに――」


 少女はアダマスの耳元に口を寄せた。


「――ここだけの話、その薬師は私のおばあちゃんなんですけど、癒しの神のギフト持ちなんです。だから普通に買うよりも、いいのが売っていると思いますよ」


 アダマスも十二神の特徴は全て覚えていて、その中でも癒しの神が授けるギフトは冒険者以外にも道が大きく広がる優秀なギフトだと記憶している。


「そうか。助かる」


「誰にも言わないでくださいね」


 少女は満面の笑みでアダマスのテーブルから去ろうとした時、アダマスがチップとして銀貨を二枚も少女に手渡した。

 少女も最初は断っていたのだが、アダマスが強引に手にお金を握らせると、感謝の言葉だけを口に足早とその場を去った。少女にチップを渡したのは、これから先も冒険者を続けるのならお世話になるかも知れないので、少しでも自分の印象をよくしようとしたものだった。

 アダマスは自分の部屋に戻ると、すぐに装備の準備を始めた。今日は冒険に行くことはないだろうが、もしかしたらロサの案で潜るかも知れない。その可能性を考慮に入れたのだ。

 宿から出たアダマスは、ゆっくりと大通りの喧騒を楽しみながら組合に目指す。その頃には太陽はもう頭上に輝いていた。いつもよりも重い剣を背負っていると、少しだけ迷宮探索が楽しみになった。



 ◆◆◆



「――遅い!」


 インフェルノの建物の中でも、周りと比べて一段と大きいスケールを誇る場所の前に、太陽に彩られた中を一人の女性が苛つきながら待っていた。

 ロサだ。

 彼女の後ろにある建物には冒険者組合と大きく書かれており、周囲の二階建てから三階建ての建物よりもずいぶんと高い。また他の建物が石を積み上げただけなのに対し、冒険者組合の建物は立派な装飾がなされていた。屋根には二体のガーゴイルが守護神のように向かい合っており、柱の一本一本に細かく花や草などが刻まれてある。その様子は大聖堂と比較しても、劣らない建物なのは確かだ。

 また人の出入りも多かった。

 中には商人や一般人もいるだろうが、そのほとんどが冒険者だろう。

 何故なら帯剣をしているからだ。

 その中でも、入り口に仁王立ちで腕を組みながら立っているロサは目立つ。

 美しい容姿もそうだが、それ以上に怒髪天を突かれたような表情は、彼女を知るものなら戦々恐々とする。


「遅い!!」


 大通りは混んでいるはずなのに、彼女の視線を先は割れているように人がいない。本能的に一般人も冒険者も避けているからだろう。

 そんなことが数時間続いて、彼女の目の前に金髪の髪をした青年がゆっくりと歩いていた。

 全く急いでいない様子に、ロサの眉間に皺が寄った。


「おっ、よう!」


 金髪の青年であるアダマスはロサのもとまで夜と、軽く手を上げた。


「遅い! お主は妾をどれだけ待たせる気なんじゃ!」


 真っ赤になった顔で、ロサはアダマスまで詰め寄った。


「何に怒っているんだよ。ちゃんと来たじゃねえか」


 だが、田舎者であるアダマスにロサの怒りは分からない。

 アダマスの村では、約束に時間などなく、急ぎの用事なら家まで尋ねることが多かった。もちろんどこかの場所で待ち合わせをしていると、どちらかが数時間の遅刻などよくあることだった。

 だが、一時間おきに鐘の音がなるインフェルノでは、田舎者に比べると時間に厳しいのである。


「妾は明朝からずっとここにいるのじゃよ! せめて十の鐘が鳴るまでにはこんか。それに、時間に遅れるのなら、ちょっとは急いでくるとかもないのかお主は!」


「はあ? 時間ってなんだよ?」


 アダマスの発言に、ロサはぷるぷると震えた。


「……時間も知らぬ田舎者が……」


 怒りは頂点を通り越して、形容しがたい思いが心を占める。


「おい。中に入ろうぜ」


 だが、そんなことに気付いてすらいないアダマスは、ロサから入り口へと視線を伸ばして先へと急ごうとした。

 ロサは大きな舌打ちをしてから、彼へと続いて組合の中に入った。


「まずは何をしたらいいんだ? 俺は組合に来るのすら初めてなんだけど」


 建物に入ってすぐ、冒険者として新人のアダマスは隣にいるロサに聞いた。


「……二階に受付がある。そこで登録をすれば、この建物にある施設や他にも便利になるシステムが使えるようになるのじゃ」


 先程の怒りが後を引いているロサは、アダマスを睨みながら言った。

冒険者組合の二階は受付になっているのか、カウンターが広く、数人の職員がまばらに列を作る冒険者の相手をしていた。もちろん窓口ごとにその仕事は別れており、その中でも新人受付はがらがらだった。おそらく新しい冒険者など、毎日いるほど多くもないのだろう。

 だが、新人受付にいる女性は切れ長の目が特徴的な美人だったので、何人かの冒険者が話しかけていた。どれも男だ。おそらく彼女を食事に誘っているであろう軽い言葉が、次々と矢のように女性へとふりかかる。


「あそこに言って、早く登録を済ませろ」


 ロサはアダマスに行くべき場所を指差して、手で払うように追いやった。

 その際に他の列に並んでいた他の冒険者達の目がロサを見てからアダマスに向けられたが、気にせずアダマスは男が集っている窓口に行って、強引に男の方を手でどかしてこかし、カウンターに肘をつきながら話しかけた。


「冒険者組合に入りたいんだけど――」


 アダマスは軽く言った。

 そうすると、窓口に座っている女性の目が光った。


「分かりました。入る際に金貨二枚が必要になりますが大丈夫ですか?」


 アダマスはちらりと財布を確認した。

 無かった。

 残っているのは銀貨が数枚だけ。新人の冒険者であるアダマスには、金貨二枚というお金は大金なのだ。


「じゃあ、諦めるよ」


「……えっと、お金がない冒険者には……」


 そんな彼を窓口嬢は引きとめようとするが、アダマスはすぐさま引き返そうとした。


「おい! 待てよ! 俺に何するんだよ!!」


 アダマスに肩を退かせられた男が、怒鳴るようにして引き止めた。男は胸当てなど軽い装備をしながら、腰には立派な剣を付けている。


「……うるせえな。俺に何のようだよ」


 アダマスは男へと苛つきながら振り返った。


「お前が俺を突き飛ばしたんだろうが! 俺を誰だか知って、そんなことをしたのか?」


「誰なんだよ。お前は。もしかして町でも有名な馬鹿か?」


 アダマスは本人に自覚はないが、挑発するようなことを言う。

 それに、遠目で見ていたロサが溜息を吐きながら頭を抱えていた。


「ちっ、お前、新人が調子に乗ってんじゃねえよ!」


 そう言いながら腕を振りかぶろうとしたところで、ロサが止めた。


「待つのじゃ」


 ロサはかつかつと二人に歩み出て、アダマスの前に立った。


「お前は……ロサか……」


 男の瞳が怪しく光った。


「こいつはまだ新人での。まだ道理も知らぬ小僧じゃ。妾が後で躾けておくから、今日のところは見逃してくれると助かるのう」


 ロサが申し訳無さそうに言った。


「新人だろうが、なんだろうが、先輩に楯突く奴は八つ裂きなのがここの掟だぜ」


「そうなのじゃが……」


「ま、俺は見逃してやっていいぜ。女に守ってもらうような情けないやつに興味はないしな。その代わり……」


 男はロサの肢体を舐めまわすように見てから舌なめずりをすると、


「あんたと一晩を共に――」


「――別に、見逃してもらう気はないぜ」


 だが、そんな言葉を遮るようにしてアダマスがロサを退かした。


「お主……」


 ロサが苦い顔をした。


「俺とこいつに、あまり関係性はない。守ってもらう気もないんだよ。それで、あんたが教えてくれるんだろ? 俺にここの上下関係ってやつを――」


 アダマスは男の前に立って、手を誘うように動かした。


「てめえ……本当に何も知らない新人らしいな……」


 男の怒りのボルテージが上がっていく。


「こっちは何も知らない田舎者でね。あんたのような馬鹿も知らないんだよ」


「アダマス、辞めるのじゃ。そいつは中層にも挑めるような冒険者じゃよ。お主が勝てるような相手ではない。おとなしく引け。お主に怪我をされると妾も困る」


「あんたは引っ込んでるよ」


 ロサにあまりいい印象のないアダマスは、冷たい目で睨んだ。

 アダマスにとってロサは保護者ではないのだ。


「へへっ、女に守ってもらわなくていいのかよ? どうせその顔で落としたんだろ? お前、男にしては綺麗な顔をしてるもんな。冒険者よりもヒモのほうが似合っているんじゃねえか? これからもその顔で女を落としたかったら、ここはロサに泣きついてもいいんだぜ? それとも、お前がケツを差し出すか?」


 男はニヤつきながら言った。


「……そういうお前は、俺の村にいた家畜に顔が似ているぞ。畑で鍬を引くしか脳がないような家畜だ。あんたも鍬を振っているほうが似合うかもしれないぜ」


「ぬかせえ!」


 アダマスの言葉に怒りが頂点に昇った男は、その衝動の思うがままに拳で頬を殴りつけた。アダマスは顔がその衝撃によって横へとそれて、頬が赤く腫れた。さらに唇の端も切れたのか、血が垂れて、

 だが、アダマスは立ち尽くしたままだ。


「軽いんだよ、打撃が――」


 アダマスの拳が次に男を殴った。もちろん顔面だ。腰が入ったいいパンチに男は足が浮いて、床へと背中から倒れた。

 だが、地元で喧嘩になれたアダマスは、それだけでは終わらない。すぐに男の元へ近づいて、首を片手で掴み、軽軽と持ち上げた。


「この程度かよ、先輩様は――」


 クレイモアを片手で扱うほどの筋力があるアダマスは、男を持ち上げるのを苦にもしなかった。

 男は首をしめられているので、両手でアダマスの右手を外そうとし、足をじたばたさせながらもがくが、一向に手が離れる様子は無かった。むしろ締め付けは徐々に強くなり、気道も狭くなって男の呻き声もどんどん大きくなる。


「――何事なのだっ!」


 そんな時、三階へと続く階段から一人の屈強な男が降りてきた。


「組合長、えっと……」


 カウンターにいた窓口嬢が理由を説明しようとして、アダマスと男の二人に目をやった。


「お前たち二人が騒ぎの原因か?」


 屈強な男は、アダマスを睨んだ。


「さあ、何のことだ?」


 アダマスが右手を離すと、男は地面へと倒れて必死に呼吸を開始した。


「……あまり調子に乗ると、組合から追い出すぞ」


 組合長が冷たい怒気を纏ってアダマスを包み込もうとする。


「残念ながら、まだ登録を済ませていない新人だからな。そうか。ここはあんたの権限で、簡単に脱退させられるような組織なのか」


 だが、アダマスにそんな脅しは効いていなかった。


「威勢がいいのもほどほどにいないと、痛い目を見るぞ。新人――」


「ご忠告ありがとう」


 アダマスと組合長の視線が交差し、しばしの間時が止まった。


「ふん。もう騒ぎを起こすなよ。バカども! さっさと職員は仕事を再開して、冒険者は用を終わらせて消えろ。オレの城でこれ以上騒ぎを起こすなよ!」


 組合長の怒号と共に皆が忙しく動き出すのを見ると、アダマスを一瞥してから組合長は三階へと戻って行った。

 ロサはすぐにアダマスの隣へと立って、組合長が消えた先を見つめながら言った。


「お主、運がよかったの――」


「そうなのか?」


「うむ。組合長であるロベルトは、それはそれは誉れ高き冒険者での。王から勲章を貰ったことも有しじゃ。先程のゴロツキならまだしも、お主なら逆立ちしても適うような相手ではない。それにしても、お主、喧嘩っ早いのう。もう少し、押さえることを覚えんか」


 ロサは注意するが、アダマスは話を半分ほどしか効いていなかった。


「ロベルト、ね――」


 それよりもアダマスは組合長が消えた先をずっと見つめていた。


「妾にも用事がある。早く登録をすませんか」


「金がない」


 断言したアダマスへとロサは頭を抱えると、懐から財布を出してアダマスへと金貨を二枚差し出したのだった。

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