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ADAMAS  作者: 乙黒
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第二話 クレイモア

 アダマスがついた武器屋の名前を、『タキトゥス・グラディウス』という。

 その店は大通りの位置してあり、中は広く、所狭しと武器が並んでおり、高そうなものは壁に専用の取っ手にかけられ、安そうな武器は木製の樽に突き刺すように入っていた。

 中にはちらほらと客がいた。どれもが冒険者らしき者で、武器を持っていない者はいない。一つ一つの剣を鞘から抜いて刃を確かめている。どうやら冒険者には武器の良し悪しを見極める目も必要なようだ。

また奥には店主らしき屈強な男が椅子に座っている。左目が潰れていて、短い髪には白髪が混じっているが、元戦士なのは一目瞭然だった。


 アダマスは中をざっと見渡してから、どんな剣にしようか迷っていた。

 無精髭の生えた顎を擦った。

 使う剣は今と似たようなものがいい。

 現にこの武器屋にはクレイモアも何本か存在している。アダマスは今の剣を打ち直すことも考えたが、考えれば考えるほどいい武器ではなかったので気が進まない。切れ味は鈍く、耐久力にも不安があったからだ。


 数々の武器の中で目を引かれたものは一つとしてなかった。

 新しく剣を打ってもらうことも考えたが、そんなお金の余裕はない。

 とすれば、とアダマスが悩んでいると声をかけられた。


「お前さん、見ない顔だな――」


 それは奥に座っていた店主だった。

 木製の椅子に座りながら、片方の目でこちらを見定める。


「ああ。今日、ここに来たばかりなんだ」


 アダマスは人懐っこい笑みで店主に言った。


「武器に悩んでいるのかい?」


「そういう“サービス”がここにはあるのか?」


 素直にアダマスが問うと、店主は大きな声で笑った。


「ない」


「ないのかよ――」


 アダマスは肩をがっくしと落とした。


「無いが、儂も暇なんでな。お前さんを騙かして、高くて質の悪い武器を買わそうと思っているのだ。どうだ? 嬉しいだろう?」


店主は欠けた歯を見せるように笑った。


「ああ。嬉しいね――」


 アダマスは意地の悪い笑みを浮かべた。


「それで、お前さんの武器は背中のそれかい?」


 店主はアダマスの背中の剣を指差した。


「ああ。これと似たようなものを探しているんだ」


「ちょっと、それを見せてもらえるか?」


「いいぜ」


 アダマスは背中に背負っていた剣を鞘ごと渡した。

 店主はそれを受け取ると、ゆっくりと丁寧に抜いた。刀身を見定める。と言っても、アダマスが遠目から見ても酷い剣だった。錆こそないが、長年の使用によって細かい傷は多数付き、ひび割れや刃が欠けているのは当たり前だ。さらに店主が全部抜こうとすると、途中から刀身がない。それについては店主も少しだけ口をぽかんと開けた。


「……これは、冒険者の持つような剣じゃねえな。酷いぜ。こりゃあ」


 店主はぽつりと漏らした。


「だろう? 今日はそれで潜っていたんだ。尊敬するだろ?」


 アダマスは自信満々に言った。

 生きていることこそが行幸なのは本人も自覚しているが、それを笑い飛ばすほどの豪快さが彼にはある。


「凄いね。若者というのは、たまにとてつもない馬鹿をやらかす。お前さんがその一人のようだ」


 店主は溜息を吐いた。


「そうみたいだな」


「それで、お前さんはこれとよく似た武器が欲しいのか? それとも違う武器が欲しいのか?」


「俺としては、似たような武器がいいな。切れ味がそこそこで、耐久性が高いなら御の字だ。さらに贅沢を言えば、安いのがいい。まあ、最悪、その武器より強いのだったら何でもいい」


 アダマスは正直な願望を告げた。

 武器に対してのこだわりはそこまでない。村では剣を使っていたが、最悪の質のものだったので折れることがよくあり、狩りや訓練にはやりや棍棒など他の武器も用いたことはある。強いて言えば、弓や盾などは全く使えないくらいで、棒状の武器なら大概は扱える。


「……金はどれぐらい持っているんだ?」


 そんな店主の質問に、アダマスは指を五本立てた。


「これぐらいだな」


「ちなみに、その単位は?」


「もちろん金貨だ。金貨五枚。それが俺の出せる限界だ」


 店主は相場よりも低いアダマスの財産に頭を抱えそうになるが、彼の発言を思い出して少し考えを改めた。

 何故なら、今日、ここに来たばかり、と言っていた。

 ということは、アダマスは冒険者として新人ということになる。新人が持っている金額として金貨五枚は高額だ。一般的な初心者なら一日に五枚も稼げない。ならば貴族の息子という考えに達するが、それにしては服装や装備が貧相だなと思えた。


「ふむ。なら、ちょっと待ってろ。奥にいい武器があったはずだ」


 店主は店の奥に消えると、すぐに戻ってきた。

 そしてアダマスに一本の剣を渡した。


「これが?」


 アダマスはその剣が鞘に入った状態を見つめた。

 形はただの長剣だ。以前の剣よりも些か短い。だが、一つだけ大きく違うのは装飾だ。前回はただの木を切り出して作った鞘に、持ちやすさのみを考えて皮を雑に巻いた剣だったのだが、店主から渡された剣は一風違った。

 まず、鞘が深い青色で染められていた。一切の曇もないほど澄んでいた。さらに鍔は翼が広がったように装飾されていた。掴も青く染められた革が綺麗に巻かれており、一流の美術品と言っても申し分ないだろう。


「ああ。抜いてみろ」


 アダマスは店主の言葉に導かれるがまま、その剣を抜いた。

 軽い。まるで羽のようだった。鞘に守られた刀身は美しく磨かれており、鍔から剣先まで一切の歪みも無い。

 まるで鞘から柄、それに刀身までを一つとした美術品のようだった。


「どうだ? いい剣だろう? 東にいる鍛冶屋最高峰の男――テルムが一人で拵えた作品だ。お前さんなら、きっとこれを使いこなせると思うぞ。金貨百枚と少々値が張るが……ローンなら組んでやらんこともない」


 店主は口角を上げた。

 テルムという名は、片田舎に住むアダマスが知っているほど有名だ。

 その功績としては様々な合金を発見したとされ、これまで使い道のなかったヒヒイロカネやオリハルコンとの鉄の合金を発見したとも言われている。その凄さは発見だけにとどまらず、全ての武具を最高の形で仕上げるため――オールスミスとも呼ばれることがあるぐらいだ。

 

 テルムという言葉に、店内にいた他の冒険者もアダマスの持っていた武器に視線が奪われた。

 冒険者にとってテルムの武器は栄誉の象徴だ。過去には一流の騎士に国から送られたこともあり、持っているだけでステータス扱いとなる。

 もちろん、それを求める者は多い。

 一番足が早かったのは、アダマスよりも少し背の低い冒険者だった。だが身体はアダマスよりも太く、強固な鎧を着て、腰には立派な剣がぶら下げてある。


「――おい、そこの坊主、怪我をしたくなかったらその剣をオレに……」


「ああ。やるよ。はい」


 アダマスは何の躊躇いもなく男に持っていた剣を渡した。

 それから今度は店主の話を聞く暇もなく、一番近くに会った樽に差された長剣を見始める。


「どうしたんだ? お前さんはその剣が気に入らなかったのか?」


 店主の言葉は少しだけ刺を持っていた。


「ああ。その剣じゃ、駄目だ」


 アダマスは頷いた。


「何故だい?」


「軽すぎるんだよ、その剣。見た目が鉄のはずなのにな。後は刀身と重量が合っていない。おそらく中身は空洞だろ? だとすれば、通常よりも折れやすいはずだ。そんな耐久性がない剣なんて危なっかしくて使えるかよ。使わないね。俺なら」


 アダマスの言葉に、剣を強引に奪おうとした男の顔面が蒼白となった。店主へと慌てて剣を返して、逃げるように店から出て行った。

 店主はアダマスの目利きに感心して、今度は大きな声を上げて笑った。


「お前さん、いい腕をしているな!」


「ありがとよ……」


 もう少しで騙されそうだったアダマスは、げんなりとしていた。

 手渡されたから軽さという怪しさに気付いたものの、見せられるだけなら気づかなかっただろうとアダマスは考えている。

 宣言通りに騙そうとする店主へと、アダマスは少しばかり尊敬していた。


「その通り! それはオイの知り合いが馬鹿な客を騙すためだけに作った剣だ。面白いから残しておいたが、まさかこんな簡単に看破されるとは思わなかったぞ! お礼に、オイが心底丁寧に武器を教えてやるぞぉ!!」


 店主は褒め称えるが、アダマスは全然嬉しそうではない。


「いらねえよ。次もまた騙されそうだ」


「そう言うなよぉ! 奥にはもっといい武器があるんだ! 次は引っ掛けなしだぞ! 今度の武器はな、かの有名な鍛冶の名門――ウェントュス一族の作品だ。お前さんも、トゥファオやフラーメンは聞いたことがあるだろう? それ並みの剣だから、きっとお前さんもきっと気に入るは……」


「だから! そんな剣はいらねえよ! 俺の剣は俺が選ぶ。それに……どうせ、ウェントュス一族の六歳の子供が作ったという話だろう! おっさんの話は分かっているんだよ!」


 アダマスの鋭い勘に、店主は両手を降参とばかりに上げた。


「なんでい。分かっていたのかい」


「何となく、おっさんの手口は分かった。俺の村にも似たような奴がいた。好き勝手に辺りを乱す。俺の嫌いな質の人間だ」


 アダマスははっきりと言い切って、一本ずつ剣を抜いて確かめた。

 前と同じぐらいの剣であれば文句は言わないが、出来るだけ上質な武器が欲しいため必死になって目を凝らす。

 低品質の剣には鉄以外の物も混ざっているため、気が抜けないアダマスは一つ一つ見比べた。


「――そっちより、その剣のほうが妾はいいと思うぞい」


 アダマスがそんな風に悩んでいると、後ろから女性的な高い声が聞こえた。古風な喋り方をしていた。

 振り返って見てみると、黒色のローブを着た女性だった。フードは被っておらず、肩までの短い黒髪が美しい女声だ。容姿も整っており、薄い唇が可憐な印象を生む人だった。


「……そうなのか?」


 アダマスは疑いながら聞いた。


「信じたくなければ、信じなくてもいい。ただ、妾の目利きではそっちのほうがいい剣だと思う。あまり自信はないがのう」


 女は豊満な胸の前で腕を組みながら言った。

 その通りにアダマスも剣をとってみると、確かにいい剣だった。種類としては以前と同じクレイモアで長さも前とほぼ同じだが、幅が少し狭く、程よい重さは心地がいい。刀身は少し曇っているが、気になるほどではない。無名の剣らしいが、鞘は黒塗り。柄はただ革が巻かれているだけのシンプルなデザインも気に入った。

 前の剣や、店主に紹介された件と比べるとはるかにいい剣だった。


「へえ、いい目をしているんだな。ありがとう。いい物が買えそうだ。」


 アダマスは感心するように剣を鞘へと戻した。

 買う剣としては、これで決まりだと彼は考えている。


「うむ。妾もよかった。そう言われると嬉しい」


 アダマスはもう一度お礼を言うと、この剣を店主まで持っていった。

 値段としては金貨四枚と銀貨六枚。

 安くもないが、高くもない。

 店主はその剣を選ぶと、少し残念そうな顔をしていたが。

 古い剣に未練はないので、店主に処分してもらうことにした。剣として価値はないが、鋼材としてはまだ利用価値があるらしく、銅貨数枚で買ってくれた。相場は分からなかったが、アダマスとしては少しばかり損をしようとあまり関心がなかった。そこまでがめつい男でもなかったのだ。

 そして、ほくほく顔で武器屋を出ようとした時、先程の女性からまたまた声をかけられた。そのまま一緒に店を出て、大通りで話す。


「――それで、その剣を選んだお礼を妾にしてもいいのではないか?」


 女は謎めいた笑みを浮かべた。


「何だ? 金か?」


 アダマスは目を細めた。


「ふむ。それはいらん。妾はお主にしてもらいことがあるのじゃ」


 女は甘い吐息を吐いた。


「……俺は女っぽいらしいが、れっきとした男だぞ。俺を抱きたいのなら……ちょっと心の準備ぐらいは欲しいな。いくらあんたが美人でも、いや、美人だからこそ緊張するもんだ」


 アダマスは頬をかきながら言った。

 すこしばかり照れていた。こんな白昼から、しかも美しい女から誘われるとは夢には思わなかったのだ。ここで断れるほどアダマスは紳士ではなかった。まだ多感な青年期なのである。

 だが、アダマスの発言に女は顔を真っ赤に染めて、ぷるぷると体を震え刺した。


「――そんなわけがなかろうがっ!」


 女の叫びは街中に響き渡る。

 アダマスは受けたことのない視線に、とても恥ずかしくなった。

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[一言] 石ころを読み直していて、ついでにこちらも読み始めました 誤字報告 前の剣や、店主に紹介された件と比べるとはるかにいい剣だった。 件→剣
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