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ADAMAS  作者: 乙黒
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第二十二話 エピローグ

 あれから二週間が経った。

 何とかアダマスの身体も回復した。

 迷宮から脱出するのは困難だったが、何とか地上へと戻って組合の施設で治療した。その怪我は全身に及び、治療の際には激痛を伴ったが、何とかそれを通り越して今、アダマスはインフェルノの入り口に立っていた。


「本当に行くのか?」


 アダマスは武器も持たず、着の身着のままで手に風呂敷に包まれた何かを持ちながら立っていた。

 さらに頭には包帯を巻いており、左手は添え木とともに固定して、鼻にも包帯が巻かれてあった。

 その姿はどう見ても重症患者だったが、病院にいた全ての者達に外出を断られたがそれを押し切って立っていた。

 もちろん、目の前にいる女性からも外出を禁じられていた。


「うむ。今回の件で妾は全てが吹っ切れた。冒険者を続ける理由はもうないのじゃ――」


 ロサはこれまで自分をインフェルノへと繋いでいたしがらみが取れたのか、吹っ切れた顔でアダマスの目の前に立っていた。

 全身を長いローブで隠しており、さらには頭には帽子、背中には小さな荷物袋を背負いながら手には木製の薙刀を持っていた。

 それは――あれから三日後のことだった。

 病院について何とか意識を取り戻したアダマスは、ロサから「故郷に帰る」と言われたのだ。


 ロサの生まれはインフェルノではない。

 いつかは巫女として故郷に帰ろうと思っていたが、インフェルノには心残りが数多くあった。

 もちろんガイルもその一つだが、他にもかつてのアクアヴィテの仲間のこともある。もちろんガイルと同じように、いつか自分の以前の幸せを奪ったあの大鎌を持った死人を倒そうという願いもあった。最近のことだとアダマスのことも心配の種の一つだった。

 だが、今回のことでその全てが解消された。

 ガイルは死人という形だったが生きていて、その死も前回とは違い、見送ることが出来た。アクアヴィテのメンバーが死んでしまったことは残念だったが、それはあの場で首を跳ねられている時にわかっていたことだ。どんな姿であっても、彼らの姿をまた見られたことをロサは嬉しく思っていた。さらにアダマスのことも自分の思惑から外れて、一流の冒険者に育っていることも知った。


 だからこそ、やっと故郷に帰る心の整理が出来た。

 そのためにここ数日で自分の荷物をここまで小さくまとめ、アクアヴィテの備品や資金なども処分したり、誰かに譲ったり、組合に寄付などをした。もちろんその中には、ロサの対人関係の整理も含まれている。インフェルノで出会った様々な人に別れを告げた。

 その中にはロサをインフェルノに引き止める人も大勢いた。友達としてロサがいなくなるのは寂しいと言った人から、是非インフェルノに残って自分のパーティーに入ってくれという誘いも数多く受けた。また、少数派ではあるが、昔から好きだったから恋人になってくれという誘いもあり、冒険者を辞めてロサの故郷へ一緒に行ってもいいという人もいた。その中にはバッソも含まれている。

 だが、その全てをロサは断った。

 インフェルノには何一つ心残りを残さない心境だったのだ。

 

「そうか――」


 アダマスは短く告げる。


「何じゃ寂しいのか? お前にもそういう感情があるのか?」


 ロサはいつもとは違い、しんみりとした空気を纏うアダマスへとニヤニヤと笑った。


「いや、そうじゃねえよ。ただな――」


「ただ、何じゃ?」


「ロサ、あんたは俺を斬らなくていいのか? 俺はガイルを斬ったんだぞ――」


 アダマスは真面目な顔をしてロサに聞いた。

 別にガイルを斬ったことを、殺したことを後悔はしていない。

 だが、ロサの恋人を斬ったのは確かだ。

 ロサの心残りの一つにそのことは残っていないのか、アダマスは疑問に思っていた。


「ふん。何とも思っておらぬよ――」


 ロサはガイルのことを思い出して、少しだけ寂しそうにした。


「そうなのか?」


 アダマスは不思議そうに言った。


「うむ。確かにガイルはあの時生きていたが……やはり、妾の知っているガイルは一年前のあの日に死んだのじゃ――」


 ロサはアダマスと一緒にガイルを見た。

 確かに、彼はガイルだったが、ロサの知る仲間思いで情に厚く、優しきガイルとは違った。ロサの好きだったガイルとは違ったのだ。どうしてガイルが骸骨になったのか、それからどうしてまた人の姿に戻り、あのような正確になっていたのかはロサには分からない。

 どうして怪物になったのか――。

 おそらくは、アクアヴィテを惨殺したモンスターを倒すために己の身も心も怪物に落ちたのだろうか。ロサにはそう思えてならなかった。だとすれば、かつての仲間の死を償うために、仲間を切り捨てる。それが、ガイルの選んだ選択なのだろうか。

 ロサには何一つ、ガイルの感情が理解できなかった。


「――じゃが、最後の、カルヴァオンが割れた時のガイルは、確かに昔のガイルじゃった。妾はガイルの気持ちまでは分からん。何故あんな行動を取ったのか、何故アダマスと戦うことを選んだのか、妾には何も分からんが、最後に昔のガイルに、妾の好きだったガイルに戻れたことを、妾は凄く嬉しく思うのじゃ」


 ロサは純真さからの笑みを初めてアダマスに見せた。

 そこに意地悪さなどはなく、アダマスは今のロサがまるで彼女がかつてガイルといた時に見せていたであろう無垢な少女のように見えた。初めて官女のそんな姿を見せたことにより、アダマスは少しだけぼーっとして、ロサに見惚れる。

 だが、一瞬でもロサに見惚れてしまった自分を恥じるかのようにアダマスはすぐいつもの自分に戻り、したり顔で言った。


「そうか。なら、何も言わねえよ――」


「うむ」


「それから――これは選別だ」


 そしてアダマスは持っていた風呂敷をロサに投げ渡した。


「これは……何じゃ?」


 ロサはアダマスから受け取ったものを怪訝な目で見た。


「餞別だよ。俺からの、な――」


「餞別って……」


 ロサはアダマスからの初めての贈り物に戸惑いながら、恐る恐る風呂敷の中身を開けた。

 そこには――手甲が入っていた。一つしか入っていない。それは手首から肘までを隠すタイプのもので、軽い金属で出来ている。装飾は特になく、鈍色にくすんだ色をしていた。また、中央にある紐で止めるようにしてつけることが伺える。

 だが、ただの手甲であっても、ロサはその“正体”を知っていた。

 この手甲はアダマスがガイルを倒した後に、奥に見つけた細く見つかりにくい道の先にあったものなのだ。つまり迷宮から産出された伝説の武器の一種である。


「まあ、けっこういいものだと思うぜ?」


 アダマスは意地の悪い笑みで言った。


「本気……なのか?」


 ロサは信じられないような顔でアダマスを見る。だが、その胸にはしっかりと手甲を抱きしめていた。

 何故ならこの手甲が唯一、アダマスが迷宮から持ち帰ったものなのだ。

ガイルの心臓部分であったカルヴァオンはアダマスが割ってしまったため、それを報酬として持ち帰ることは出来なかった。

 また、ガイルには骸骨の姿の時には懸賞金がかけられていたが、アダマスが殺した時のガイルはどう見ても人だった。またガイルの名誉を守るためと、組合には骸骨の正体などを話しても信じてはくれないと、アダマスとロサの二人が話し合った結果、懸賞金を受け取るどころか骸骨を倒したことにも名乗り出なかった。またその要因の一つとしては、ガイルの死体をあの場に置いていったから一つだろう。ロサとアダマスの二人に、あの場からわざわざ死体を持ち帰る余裕など無かったのだ。

 また、アダマスはクレイモアもツヴァイヘンダーも死んだガイルへの手向けとして、あの丘に突き刺して迷宮をでたのだ。つまり迷宮でガイルが見つけた武器も、かつてガイルが使っていた武器も迷宮に置いていったことになる。

 つまり、アダマスがあの死闘の結果に得たのはこの手甲だけなのだが、それすらも手放そうとしている事にロサは酷く驚いていた。


「俺はあの場所にいたはぐれを倒していない。俺が倒したのは――迷宮を徘徊していたはぐれだ。だったら、その手甲はあの場にいたはぐれを倒したものに所有権があると思う。ガイルとしても、俺みたいなむさい男より、ロサに持ってもらっているほうが嬉しいんじゃねえか?」


「じゃが、それじゃとお主は何も得ていない……それどころか、武器すらも以前に元通りじゃぞ!」


 アダマスがまだ迷宮に潜れないが、アダマスが今持っている武器は以前に持っていた武器を骸骨におられた後に、またロサと一緒に買いに行ったクレイモアで、それほどいい武器とは言えない。

 また、ロサが預かっていたアクアヴィテの他の剣は処分してしまったため、最後に残っていたのがアダマスに渡した赤いクレイモアなのだ。それすらも迷宮に置いてきたアダマスは、この手甲を手放せばこれから先、あの鋼の剣だけで迷宮に挑まなければならないことになる。


「いいぜ。別に。どうせ俺はまだ新人だ。そんな分不相応な武器を持つ気もねえよ――」


「じゃが、確かにお主はガイルに勝ったのじゃぞ?」


「だから、知っているのはロサだけだ。俺はこれから先もただの冒険者だ。それ以上でも、それ以下でもない――」


「じゃが――」


「じゃあ、こうしよう」


 アダマスは不敵に笑いながら指を一本立てた。


「何じゃ?」


「その手甲は俺には合わない。あんたに預けた。いずれ利子を付けて返せ――」


 アダマスの偉そうな発言に、ロサははっとして目が点になった。

 やがて彼の言葉の意味がわかったのか、しだいにロサの表情がほぐれていき、アダマスへと再確認する。


「もしかしたらわらは次にあった時も、この手甲を手放さないかも知れんぞ?」


 事実、ロサはその手甲を強く抱きしめている。


「なら、もっといいものをよこせ――」


 アダマスはそんなロサに優しく微笑みながら言った。


「うむ。分かった。それじゃあ、アダマス。次に会う時は妾はとびっきりの餞別を用意しておく」


「ああ。楽しみにしておくよ」


 それだけ二人は言い合って、ロサはインフェルノから旅立った。

 アダマスはロサの後ろ姿に手を振ることもなく、無言で彼女の背中を見ながら見送る。そしてロサの姿が見えなくなると、アダマスは空を仰ぎながら考える。

 ここ最近は色々な事が起きた。

 冒険者になったのがこんなに大変だとは思わなかった。

 昔は迷宮に潜り、モンスターを狩るだけで楽な生活を遅れると思っていたのだがどうやらそうでも無いみたいだ。

 アダマスは今回の冒険で物的には何も得ていない。

 何も得ていないが――確かに得たものはあった。

 アダマスはそんなことをふと考えてから、がらでもないな、とすぐに病院へと戻った。その心に後悔はなく、まるで空に広がった晴天のように澄み渡っていた。


 ――それは、まだ、アダマスのパーティーメンバーが手記にも書いていない英雄譚の一つ。

 ダンジョンに龍の足跡を残すこともなければ、お伽話に出てくる金剛石以外の英雄も出ていない頃の話。

 何事にも屈しない石ころの輝きは、これからも続く。

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