第二十一話 因縁Ⅲ
「――だから?」
アダマスは冒険者として劣っていると言われて、けれども激情もせず、受け入れもせず、絶望もせず、満身創痍になりながら立ち上がる。
決して、その身は、その心は、神にも、ガイルにも、運命にも屈しない。
「何だ、その顔は?」
ガイルは、死に体なのに、何故か吹っ切れたような顔をしているアダマスを見て不快になる。
「俺は冒険者になりたいからなったんだ。神? そんなものは最初からいないのと同じだ。俺は自分の意志で、ここに立っている。あんたを殺したいのも、俺の意思だ。かつての屈辱を晴らそうという俺の意思だ――」
そうだ。あの日から、トロに潜ると決めた日から、アダマスの気持ちは変わらない。
冒険者になることも、トロに潜ることも、ガイルと戦うことも、全て自分の意志で決めたのだ。そこに神の介入はなく、神の言葉なんてのはただのうるさい耳鳴りだ。
「ほう――」
「冒険者としての行持が違う? 一緒だよ。かつてのあんたと、今の俺は一緒だよ。冒険者になりたくてなって、怪物退治がしたいから迷宮に潜る、ただそれだけの人間だ――」
「……」
ガイルはそんアダマスの姿を見て、何故かかつての自分と姿が重なるが、そんな感傷に浸る余裕もなく、顔を獰猛に染めた。
「さあ、軽くなった。身体も温まった。あんたを斬るのにちょうどいい――」
アダマスは言った。
「そうか。だから、オレの神はお前を斬れと言っているのか。お前を斬れば、オレはより高みに行ける気がする――」
ガイルは言った。
ゆっくりと二人は再度武器を構えた。
アダマスはクレイモアの剣先が下がっている。防御の姿勢だろうか。いや、違うだろう。目はたぎっている。ギラギラとしていた。血に飢えた獣のようだった。さらに頭の位置も少しずつ下がり、体勢自体を低くする。
ガイルはツヴァイヘンダーを大きく振り上げて、上段に構えていた。防御なんて一切考えていない構えで、それはアダマスとは対照的だ。
先に動いたのはアダマスだった。
体勢を低くしたまま、これまでで一番早いスピードで丘を駆け上がる。鎧が無くなったからだろうか。それとも、心が軽くなったからだろうか。
そして丘の頂点にいるガイルに向けて、下から斬り上げるようにクレイモアを振るった。
ガイルもそれに答えるように、上段から剣をまっすぐ振り落とす。兜割りだ。真正面からアダマスを切り潰そうとした。二人の剣が重なった。
これまで鳴ったどの音よりも大きい。
その攻防の勝者はガイルだった。
だが、ガイルのツヴァイヘンダーはクレイモアを地面に叩きつけただけで、アダマスには当たっていない。
すぐに剣を引いたアダマスが剣を切り返してガイルの首元を狙う。短い分、回転力はアダマスの方が早い。
ガイルは体をよじって、その剣を避けて、アダマスに背を向けて逃げるように駈け出した。
当然ながらアダマスもそれを追う。
その時、ガイルがニヤリと笑った。
ガイルは急にアダマスへと振り返って、下に埋まってある骨を剣で弾き飛ばした。
アダマスはそれを首で撚って躱す。
アダマスの足が止まった。
そこでガイルは足を大きく前へと出して、同時に両手で持ったツヴァイヘンダーを突き出した。
アダマスはすぐにそれを躱そうかと思うが、間に合わないことに気づき、剣を横にして上へと跳ね上げるような軌道を描き、ガイルの突きを上へと逸らした。その反動を利用して、クレイモアを急に切り返し、横から首を跳ねようとする。
腕が上がっているため、ガイルの満足な防御は間に合わない。回避もできないような至近距離。ガイルは何とか右手と左手で握っている柄の間でクレイモアを防いだ。
今度はガイルから後ろへと引いた。
アダマスはそれを追いかけるように追って、剣を振るう。
ガイルも逃げながら剣でアダマスの斬撃を防ぐが、まだ体勢が整っていない。さらにツヴァイヘンダーは長く、扱うのにそうそうな筋力がいるじゃじゃ馬だ。ちゃんとした体勢でなければ、そのスピードはアダマスのクレイモアと比べても格段に落ちる。
アダマスの、回転力がまた上がる。
アダマスは今、ガイルより上の位置に立っている。この地的有利を利用するのだ。
必殺の一撃を狙うことは止めた。
細かな斬撃でポイントを稼いでいく。どれも手だけで振るった剣であり、ガイルを斬り殺すような威力はない。だが、ガイルによって弾かれると同時に、手首だけで剣の軌道を強引に変えてガイルへと細かな傷をつけていく。
ガイルも、何とかアダマスの剣を防いでいたが、そろそろ面倒になってきた。中には頬の小さな傷から、腕に細かな線の傷が生まれている。
ガイルは絶叫して威嚇し、上から迫り来るアダマスの無理矢理ツヴァイヘンダーを横にして、リカッソと呼ばれる部分で受け止めた。
アダマスと、ガイルの剣が拮抗していた。
アダマスのほうが、頭が高いからだろう。
下から一方的に剣を受け止めるガイルと、上から重力を利用して剣を振るうアダマスだと、若干だけアダマスのほうが有利だ。
ガイルは両手で剣を持ちながらアダマスの圧力に必死に耐えていた。
アダマスもこの好機を見逃さないように、必死にガイルの人外の筋力に喰らいつく。
クレイモアの刃が、ガイルの鼻先まで近づいた。
そこでガイルはアダマスの剣を起点にして、ツヴァイヘンダーを回転させる。アダマスの顔を横から柄で殴ったのだ。
アダマスは横からの衝撃と、急にクレイモアから圧力を無くなったことによって生まれた浮遊感。さらに下り坂という足場の悪さ。そんな様々な原因が重なったことにより、足がもつれてしまった。
そのままガイルを巻き込んだまま丘から転げ落ちる。
転がっている間もお互いに斬ろうとするが、どちらも満足に斬ることはできなかった。
すぐに両者は平らな地面へと着く。
先に起き上がったのはガイルだった。
すぐに仰向けになっているアダマスへ向かって馬乗りになりながら剣を振り下ろした。
アダマスはそれを両手で剣の左右を持ちながら防ぐが、徐々に、徐々に、ガイルの圧力に負けていく。
そしてツヴァイヘンダーが目の先まで来ると、ガイルの股間の部分を蹴るようにして、自分の後ろへと投げ飛ばした。
その間にアダマスが先に体勢を立ち直して、立ち上がっている最中のガイルへ、飛ぶように剣を突き刺そうとした。
転がるようにガイルがアダマスから逃げる。
アダマスは剣が丘に刺さってしまい、抜くのに少しだけ苦労していた。
その間にガイルは立ち上がって、未だに剣に苦労しているガイルへ渾身の力を込めて剣を薙ぎ払った。
アダマスは剣を捨てて、その斬撃を潜るようにして避ける。
クレイモアはガイルの強烈な一撃により、遠くへとふっ飛ばされた。
その時、アダマスの武器が無くなったことによってガイルの表情が少しだけ緩んで、ツヴァイヘンダーを大振りした拍子に少しだけよろけてしまった。
アダマスはその隙を見逃さない。
すぐにガイルとゼロ距離まで近づいて、拳を振るっていく。
顔面。腹。胸。アダマスの拳はどれも体重が乗っており、何とかガイルも逃れようとするが、ツヴァイヘンダーは長く、至近距離での防御には役に立たない。
すぐにツヴァイヘンダーを片手持ちにして、アダマスへとガイルも殴ろうと応戦するが、その時を狙って、ガイルの片腕を膝で蹴った。
ツヴァイヘンダーが地面に落ちた。
ガイルはその剣を拾うこともなく、アダマスもその剣を拾おうとはせずに、互いに殴り、蹴って、両者の足が絡みあいながら二人共地面へとこける。
先に上になったのはガイルだ。アダマスの上に馬乗りになる。アダマスの顔面を二回ほど殴った。その時に鼻が右に折れ、アダマスは鼻血を出す。
だが、そんなのを気にせず、アダマスは膝を跳ね上げて無防備な背中へとぶつけた。もちろん、そんな攻撃をガイルは予測できるはずもなく、まともにそれを受けてしまった。ガイルの呼吸が一瞬だけ止まり、動きも当然ながら止まる。
そこで、アダマスはガイルの胸元と、肩を掴んで互いのポジションを入れ替えようとする。
実際に、ガイルが下になった。だが、アダマスが攻撃を開始する前にガイルがその腹を蹴りあげてアダマスを自分の上から退ける。
アダマスは少しだけうめいて、口から血を吐き出した。けれどもすぐに立ち上がった。
ガイルもその間に立ち上がり、アダマスへと近づいた。
最初に殴ったのはガイルだった。
アダマスの頬を撃ちぬいた。
アダマスも負けじとガイルの腹に突き立てる。
互いにノーガードで殴りあって、筋力の差から些かアダマスは自分の分が悪いことに気づく。
アダマスは後ろへと引いて、すぐに踵を返して駆けて行った。
剣だ!
剣を取りに行ったのだ!
それも一番近くにあったツヴァイヘンダーだ。
ガイルはすぐにアダマスの行動の真意に気付いた。
ガイルもすぐに剣を探そうとして、赤い光を見つけた。かつての自分の剣だ。クレイモアだった。すぐにそこまで行って、ガイルはクレイモアを手に取った。
アダマスは迷宮に落ちていたツヴァイヘンダーを。
ガイルは生前の自らの相棒であるクレイモアを。
それぞれの剣を手にし、距離を詰めた。
そして、両者とも避けようとせず、互いが、互いの剣で――突き刺した。
アダマスの背中からクレイモアが伸び、ガイルの背中からツヴァイヘンダーが伸びた。アダマスもガイルも力尽きたのか、滑るように剣から手を離した。両者とも剣を握る力すらもう残っていなかった。
やがてゆっくりと片方の膝が崩れ落ちた。
先に地面に倒れたのは――ガイル、であった。
「あんたの弱点がカルヴァオンで助かったよ――」
アダマスは地面へと崩れたガイルを冷たい目で見た。
先程の一撃は確かにガイルのカルヴァオンを突き刺している。ガイルのカルヴァオンはツヴァイヘンダーが中心に刺さったまま徐々に亀裂が大きくなっていった。ガイルは最早悲鳴すら上げる余裕もなかった。口から目から複雑に歪めながら天を仰ぎ見る。既にアダマスすらも意識の外だった。
だが一方のアダマスも死ぬ間際だった。
横っ腹から剣が背中を貫いているのだ。
アダマスはクレイモアを抜くと、口から血を吐いた。どこまで怪我が進んでいるかは分からないが、ガイルとは違い即死じゃないだけだ。このままの状態でいると死ぬのは確実なため、倒れているガイルから目を話さずに残しておいた最後の回復薬を飲んだ。多少は痛みがマシになっただけだった。
「ガイル!」
そんな二人の元に、ロサが近寄った。
どうやら二人の戦いが終わったことにより、ロサも拘束から外れたのだ。
ロサはすぐに死にそうなガイルに近寄って、その手を優しく握った。ガイルの顔を上から覗き込むと、ロサは大粒の涙がこぼれ落ちる。
ガイルは既に指を動かす力も無く、ロサの手を握り返すことも無かった。
まっすぐにロサの瞳を見つめながら、ガイルは言った。
「あ…………ロ……ロ………………」
最後にガイルはかつての恋人の名前をいう気力もなく、そのまま力尽きて目を開けたまま動かなくなった。
冒険者を殺し、モンスターを殺し、かつての因縁に打ち勝ち、そして元の姿へと受肉した骸骨が動くことはそれから二度と無かった。
骸骨のかつての恋人は、ガイルの手を握りしめたままもう一度彼の名前を絶叫し、怪物を退治した冒険者は、死ぬ寸前の身体で倒れこんで天に向かって拳を突き出していた。
明日の10日0時に完結予定。




