第二十話 因縁Ⅱ
最初に動いたのはアダマスだった。
滑るように身を低くして、全速力でガイルへと距離を詰める。
クレイモアは下段に構えたままだった。そのまま跳ね上がるようにクレイモアはガイルの顎下を狙って斬り上げる。
ガイルはそれを一歩下がって避けて、すぐさまカウンターとしてアダマスよりも長い剣であるツヴァイヘンダーをこれまた顔へと突き出した。ガイルの膂力は“並みではないのか、ツヴァイヘンダーのような長い武器を、それもポールウェポンのように振り回すために作られた長い武器を、本来の使い方ではない突きを使う。
アダマスは首を捻って突きを躱すと、今度は下段へはなく中段へと剣の刃先を上げる。心なしか、彼の意識が少しだけ攻撃に向いた。
ガイルはすぐにツヴァイヘンダーを手元へと戻すと、そこを狙ってアダマスの剣で左から胴体を狙って薙ぎ払ってきた。
ガイルは剣先を下に向けながらそれを刃で受ける。
かん、と小気味よい金属音が辺りの骨たちを震わせる。
アダマスの剣には力が無いのか、ガイルのツヴァイヘンダーはぴくりともしなかった。
「いっ――!」
アダマスはガイルへと顔面を数センチのところまで近づけて、歯をむき出しにしながら強烈な顔をしながらお互いの剣が微動だにしない状況で力を込める。
こうして二人が至近距離まで近づいて互いの目を睨むと、些かアダマスのほうが身長が低く見える。アダマスも一般の男性、並びに冒険者の平均と比べると百七十後半と高いのだが、ガイルはそれ以上に高く、アダマス以上に肩幅が広い。
だから、アダマスがどれだけ気張ろうとガイルのツヴァイヘンダーが動くことは無く――
「ふん――!」
逆にガイルに力を込めて足が後ろへと下る。
アダマスもこの攻防は分が悪いと感じたのか、ガイルの力を利用して後ろへと大きく飛んで距離を稼いだ。
「何だ。その力は。お前は女なのか――!」
ガイルの嘲笑と共に、横へと大きくツヴァイヘンダーを薙ぎ払った。
アダマスもそれは距離が足りないと思うが、予想以上に刃先は伸びて、ガイルが一歩踏み出すと共にそれはアダマスの胸元まで迫る。
いや、掠った。
アダマスの鎧を引っ掻いたような傷跡をつける。
ツヴァイヘンダーはガイルの膂力とその重さのあまり、猛スピードを出しているが、それが急に泊まることはなく、地面へとぶつかって土と骨を抉った。
だが、すぐに切り替えしてもう一歩踏み込んだガイルの薙ぎ払いが、再度アダマスへと迫ってきた。先程以上に力が込められ、スピードが乗った斬撃にアダマスは顔を一瞬だけ歪めてもう一度大きく後ろへと飛んだ。
「さあ! どうした!」
ガイルはどんどん興奮していた。
それと同時に、アダマスへの猛攻であるツヴァイヘンダーの薙ぎ払いも徐々に、徐々に、鋭さが上がっていく。地面を抉る度に舞い散る骨や泥もその度に大きくなり、あんな斬撃を胴や顔面で受けたらどうようになるか、ガイルの剣の破壊力がよく伺えた。
もちろんツヴァイヘンダーを振るっているガイル自身も、アダマスと闘いながら確かに生前より力が増している自分を自覚すると、自分の中で感情のボルテージが募っていく。
ああ。楽しい。これがオレの力なのか!
ガイルは歓喜と共に、その力の矛先を存分にアダマスへと振るう。
ガイルにとって、アダマスは都合のいい獲物だった。
弱くもなく、強くもなく、ちょうどいい強さであり、それでいて気迫はこれまで戦ったどんな強敵と同じぐらい強い。
「しゃらくせえ!」
アダマスはそんな猛攻に嫌気が差したのか、一度大きく後ろへ飛ぶ。
もちろんそんなアダマスを追いかけるように、ガイルも大きな一歩で距離を詰めて先ほどまでと同じように剣を振るったが、それよりも前にアダマスがもう一度剣先を下ろして、地面へと刺す。
そのまま――骨と泥の混合物をガイルへと弾き飛ばした。
ガイルはそれを受けたままツヴァイヘンダーの動きは止めないが、残念ながら肉を斬った感触は感じられない。
さらにガイルの目に土が飛んだことによって、目を反射的に閉じてしまった。骸骨の時は目に何が入ろうと痛くなかったのだが、どうやら受肉したこの体の弱点は生前と同じようで少しだけ不便に感じるガイル。最も、骸骨の時は瞳を閉じる瞼さえ無かったのだが。
「どこだ――?」
ガイルは土が目に入ったことによって視界がぼやける。
だが、目を手でこするようなことはしない。そのような一瞬の隙が、こと戦闘においては相手に命を奪われることになると経験で知っているからだ。
アダマスはそんなガイルへ向かって、左から猛攻した。
ガイルも一瞬だけ反応するが、残念ながらツヴァイヘンダーが遅れる。
ガイルは、そのまま――斬り裂かれた。
だが、浅い。
ガイルは斬撃の風を切る音を頼りに何とか身を捩りながら剣を避けようとしたので、クレイモアはガイルの着ていた服を薄く切り裂いただけだった。残念ながらその刃は肉にまで到達していない。
「小癪なっ!」
ガイルは斬り裂かれたことによって、アダマスの位置を特定する。
そこへ向かって剣を振るった。
アダマスは両目とも見えているのでその剣は十二分に見え、こちらに向かってくると同時に横に避けようとするが、それ以上の圧力でツヴァイヘンダーは迫り来る。
「いっ――!」
思わずアダマスは口から悲鳴が漏れそうになり、けれども踏ん張りながら剣を握ったまま左腕を上げて、そこについてある手甲でツヴァイヘンダーを防ぎながら斬撃と同じ方向に飛ぶ。
アダマスの手甲は立派だったが、みしり、とアダマスにとって危険な鈍い音を出して、そのまま砂屑のようにアダマスの腕から剥がれ落ちた。アダマスももちろん無傷ではなく、腕の真ん中辺りに大きな痣ができるが、戦闘には師匠はなく、その場から飛ぶように避難した。
「これで終わりか?」
また聞こえるガイルの嘲笑。
だが、それを返せるような余裕をアダマスは持っていなかった。
アダマスの体はどこまで鍛えようと――人である。確かに普通の人並びに一般的な冒険者と比べれば並外れの筋力と体力を持つが、人を外れることはない。
元にこの数瞬の攻防で息は切れ、満身創痍で体の調子を整えていたのだ。
本来なら軽口を叩く余裕はない。
無いが――
「あんたこそ、力しかないんだな。剣の冴えというものが感じられねえよ――」
必死に笑顔を作りながらガイルを嗤う。
ああ、そうさ。
アダマスは心の中で呟いた。
ここ三ヶ月の間に強くなったと自覚しているが、剣の腕自体はそれほど上がっていないと思う。最近はもっぱらモンスター相手の大味な剣を鍛えていただけあって、久しぶりの対人はアダマスにとって脅威だった。
もちろん、筋力、剣の腕、それがガイルに劣っていることをアダマスは自覚するが、そんなことを微塵も表には出さない。例え剣の腕や力で負けていようと勝負に勝つことはあるが、心まで負けていると勝てる勝負も勝てないと考えているのだ。
「そうか。剣の冴えか……そんなもの犬にでも喰わせてやればいい――」
アダマスの言葉に流されず、ガイルは豪腕によってツヴァイヘンダーを振るっていく。
今度は力強いだけでなく、素早かった。
剣を上段まで上げて、まるで獣のようなスピードで、アダマスまで近づくと一気に振り下ろした。
アダマスはその剣の圧力に少しだけ威圧されるが、すぐにクレイモアで防ぐ。
がきん、と甲高い金属音が響いた。
「ほう――!」
ガイルは未だ潰えていないアダマスを見て、関心の声を出す。
だが、アダマスも満身創痍だった。ガイルの筋力、ツヴァイヘンダーの自重、さらには遠心力なども働いた必殺の兜割りをアダマスの二本の腕では耐え切れずに片膝をついて、剣先を地面につけて何とか耐えるような形になったのだ。
ガイルはそんなアダマスが体勢を立て直す隙を与えず、手頃な位置にあった頭を蹴った。
もちろん、アダマスはそれを避けきれず、かといって防ぐことも出来ず、できるだけ威力を殺そうと咄嗟に首を後ろにするが、ダメージを完全に殺すことは出来ず額から血を流す。
アダマスは何とか反撃しようと、腰を上げて剣を振り回そうとするが、それよりも前に今度は鋭い蹴りがアダマスの腹部へと刺さり、体をふっ飛ばされることになる。鎧はあるが、そんなのは関係ないと思えるほど強い足技だった。アダマスは泥によって顔や鎧が汚れながら、さらにそこらに落ちている誰のものかも分からない骨によって肌や皮膚に引っかき傷が出来る。
「うっ……ぐっ――」
流石にアダマスもこの攻撃は予測していなかったのか、予想外の打撃に困惑しながら呻き声を上げて、けれども何とかその痛みに耐えて立ち上がる。
そして額から流れる血が目に入り、視界が真っ赤に染まる。ガイルの時とは違い、血は絶えず流れるので左手でアダマスは腰につけたポーチから回復薬を取り出そうとする。
「ほうら! ほうら!」
ガイルがそんな好機を見逃すわけもなく、攻撃の手は決して緩めなかった。
アダマスへと近づいて一閃。もちろん、アダマスの視界が防いでいることと左側ががら空きになっていることを見越して、そちらから迫り来るように剣を振るった。
アダマスは癒しの神のギフトがかかった回復薬を頭から浴びて、何とか血だけは止めるが、その間に胴がガイルによって斬られてしまった。
防具は着ている。
腹が着られるのだけは不正だが、その重たい衝撃全てを殺せるわけがなく、アダマスは嗚咽を吐きながら吹き飛ばされる。さらにその斬撃によって鎧の弱点である留め具が壊れ、アダマスから鎧が剥ぎ落ちてしまった。
さらにガイルの猛攻は続く。
目は見えるようになったのだが、ガイルの先程の剣が肝臓を打ったため、呼吸ができなくなりすぐに唇が紫色に染まっていった。さらに足も泊まっているため、ガイルの攻撃を満足に躱すことも、受けることもできない。
一つ一つの重たい斬撃を何とか命だけは取り止めようとアダマスは必死になって体を動かそうとするが、残念ながらそれも急所を外しているだけで徐々にアダマスの体から鎧が剥がれ落ちていく。
手甲。具足。肩当て。胸当て。腰巻き。ガイルは剣を振るう時にわざと急所を狙ってないのか、それともただ我武者羅に剣を振っているだけなのかは分からないが、アダマスへと1つずつ鎧を剥がしていき、やがて、下に着ているシャツとズボンだけとなった。
そして最後の鎧が地面へと落ちた時、アダマスが近かったためツヴァイヘンダーだと切れない位置にいた。だからまずは柄で頭を殴り、その後崩れ落ちた体を狙って腹を蹴ってアダマスと距離を開ける。
アダマスはその攻撃をまともに受けてしまったため、丘から転がり落ちて壁に叩きつけられることになった。
数々の斬撃による内部出血や骨折、さらには内臓にまで損傷を受け、呼吸はまともに出来ない。それだけではなく、先ほど後頭部に衝撃を受けたため、意識が朦朧としている。足がふらふらだった。
立ち上がれない。
何とか膝と腰に力を入れて立ち上がろうとするが、それよりも早く崩れ落ち、地面へと片手を着くことになった。
「何とぶざまな姿だ!」
ガイルはアダマスを見下ろしながら言った。
最早今のアダマスに軽口を返す余裕もない。
「これが神の玩具の力か?」
玩具?
俺が?
神の?
ガイルの言葉は朦朧としているアダマスの意識へ深く浸透する。
「お前のことは我が神から聞いているぞ。何でも、アテネが色に溺れている少年らしいではないか? それも幼き頃から酷く執着していると聞いた。他の神もアテネはお前ばかりを気にすると嘆いていたぞ。そんなアテネはお前に冒険者になることを押し付け、迷宮に潜ることを決め、果てにはオレと戦うことを望んでいる。何と愉快な話だろうか? ――そもそもが、自ら望んで冒険者になったオレと、神に寄って定められた道を歩むお前では、冒険者としての挟持が違う」
ガイルの言葉は、アダマスの心に深く突き刺さった。




