第十八話 怪物
ガイルはかつての道を歩みながら、自らの半生を思い出していた。
一歩、一歩、歩む毎に、これまでの人生を振り返る。
幸せな人生だった、とガイルは思う。
幼き頃からの夢を叶えて冒険者になり、その道でも大成することが出来た。幼なじみで小さい頃から好きだったロサと一緒にもなれ、インフェルノでかけがえのない仲間も大勢出来たアクアヴィテの仲間もそうだが、それ以外にも大切な人は大勢いる。親友や、ダンジョンには潜らないが自分のために薬を作ってくれる薬師や、組合でアクアヴィテ専属になってくれる組合員。彼らにもガイルは感謝をしていた。
本当に、本当に幸せな人生だったと思う。
何一つ不自由のない人生だった。
だからこそ――この先にいるであろうモンスターに対する復讐心も湧き上がってくる。
ロサへの愛情、仲間を失った苦しみ、骸骨というモンスターの姿になってしまった喪失感など、様々な感情が混沌となってガイルの中で入り乱れるが、それ以上にあの“死神”のようなモンスターに対する憤怒の炎が、心の中で燃え上がる。
ああ。
そうだ。
あいつさえいなければ、あいつさえいなければ、自分は何も失うことも無かったのに。
恋人も、親友も、仲間も、家も、剣も、鎧も、身体も、記憶も、地位も、幸せも、そして何よりも自分を失うことが無かったのに。
だから、この道を目指すのは復讐なのだ。
憎き死神へ失った全てを恨みをぶつけるために。
そして何よりも、あの日、全てを失った自分の力の無さに対するふがいなさを払しょくするために。
ガイルは噛みしめるようにかつての道を歩いていた。
やがて、ガイルは辿り着く。
宿敵がいる場所へ。
そこは、以前と変わらない光景だった。
開けた空間だった。
綺麗なドーム状に広がった空間で、半円構造であった。
天井には蜘蛛の巣が張っているかのようにひび割れが入っており、上からは多数の骸骨や死人が吊るされてあった。十や百では数えられないような様々な骸骨が吊るされていて、部屋のあちこちに髑髏や骨が落ちているところまで変わらない。
さらに明かりは髑髏の瞳で、それぞれが違う色に強く輝いており、眩しいのも変わらない。
本当に、ガイルにとっては忌々しいほどよく覚えている場所だった。
ガイルはここに来る前と変わらない気持ちを胸に、持っていた剣を強く握りしめた。
ガイルの直感が言っている。
まだ、奴は生きていると。
そして、期待通りに一体の死人が現れた。
それは大きかった。
体長が三メートル近くで、全身を黒いローブで覆っていて、見えるのは顔だけで、その顔は骨であったが、嘲笑っているような印象を受ける。武器として持っていたのは大鎌で、血のような赤と、死骸を燃やした後に残る灰色のコントラストの大鎌が懐かしい。そんな死人の姿は、記憶の中の姿と代わりが無かった。
この目の前にいる死人――死神のような死人は、死人の中でも巨大だが、冒険者と 骸骨になってからのガイルの半生を振り返ると、これよりも大きい死人と数多く戦った。
本当に、色々な死人を斬ったことを覚えている。
生前はそれほどトロに潜る機会は無かったのだが、この姿になってから、全ての記憶も失ったというのにモンスターと戦うことを忘れた日々は――無かった。毎日毎日、様々な死人を、気が遠くなるぐらいに斬った。もはや、どれだけ斬ったか忘れるぐらいに斬ったのだ。
ずっと研鑽を積んでいたのだ。
それも死人相手に。
あの時は、記憶を取り戻すために戦っていた。まだ見ぬ高みを目指して戦っていたが、本当は違うとガイルは思っている。
全ては、全ては――この日のために己を高めていたのだ。
かつての仇敵を倒すために。
己の全霊を込めて。
ああ。そうなのだ。
ガイルは深き歓喜と共に死神を見つめる。
骸骨になってどれだけ経ったかはガイルには分からない。
太陽も、月も、星もないダンジョンで、正確な日数などわからないのだから、きっと気が遠くなるぐらいに長い時間をこの中で過ごしていたのだろうとガイルは考えていた。
今思えば、生前は夢のために戦っていた。かつて故郷にいた英雄に憧れて冒険者を志し、そのためだけに愚直に生きていた。その過程で様々な仲間と、最愛の恋人ができて、冒険者として大成してからは彼らと一緒に冒険者として名をこれまで以上に馳せるために戦っていた。
だが――骸骨になってからは違う。
違うのだ。
かつての夢のように希望に満ち溢れたもののために戦っていたのではない。
そうではない。
この目の前の死神を倒すためだけに、今の自分がいる。
確かに、復讐など何の意味も無いかもしれない。冒険者になってから様々な人を見てきたが、復讐をやり遂げた結果など碌な結果になっていない。
だが、だからどうした、とガイルは思っている。
自分はこれ以上何を失うと言うのか?
何を得るというのか?
全てを失い、持っているのはかつての儚い思い出だけ。
それに浸ってこれからを生きるのか?
ふざけるな。
そんな生き方は、ガイルは望んでいなかった。
力が、ある。
あの日よりも遥かに強き力が自分の中に眠っている。
ならば――それをぶつけよう。
ガイルは心の中でそう決意すると、口ががたがたと震えるように動いた。
武者震いだった。
これまでに蓄えた力を全力で振るえることに、ガイルの骨の体が沸き上がっているのだ。
ガイルはもう一度強く剣を握った。
振るえる体を抑えるように強く握った。
彼に握られている剣は、暗い迷宮の中でも鮮やかな藍色の光を放っている。それは全長が二メートルもあって、藍色に輝いている刀身が特徴のツヴァイヘンダーだった。これは最近迷宮内で見つけた剣で、生前に持っていた剣より長いが、同じような切れ味を持っている素晴らしい剣だった。
そして、復讐が始まった。
◆◆◆
ガイルは死神を思い返すと、何よりも厄介なのはあの黒い力なのだと考える。
縦横無尽に動き、予測不能な動きをする。もちろん、あの大鎌も厄介だが、あの黒い波動はその日ではない。
距離を開けたらあの黒い波動で、また殺される。
そう考えると、自然とガイルの足は早く動いた。
ガイルは死神に近づくと、小手試しに縦にツヴァイヘンダーを振り下ろした。あの時は仲間が殺されていく恐怖、それに見たこともない力を操るモンスターに対する恐怖に、まともな対処すら出来ずに終わったが、今は違う。強く思っている死神のことを少しは知っている。
それを考慮した上で戦えばいい。
以外にも、死神はその剣を受けることはせず、後ろへふわりと飛んで躱す。
あの不快な笑みは止まらないまま。
武器をツヴァイヘンダーしか持っていないガイルとしては、遠距離の攻撃手段など持っていない。再度、追いかけるようにガイルは足を使う。
その時――死神は黒い波動をガイルへと放った。
あの時の、鞭のような使い方ではなく、一種の球体のような姿に変化させ、それをそのままガイルへとぶつける。
ガイルはそれを受けるか、避けるかの選択に迫られるのが、選んだのは避けることだった。
勝つために最小限のリスクも排除したいガイルとしては、ここで敵の攻撃を受けるという選択肢は無かった。
事実、その黒い玉のスピードは遅く、発動してからでも十分に見切れる早さだった。それは地面に当たると、少しだけ土を抉るが、気にせずガイルは突進した。
すぐにそんなガイルへ今度は大鎌を振るった。横に首を刈り取るように。
ガイルはそれを予測していたかのように屈み、鎌の下を通り抜ける。そのまま一心に死神の胸へ突き刺そうとするが、その前に死神の何も持っていない左手から黒い波動が放たれた。
今度は形が定まっておらず、風のようにガイルの全身に当たる。
ガイルはそれを見て、瞬時に攻撃から回避へと意識を変えて後ろへ大きく飛ぶが、間に合わない。それを全身に受けた。
だが、波動は風のように分散した分威力も下がったのか、それとも後ろに飛んだおかげか、それほどガイルにダメージは無かった。吹き飛ばされて地面を転がっただけだ。だが、地面に転がったおかげで骨の身体に土がつき、距離も取られた。
距離が、五メートルほど開いている。
やばい。
ガイルの本能が囁いた。
すぐに――死神の波動が蠢いた。
それは細い触手のようでもあり、長い帯のようでもあった。太くは無かった。ガイルの肋骨ほどの太さだったのだ。だが、しなやかさと強靱性はおそらく自分の骨より上だろうとガイルは思っている。
それは、死神の体を埋め尽くすように動き出した。
来た。
本命が。
そのとき、ガイルの気がよりいっそう引き締まった。
すぐに触手は揺れ動く。
まずは一本、ガイルに目掛けて振り落とされた。それはもちろん地を抉るような破壊力で、ガイルに砕け散った破片が飛ぶが、骨の体なのでダメージはない。
すぐに、二本、三本、と無数の触手がガイルを襲う。
ガイルは攻撃するのすら忘れて、全神経を一本一本全ての触手に注意を向けていた。どれも当たれば必殺の攻撃だ。一撃でも喰らえば危ない。乱れ打ってくる触手を、ガイルは右に左に飛ぶように躱しながら、じわり、じわり、と死神へ距離を詰めながら反撃の機会を伺う。
その時、死神の挙動が変わる。
細いままの触手では威力が足りないのか、それらは縄のように編まれていき、一本の鋭いランスのようになった。
あれは、まずい。
ガイルの本能が言う。
ガイルはそれを薄っすらと見ながら、膝が笑い出すのを感じていた。
黒いランスはガイルと死神が立っている場所を自由自在に駆け巡りながら、死体を吊るしている糸を落とす。
雑音が、多い。
死体が多く落ちる音が耳障りだった。
だが、そうだとしても、ガイルはその場で直立不動になりながらランスがどこを狙ってくるか考えながら集中する。
どこだ?
どこに来る?
ランスは自分の何を狙う?
あれに当たったら終わりだ。
それだけは何としても避けたいガイル。
攻撃の姿勢を見せて隙ができるのを嫌い、顔をゆっくりと上下左右に動きながらランスの動きを見る。
なんとしてでもあれは避けなくては。
どこだ。
どこに来る。
来た!
ランスは死体を落としながらガイルの死角の一つである頭上から垂直に降ってきた。
ガイルはそれに一瞬だけ遅れて反応し、体がその場からの回避の姿勢を取る。
いや――狙いが違う!
ガイルは自分が人間で無いことをもう一度思いだすと、自分の弱点が後頭部では無いことを思い出した。
そんな場所、攻撃された所で骨が欠けるだけだ。
人間ではない自分には通じない。
ならば――ガイルの予想は一つだった。
カルヴァオンだ。
モンスターである自分の弱点はカルヴァオンだ。
すぐにガイルはその場から離れるのではなく、身を捩りながら逃げようとする。
事実、ランスはガイルの後頭部に当たる直前に急激に軌道を変えて、ガイルに巻き付くように旋回しながら心臓部分にあるカルヴァオンを目指した。
ガイルはそれを事前に予測していたため、ランスは骨を掠るがカルヴァオンには当たらず、巻き付くようなランスも剣で切り裂いてその場を脱出した。
そして、走るガイル。
狙いは一つだった。
あの――死神の首。
仲間の首を刈り取った死神の首を刈り取ろうとする。
ランスもそんなガイルを追いかけるが間に合わない。
死神もそんなガイルに対処しようと大鎌を振るうが、ガイルはそれすらも持っていたツヴァイヘンダーで弾き――死神を切り裂いた。
だが、残念ながら致命傷までとは行かない。
またしても浮くように死神はガイルの斬撃から逃れたのだ。
あ。ああ。
きっと舌があったなら、声を出せたのなら、ガイルは口から悲鳴とも呼べるか細い声が出たであろう。
だが、それは出なかった。
死神のローブを切り裂いたガイルは、そのローブの中に――信じられないものを見たからこそ、そんな声が出たのだと錯覚する。
死神の中身を見て、色褪せたようにガイルは動きが止まった。
死神の体は――髑髏で出来ていた。
無数の髑髏がひしめき合い、それが集合して、一つの体となっていたのだ。
そしてその中に――かつての仲間がいたのだ。
「――ガイル、こいつはオレに任せろよ、な? 分かっているだろう? オレの実力は?」
最初に見つけたのはクルクスだった。
ガイルにとってインフェルノで初めて出来た男友達の一人であり、そのバッソと同様に深い。アクアヴィテに入るまでは別のパーティーに所属していたのだが、入ってからは自分の右腕として、クルクスがいることがアクアヴィテのリーダーであることの不安が削がれた確かで、ガイルにとって本当に大切な友達だった。
だが、そんなガイルの親友のクルクスの頭蓋は、青白い顔で死神の体の一部となっていた。
その顔には既に生気は無く、目がだらんと秩序なく開いて、舌が飛び出ている。
「――ガイル、わ、私ね、あんたのことが好きなのよ。だから、ね? 私と付き合ってよ……」
次に見つけたのはセーラだった。
彼女からはロサと付き合ってから告白されたこともあって、一度はアクアヴィテから脱退するとの騒ぎがあったこともある。だが、その騒動も収まり、セーラとは同じパーティーの仲間として大切な関係を築いていた。その頃にはセーラにも新しい彼氏がいたと思う。
ガイルにとってセーラは、妹のような存在であり、よき後輩分であり、とても可愛がっていた冒険者の一人だった。
だが、そんなセーラの頭蓋も死神の体の一部となっていた。
顔は恐怖で固まっており、生前の美しかった栗毛は剥がれ落ちたように頭の半分からない。また少女のように可愛らしかったのに、唇は避けて、片目は無くなっている。
「――ふん……問題ない」
次に見つけたのはラトロだった。
ラトロはガイルがスカウトしたメンバーの一人で、その実力はアクアヴィテに入る前からインフェルノに轟いていた。
彼の実力にはガイルも一目置いており、筋力とスタミナだけなら自分でも勝てないだろうと思うほどだった。そんな彼は迷宮探索では地味だが、パーティーとして成り立つために必要なギフト使いを守りぬいていた。口数は少なかったが、彼がいなければガイルも安心して前線で戦うことが出来なかっただろうとおもう。
だが、そんなラトロの頭蓋も死神の一部となっている。
顎の半分が無くなり、頭は禿げ上がって、鼻はもげている。生前は地味だがダンディーな容姿だったのに、今ではその面影も無かった。
「――旦那、いい情報を仕入れてきたよ」
最後に見つけたのはウィレスだった。
パーティー内でも最年少の彼の無邪気な笑顔は今もガイルの心の中で輝いている。だが、その実力はやはり早熟で、戦闘力こそガイルやクルクスに劣るものの、彼ほど沢山の技能を持っている冒険者はインフェルノでも少ないだろう。
よき弟分として、よき後輩として、次世代の冒険者としての未来が溢れていたウィレス。
だが、そんなウィレスも死神の体の一部となっていた。
生前の無邪気な顔はなく、今となっては皮膚が全て剥がれ落ち、くたびれた血管などが見えた。そんなウィレスでもガイルはわかったのは、彼のトレンドマークである紅の珍しいピアスが今も彼の耳で鈍く輝いていたからだ。
本当に大切な仲間だった。
本当に。
本当に大切な。
今でも彼らの声が耳元で聞こえるほど、大切な仲間だった。
そんな仲間が――今では敵の体の一部となっている。
それだけではない。他にもトロで行方不明になった冒険者の頭蓋が数多く死神の体にはあった。
どうやら、死神は自らが殺した冒険者の頭蓋で、体を作っているらしい。
ガイルはがたがたと歯を鳴らしている死神を見た。
まるで嘲笑っているようだった。
かつての仲間をその姿に見て、足を止めて、今にも剣を落としそうなガイルを嘲笑っているようだった。
ガイルは仲間だった死体の哀れな姿に悲しみに暮れていた。
ああ。
死んだ。
かつての仲間は死んだ。
だが、その死を弄ぶなんて、いくらモンスターでも許せなかった。
ガイルはすぐに剣を強く握りしめた。
しかし、そんなガイルへ更なる“悲劇”が襲う。
自分の体を見られた死神は何を思ったのか、これまでランスとして一纏めにしていた黒い波動を再度触手のように無数に分けて、部屋中に散らばらした。
それに何の意味があるのだろうか、とガイルが不思議に思っているとその疑問はすぐに解けた。
先ほど、天井から落ちた無数の死体が、その触手によって立ち上がり、ガイルに拳を向けたのだ。
ただの、死体だ。
ただの死体である。
ガイルの前で武器も持たずに拳を構えるのは、武器すら持っていないただの死体である。
だが――その中にはもちろん仲間がいた。
クルクス。
セーラ。
ウィレス。
ラトロ。
彼らには首が無かったが、どうして首が無いだけでかつての仲間を間違えられると言うのか?
アクアヴィテのメンバーは誰も冒険者として一流なので、オンリーワンの防具を持っている。それぞれに個性が現れ、2つとして同じものはインフェルノにはない。
だからこそ、ガイルは死体の群れの中にかつての仲間がいることがよく分かった。
もちろん、それ以外にも多くの知り合いの死体が、そこにはあった。
中には見たことのない冒険者の死体まであった。
その全てが、トロで死んだ冒険者だとガイルは思う。
どれも朽ちた死体だらけで、人としての原型をとどめていないのが多い。
動きも遅く、その拳をガイルは簡単に避けられる。
ああ。ああ。ああ。
ガイルは叫びたい気分だった。
嘆きたい気分だった。
だが、それすらもこの骨の体では出来ない。
どうして、どうして――自分がかつての仲間を切れる?
ガイルは軍勢で向かってくる死体に向かって、呟きたかった。
あれだけ大切な仲間で、彼らのためなら命を投げ出してもいいと思った仲間をどうして切れるというのだ。
ガイルは、動きが止まる。
例え死体であっても、かつての仲間を切ることなんてガイルには出来なかった。
それに死体だけではない。
どんな姿をしていようと、かつての仲間の顔がどうして切れると言うのだ。
死神は切りたかったガイル。
だが、どうしても死神の体である仲間を斬ることは――出来ない。
ガイルは死体の攻撃を避けながら、考えることしか出来なかった。
確かに自分は全てを失った。
恋人も、親友も、仲間も、家も、剣も、鎧も、身体も、地位も、幸せも。
だが、例えそれら全てを捨てたとしても、どうして自分が――情を捨てられると言うのか?
かつての仲間に抱いた情。
それだけは、確かに、何もかもを失ったガイルでも捨てることは出来なかった。
この身に残った唯一のものは、どうしても捨てることが出来なかった。
ああ。
ああ。
ああ!
ああ、どうして!
どうして!!
ガイルは強い復讐心が鈍りそうになり、かつての仲間へ親愛の情が湧いてくる。
彼らと一緒なら、どうでもいいとさえ思ってくる。
だが、それを超えないと、あの死神は倒せない。
ガイルも分かっているのだ。
ここにいるのは全て死体だと。
どの死体も生きてなどいないと。
それでも、死体でも、切りたくないのは確かだった。
だが、友を斬らないといけないのか?
後輩を斬らないといけないのか?
仲間を斬らないといけないのか?
迷宮内で朽ちていった先人の冒険者を斬らないといけないのか?
あれだけ強かった決心が、あれだけの復讐心が、ガイルの中で薄れていく。
かつての仲間の死体に出会ったことで、ガイルの中に強く抱いた炎が消えていく。
あれは死体だ。
目の前にいるのは死体たちだ。
そう思っても、ガイルの体は凍ったように動かない。
そんなガイルを、歯をがたがたと鳴らす死神。
ガイルの中では、様々な思いが混濁としていた。
ああ。
――そうだ。
ガイルは深い悲しみの中で、一つの答えに辿り着いた。
そのヒントは少し前の――バッソとの邂逅。並びに、自分が骸骨で記憶も無かった頃に斬った冒険者の切れ味。
――あの時のようになればいい。
そうなのだ。
全てをもう一度捨てて、自分は“怪物”になればいい。
モンスターになればいい。
冒険者も、モンスターも、動くもの全てを切り刻む怪物になればいいのだ。
自分は姿も怪物であるが――心も怪物になればいい。
ガイルは昏く思った。
何も考えない怪物になれば、仲間への情や記憶も全て捨てて、あの死神を斬ることが出来ると考えたのだ。
ガイルは心まで怪物になると、今度は手当たり次第に周りの死体を切っていった。
邪魔だった。
死神を切るのに自分の周りに動く全ての死体が邪魔だったのだ。
だから――
クルクスの死体も斬った。
セーラの死体も斬った。
ウィレスの死体も斬った。
ラトロの死体も斬った。
そのほかにも数多くの死体を切りながら、ガイルは死神の元へ向かった。
死神も大鎌を振るってそんなガイルを迎え撃つが、かつての仲間たちの顔を鎧のようにしながら無防備にさらけ出すが――今のガイルには関係が無かった。
まずはクルクスの顔へと一太刀浴びせた。
次にセーラの顔を貫いた。
ウィレスの顔は柄で殴った。
ラトロの顔も斬った。
ガイルは死神の大鎌も、波動も、触手も、全ての攻撃を踊るように避けながら、様々な顔を1つずつ潰していく。
そこに慈悲はなく、遠慮も無かった。
1つずつ顔を潰していく毎に、死神の笑い声が消えていくように感じていた。
それでも、ガイルは何も感じなかった。
悲しみも、達成感も。
気が遠くなる時間をそのドーム内で過ごし、やがて全ての頭蓋を潰し終えると、その先に――カルヴァオンに辿り着いた。
モンスターの心臓だった。
ガイルはそれを懇親の突きで砕き――死神は数多くの頭蓋と共に崩れ落ちた。
怪物となったガイルは、そんな死神にもはや興味が無くなったかのように踏みつけながら先の道を目指そうとする。
その踏み荒らしている中には、当然ながらかつての仲間もいた。
だが、ガイルには何の感慨も覚えない。
けれども、そんなガイルへ異変が襲った。
殺したはずの死神が強く光りだした。
その黒い光はドームを包み込んで、ガイルすらも呑み込んだ。
「――流石です。我が愛子よ」
その時、ガイルは久しぶりに神の声を聞いた気がした。
やがて光が晴れると、ガイルは――受肉していた。




