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ADAMAS  作者: 乙黒
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第十六話 骸骨

 アダマスが案内されたフルグルのバッソの病室はどうやら個室だと、彼を案内した女性は言った。怪我はそれほど酷くないのだが、やはりインフェルノの中でもトップを走る冒険者として好待遇を受けているらしい。

 アダマスはそれに対して、特別羨ましいとは思わないが、冒険者として成り上がればそういう特典のあるんだな、と簡潔な感想を述べた。

 バッソの部屋は最上階にあるらしく、階段をのぼるのには少々時間がかかった。

 そして部屋の前に立つと、受付嬢がノックをして「お客様をお連れしました」という音場に、バッソが「どうぞ」と言うと、アダマスは初めて中へ入ることが許される。


「誰かと思ったが、アダマス君か……」


 中ではベッドの上に座ってバッソが少しやつれた顔をしていた。

 今回の遠征ではバッソが中心メンバーとなっていたので、遠征を失敗して体の不調と同時に身廊が一気に来たのだろう。


「アダマスや、どうしてここに……!」


 一方、何故かバッソの病室にいたロサは、近くにある四角い椅子に座りながらアダマスが来たことに驚いた顔をしていた。


「用があってきたんだよ」


「それって、お見舞い……という顔でも無さそうだね――」


 バッソはすぐに長年の経験から、アダマスが殺気立っていることに気付いた。

 剣も持たず、鎧もつけていないのに、彼の空気はまるでこれから迷宮へと出かける冒険者と重なって見えた。


「ああ」


「……バッソは遠征で怪我を負っているのじゃよ?」


「すぐに終わるさ――」


 ロサの注意をまともに受けようともせず、アダマスは短く言った。


「ロサ、別にいいよ。アダマス君もきっと大事な話があるんだよ。それを無碍にすることもない。それで、何の用だい、アダマス君?」


 ロサは急に病室を尋ねて、失礼な物言いをするアダマスを大きく叱りたくなるが、大人の対応をするバッソのおかげでその気持ちをぐっと呑み込んだ。


「骸骨の現れた場所を教えてくれ――」


 アダマスの発言に、バッソとロサは息が止まる。

 冒険者がわざわざ怪我人を訪ねてまで、モンスターの場所を教えてくれ、と言うのだ。

 興味本位では無いのは違いない。


「……正気かい?」


 バッソの言葉は確認だった。


「別に、俺のことなんてどうでもいいだろう? 重要なのは、情報をくれるか、くれないかだ。後は俺が判断する――」


「アダマス! お前と言うやつは!!」


 ロサの堪忍袋の緒がついに切れて、アダマスへと大きく叱りつけた。


「何だよ?」


 アダマスはそんなロサに唇を尖らせて、話に入るな、という顔をした。


「その質問の意味を、本当に分かっていっておるのじゃろうなっ!」


 ロサの怒声にもアダマスは動じず、真顔で言った。


「分かっている。俺はな、あの骸骨を殺したい。ただ、それだけだよ――」


その時のアダマスはやけに小さく言った。

 声に覇気はあった。

 あったが、嵐の前のような不思議な静けさを彼は持っていた。そんな彼を前にして、ロサとバッソは飲み込まれそうになるが、ぐっと唾を飲んで持ちこたえる。このままだと、無意識に彼の言質に従ってしまいそうだからだ。


「アダマス君、あの骸骨はオレを斬ったほどのモンスターだ。それだけじゃない。オレ以外の君より上の冒険者も斬っている。君だって戦って負けたらしいね。それなのに、本気で――本気で戦うつもりかい?」


 腕を組み、視線を自らの太腿へと下げながら語るバッソ。

 その太腿には白い包帯が分厚く巻かれており、それだけで彼の怪我の酷さが分かるほどだ。

 だが、それを見てもアダマスは態度を変えなかった。


「だから?」


「じゃから、バッソはお主に忠告しとるんじゃろうが! お主のようなぺーぺーが戦うようなモンスターではないと! 妾も小耳に挟んだが、あのモンスター専用の討伐部隊もくまれているところじゃ! もちろん、彼らも妾やバッソと同じ低下層突破冒険者じゃ! それだけじゃない――」


 アダマスは大きな声で叫ぶロサを否定するように、ゆっくりと反論する。


「俺はあいつを斬りたいんだよ――」


「何故?」


 バッソは尋ねる。


「あいつには借りがある。それを返しに行くだけさ――」


「……本気なのかえ?」


 ロサの質問に、アダマスは瞬時に答えた。


「ああ――」


 その時、何故かロサが複雑そうな表情をしていたのをアダマスは怪訝に思う。


「………………お主にはまだ早い!!」


 ロサは長い葛藤の後、アダマスの意見を却下する。


「あんたの意見は聞いてねえよ――」


 だが、アダマスはこれまで師匠のような存在であったロサを短く突き放した。


「な、な……ぬ?」


「別に俺はあんたに否定されようが、賛成されようが、関係ねえんだよ。それより、バッソ、さっさと教えろ。俺はあんたらのお偉い説教や、先輩冒険者の意見なんて求めていない。居場所だけ教えてくれればそれでいいんだ――」


「教えなかったらどうする気だ?」


 バッソは酷く冷静に聞く。


「別に他の奴に聞くだけさ――」


「もし、誰も教えてくれなかったら?」


「だったら、トロに潜って、あいつと巡り合うだけだ」


 アダマスのその意見に、ロサは鼻で笑う。


「何を言う? お主はきっと会えん。なんせあいつは、トロの中でも曲がりくねった、それはそれは行きにくい場所におったらしいからの。あの辺りに行くとして、お主じゃ絶対に辿りつけんよ」


 だが、ロサの言葉を今度はアダマスが鼻で笑った。


「いや、会うさ。俺はあいつと戦うことを保証されている――」


「誰に?」


 バッソはアダマスの不思議な自信に、少しだけ不思議そうな顔をする。


「神だよ。神が、俺とあいつを引き合わせる。俺についているけったいな神も、あの骸骨と戦え、って。きっと俺の神があいつの元まで連れて行ってくれるさ――」


 その言葉を聞いて、ロサは顔をしかめる。

 アダマスはギフトを持っていないが、彼が神の声を聞いたことがあることはロサも知っている。

 だからこそ、アダマスが不可解な根拠を持っているのだろうかとロサは思った。


「ふう。ロサ――」


 バッソはそこまで聞いて、今度はロサへと顔を向けた。

 ロサはアダマスとバッソの顔を見ながら、胸にある琥珀のネックレスを強く握りしめながら複雑そうに唇を曲げている。

 様々な感情は胸の中で混ざり合っているようだった。


「……何じゃ?」


 そして拗ねたように言った。


「あの骸骨の正体――アダマス君に言ったらどうだ? 彼も無関係じゃないし、彼があのモンスターと戦うにしても戦わないにしても、彼にも聞く権利はあるはずだ」


「じゃが――」


 バッソの提案に、ロサは渋る。


「じゃあ、オレが話そうか? 元々、骸骨の正体が“あいつ”だと気付いたのはオレだ。だったら、俺にも話す権利があるんじゃないか?」


 バッソの言葉に、ロサは長い躊躇いの後、ゆっくりと頷いてから口を開いた。


「……ならば妾が話そう。それが、アダマスと同じパーティーメンバーになった義務というものじゃ――」


「俺は別に居場所さえ教えてもらえばいいんだけど――」


 二人の話している内容は分からないが、アダマスとしては簡潔に話しを済ませておきたかった。


「この話を聞けば、アダマスくんに、オレが骸骨と会った場所。そして、迷宮の最深部までの道を教えるさ。ロサも、それでいいね?」


 バッソがそう言うと、アダマスは少々不満があったが、ロサの隣にある椅子に座る。

 ロサもどうやらバッソの言葉に反論はないようで、また小さく頷いて、あの骸骨のモンスターの正体――それとロサとバッソの関係を話しだした。


「どこから話そうかの? まあ、簡潔に言うと、あのモンスターはおそらく元人間。人の死体がモンスターになったものだと思っておる」


「人間?」


 アダマスとしても、人がモンスターになるなんて話は聞いたことがない。

 だが、仮定の話は続く。


「妾とバッソの想像が正しければ、あの骸骨のモンスターの名前はおそらくガイル。かつて妾がいたパーティーのアクアヴィテのリーダーであり、バッソの親友で――妾の恋人じゃった男じゃ」



 ◆◆◆



 ガイルは土のギフトによって飲み込まれた後、深い暗闇の中にいた。

 何も見えない。

 手で探ろうとするが身動きが取れない状態だった。

 それからガイルはダンジョンの地殻変動によって一本の細い通路へと落とされた他には何もいない。

 奥へと続くように、壁に橙色の光を放つ意思が埋められていた。

 見覚えがあった。

 骸骨になってからの記憶ではなく、生前、冒険者だった頃の記憶に、この通路を見た気がする。

 ガイルはこの通路を見てすぐに――悔しさを思い出した。

 またガイルの記憶が蘇ろうとしていた。

 いや、違う。

 記憶を“完全”に思い出した。

 生前にいた家族や、前に所属していたパーティー、知人。それに先ほど斬った男がかつての親友であるバッソであることも思い出し、おそろいの“琥珀のネックレス”を買うほど愛していたいとしい恋人のことも思い出した。

 そして何より――この先で死んだことも蘇った。

 嗚呼、そうだ。

 自分はこの前で死んだのだ、と。

 偶然、迷宮の奥へと続く道を仲間と発見し、パーティーメンバー全員の総意で奥へと冒険した。

 だが、その先に待っていたのは絶望だったのだ。

 強大なはぐれモンスターの力に仲間や自分の力は全く通じず、赤子のように蹂躙されて遊ばれるように戦った記憶を。仲間が一人二人と死んでいき、最愛の人だけを何とか逃しながら自分が死んだ時の記憶を。そして何より、殺される時に見た、モンスターの醜悪な顔を。

 ガイルは、記憶をゆっくりと噛みしめる毎に、胸の中に苦渋がどんどん湧いてきた。

 ガイルは先へとゆっくりと進みながら、自分が死ぬ直前のことを思い出す。

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