第十五話 情報
あの後、宿屋で一眠りについたアダマスは昼ごろに目覚めた。
あまり寝ていないというのに頭は凄くすっきりとしており、これからの行動指針もしっかりと定めることが出来た。
あの骸骨を倒しに行くのは確定として、どうすればあの骸骨と相まみえることが出来るとアダマスはベッドの上でゆっくりと考える。
ちょうど一週間の休暇をロサから与えられたので時間は十分にあるので、トロにもぐりながら気の向くままに骸骨を探す手もあるが、そんな悠長なことをアダマスはしたくなかった。
早く、早く、早く、あのモンスターを殺せと、自分の意思がそう強く言っていた。
ならば、と考えると、やはり冒険者組合で情報を集めるのがいいか、という単純な結論に達した。組合にいるトロに潜る冒険者の話では、一月に一度ぐらいの確率であの骸骨に会うという話を聞いたことがあるので、もしかしたら最近骸骨が出たという情報を組合で得られるかも知れないと考えたのだ。
アダマスはそう結論を下すと、跳ねるようにベッドから降りて組合を目指すための準備をする。まずは近くにある水飲み場で顔を洗い、体をすっきりとさせる。昨日はお腹に入らなかったのであまり夕食も食べていないし、今朝の朝食も食べていないからせめて昼食ぐらいはしっかりと取ろうと思ったのだ。近くにある食堂で大きなパンと分厚いステーキ、さらにはミルクを頼んで腹を満たすと血が頭まで回り始めた。
服装は、とも考えるが、あの骸骨を倒すとなるとそれなりに準備がいるので、情報を聞いてもすぐに潜るようなことにはならないな、とアダマスは思う。流石にあの骸骨相手に鎧と剣だけで戦うのは無謀だと思ったのだ。
着の身着のままで、鎧すら、ましてや剣すらも持たずに組合へとアダマスは向かった。
アダマスがいつもの組合につくと、いつもよりか騒がしいような気がした。
一階には素材の引取などで冒険者は少ないのだが、商人、並びに組合の職員らしき人たちが集まってざわざわと話し込んでいる。アダマスは話している内容が気になるが、それよりも大切なことがあると、すぐに二階へと上がった。
階段を上がっている時から分かっていたことだが、二階からもざわめきが聞こえた。
それも、かなり大きな声が多数響いている。確かに冒険者達は荒くれ者が多いので地声が大きいのも確かだが、今日はそれを差し置いても煩いような気がした。
アダマスが二階へと上がると、既にそこには冒険者が多数いた。
けれどもいつものように受付へ並ぶ者は少なく、数人、もしくは十数人程度で固まり、喋り込んでいる人が多いのだ。
まるで何か事件が起こったような違和感を覚えた。
アダマスはいつもとは違い、怪訝な顔をしながら近くに集まっていた冒険者に話を聞いてみることにした。
ここまで騒ぎが大きいと、流石にアダマスも気になったのである。
「なあ、何があったんだ?」
アダマスが喋りかけたのは、ちょうど近くにいたポリプスのリーダーであるシルバだった。
前にパーティーを組んだこともあったので顔見知りでもあり、喋りかけるのにはちょうどいい人材だと思ったのだ。
「ああ。アダマス君か!」
アダマスを見かけると、シルバは焦った顔をしながら振り返る。
シルバと共に話していたのは、インフェルノでもそこそこ有名な冒険者達で、シルバと同じ程の階層突破冒険者が多い。
そこには他のポリプスのメンバーはもちろん、アダマスが過去に組んだこともあるパーティーメンバーもいた。
「それがね大変なことがあったのよ!」
そう大きな声で言ったのは、アダマスも知っている女冒険者であるサリーだった。
ぼさぼさの赤毛の髪をもっており、そばかすが可愛らしい女性である。アダマスよりも年上で、もう冒険者を続けて八年になると聞いたことがある。
もちろん、アダマスは彼女ともパーティーを組んだことがあった。
「大変なことって?」
「トロの攻略へ向けた遠征が失敗したんだって! 付き人、冒険者ともに犠牲者も沢山でているんだって! もちろんベテランの冒険者もその中にはいるらしいよ!」
そうサリーが言うので、アダマスはそこにいた他のメンバーから詳しい話を聞いてみると、どうやら遠征は大失敗で終わったようだ。
それも最深部までも辿りつけず、その前のモンスターが大量に出た部屋で大量の犠牲者が出て、先へ続けるのは困難になったとのこと。それはあの場にいたバッソ並びに組合長、他にも有力な冒険者達の意見だったようだ。
犠牲を払ったまま奥へ行くのは容易いが、このままだと最深部攻略にも犠牲が出るのは確実で、もし大量のベテラン冒険者がトロでけがをすると、今後の都市としての機能が著しく落ちることからそのような判断に達したらしい。
つまり、今回の遠征は大失敗で、またその弊害として多数の冒険者が怪我を負って、当分の冒険は困難な状況になっているらしい。
久しぶりにあった大遠征だが、今回のようなケースは珍しいとのことみたいだ。
「でだ! アダマス君、大ベテランの先輩達をそんな風に怪我をさせたのは、あの“骸骨のモンスター”だって話があるんだよ!」
そう言うシルバの話がとてもアダマスには気になった。
「骸骨? 骸骨のモンスターって、あの“はぐれ”か?」
「そうみたいだよ。未だに掲示板には記載があるけど、今回のことによって懸賞金が上がるんじゃないか、って考えている人もいるみたいだね。そうなれば、賞金首専用の冒険者も動くかもしれないよ」
「へえ――」
アダマスは口角を少しだけ上げた。
「でも、まだ分からないらしいよ。それにあそこにいたモンスターは骸骨だけじゃないからね。ただ、バッソさんがあの骸骨に斬られたのは確からしいよ」
「死んだのか?」
アダマスはその発言に驚きを隠せなかった。
自分よりか明らかに格上の冒険者であるバッソがそんな簡単にやられるとは思っていなかったのだ。
「いや、生きているよ。ただ怪我は深いらしくてね、今は病院に入院しているらしいよ」
「入院ね、ちなみに場所は?」
「南にある組合専用の病院だけど……」
「なるほど――」
アダマスはシルバから聞きたい情報を仕入れると、すぐに踵を返した。
「ちょ、ちょっとまってよ、アダマス君! 君はどこに行くつもりなのかい?」
そんなアダマスをシルバは止めようとするが、アダマスは振り返りながら淡々と告げた。
「用が出来た。助かったぜ――」
シルバ達はこれから組合で冒険者に対する重大発表が行われることを知っていたので、アダマスをすぐに引き止めようとするが、誰も動けなかった。
動ける気がしなかった。
それほど、今のアダマスは殺気立っていた。
止めれば、殺されるかも知れないと思うほど。
◆◆◆
アダマスはシルバに教わった病院にすぐ向かう。
そこは組合から近くて、歩いて十分とかからない場所にあった。
中に入ってみるとそこは野戦病院と化しており、受付の前まで様々な冒険者が怪我をしている状況で治療を受けていた。怪我の大小はあれど、医師たちがせわしなく動いているのは確かだった。
おそらく彼らは今回の遠征の犠牲者だと、アダマスは思った。
忙しい人に喋りかけるのもまともに取り合ってくれないと感じたアダマスは、受付にいた人に話しかけることにした。
彼女だけは、この忙しい中でも一人だけ治療に関わっておらず、後から病院へと入ってくる人へと対応していたのだ。
「今日はどういったご用件でしょうか? 怪我ですと、時間がかかりますよ?」
彼女はお決まりの笑顔でアダマスに応対する。
「人に会いに来た――」
アダマスはそんな彼女へ短く告げる。
「どなたでしょうか? 事前に面会のお約束はなされているでしょうか?」
「会いたいのはフルグルのバッソだ。約束はしていないが、知り合いだから会ったらおそらく分かると思う」
そんなアダマスの発言に、彼女は渋る顔をした。
「非常に残念なのですが、私達も冒険者を守る義務というのがありまして……そういったことで、過去に冒険屋を殺すとしたのですよ。ですから、事前に面会の約束が無い方は……」
そんな彼女の返事に、アダマスは小さく舌打ちをした。
その時の形相が怖かったのか、彼女も小さく「ひいっ!」と声を跳ねさせる。
彼女の悲鳴は大きく、受付で横たわっていた人や医者たちが一斉にアダマスの方を向いた。
その中で、一人だけ、アダマスに近づく者がいた。
ローブを着た童女のような姿をしている――ラビウムだった。
「あれ、君は誰なの?」
ラビウムはフードで顔を隠しながら、アダマスの前をちょろちょろと回る。
受付の彼女は、ラビウムを見ると「ラビウム様」と大きく頭を下げていたので、アダマスはすぐに後ろにいるラビウムが冒険者の中でも大物なのだと悟った。
「俺はアダマスだ」
「ああ。あのロサちゃんとパーティーを組んでいるっていう?」
どうやらアダマスの名は有名らしく、彼もラビウムに同意するように頷く。
「そのアダマスで間違いないぞ。俺はバッソに会いに来たんだが、事前にそういった申請をしないと通してもらえないみたいで困っているんだよ。あんたの力で何とかならねえか?」
アダマスは目の前の人物が偉い人だと分かっても、態度を改めるようなことはなく、不遜な態度で告げた。
「へえ、バッソくんに……何のようなの?」
ラビウムは目を細めながら尋ねた。
「あの骸骨の居場所を知りたくてな――」
「骸骨ってあの?」
「あんたがどんなモンスターを想像しているのかは知らねえが、俺の知りたい骸骨は一人――手配書にも書いてあるはぐれの骸骨だ」
「その骸骨はボクも知っているけど、あのバッソ君が一太刀切られるぐらいには強いんだよ――」
「だから? 別に俺はあんたの意見なんて聞いてねえんだよ。それより、バッソの所へ行くのに話を通してくれないか?」
アダマスはラビウムの意見を簡単に跳ね除けて、傍若無人な態度で言った。
そんな態度の彼にラビウムは怒る様子もなく、すぐ奥にいた受付嬢へとにこやかに笑いながら頼んだ。
「ねえねえ。ボクの権限ってことで、アダマス君をバッソ君の所に通してあげなよ」
「で、ですが……!」
受付嬢はラビウムの頼みを渋る。
「責任は全てボクが持つよ。アダマス君もバッソ君を殺したり、暴れたりする気は無いんだろ?」
「ああ。それは絶対に無い――」
「それに彼はちょうどロサちゃんのパーティーメンバーだ。今はバッソ君の部屋にロサちゃんもいる。きっと大丈夫だよ――」
そのラビウムの発言に受付の彼女は数秒だけ考えて、「分かりました」と小さく頷いた。
どうやらアダマスはラビウムの鶴の一声で、バッソの病室まで行けるようになったようだ。
「それじゃあ、頑張ってね」
「ああ。恩に着るよ」
アダマスはラビウムへ小さく頭を下げると、「こちらへどうぞ」と短く言った受付嬢の案内でバッソの病室へと向かっていく。
どうやらラビウムは付いていかないらしく、彼女はアダマスの背中を見ながら大きく手を振っていた。
そしてラビウムはアダマスの背中が見えなくなると、弾むような足取りで病院へと出ながら、アダマスのことを思い出して彼女の忌み名である魔女のように薄気味悪く嗤った。
「それにしても――」
ラビウムは、アダマスのことへと思いを馳せる。
「――神の愛子って言うのは、おそらく彼のような子なんだろうね。これまで見たどんな人より、神気が多かったよ」
ラビウムは新しいおもちゃを見つけた時のような、愉快な気分に浸る。
本当は十九日中に投稿したかったのですが、少しだけ遅れてしまいました。




