第十三話 邂逅
一方、同じ頃。
アダマスとロサも迷宮に潜っていた。
今回は二人だけだった。
本当は別のパーティーと合流する予定だったのだが、そのパーティーの冒険者の一人が今日突然体調を崩したので、急遽、予定を変更して二人で潜っていた。やはり二人だと完全な隊列は作れず、潜れる階層も普段よりか浅いのだが、何の問題もなく二人は冒険を続けられていた。
――表面上は。
異変に気づいたのはロサだった。
アダマスの調子が最近少しおかしいように感じていた。
肌が少しだけ荒れて、髪に艶が少しだけなくなり、目の下のくまがいつもよりか大きい。
そして何より、動きに繊細さが欠けている。
どこが、とまでは分からない。
注意不足は明らかだった。
剣速が数瞬だけ鈍り、状況判断が一瞬だけ遅れている。
命をかけて迷宮に潜る冒険者としては致命的だった。
「アダマスや――」
ロサは後ろからモンスター相手にがむしゃらに剣を振るアダマスに声をかける。もちろん、その間にもギフトや薙刀でアダマスの援護をするのは忘れない。
背後から来たモンスター。
上空から降ってくるモンスター。
臨機応変にギフトと薙刀を代わる代わる使い、アダマスに自分の戦闘へと集中させようとする。
「何だよ――」
が、それもあまり功を奏さなかった。
移り気が多い。
目の前にまだモンスターがいるのに、遠くのモンスターに注意を向いているような気がする。少なくとも、視線はそうだ。そのため、判断が少しだけ遅れる。以前までの刀剣のような鋭い彼の感性が感じられない。
その少しを、ベテランであるロサはとても気にした。
何故ならそんな注意力散漫な者に――自分の命を任せるということができないからだ。
一人の不注意が、仲間全員を危険に晒す。
そのことをロサは経験則で知っている。
だから、あらかたのモンスターを片付け終わり、アダマスと協力してモンスターを解体しながらカルヴァオンを取っている時に彼と目を合わせず言った。
「最近、何かあったかのう?」
遠回しにロサは聞いた。
「さあな。最近の出来事といえば、トロの最深部が見つかったことぐらいじゃねえの?」
アダマスは素っ気ない態度だった。
「妾が言いたいのはそういうことではない。お主は最近のことで、何か心に思ったことはあるのか? 例えば、最近、誰かに告白されたどかかのう」
「ねえよ、そんなもん――」
「そうなのかえ?」
「ああ。あったらさっきも小躍りしながらモンスターを倒していたところだ」
「そうかのう。お主、町の女衆には人気があると小声で妾は挟んだが……」
アダマスの顔はいいのは事実だ。
実際にロサもアダマスと“そういう”関係なのか、聞かれることも少なくはない。その中には恋話が好きな女性もいれば、酔っ払った下衆い男もいた。
その全てにロサは違うと言っているが、どうやら他の人から見てもアダマスの顔は整っているようだ。
「そうかよ。声の一つでもかけてくれば、犬のように付いて行くっていうのに――」
だが、どうやらアダマスの話では女性から誘われたりすることは全く無いようだ。
話しかけてくれる好意的な人もいるらしいが、その殆どがカルヴァオンのおばさま方で、よく果実などを貰っているみたいだ。また誘われるとすれば、酔っ払った男が体を売らないか、との誘いらしく、そちらにはアダマスは一度も乗ったことが無いらしい。
「それは残念じゃのう」
「そうだな」
「他には……何か無いのかえ?」
「……ねえよ」
「そうかえ。妾はのう、最近、知り合いが結婚したらしくての、そこに生まれた赤子が可愛かったのう」
それからロサは黙々と作業を続けるアダマスを見ながら、彼女自身もモンスターの解体を進める。
その中で、やはりアダマスは手が止まる回数が多いように感じた。
どこか、おかしい。
その予感は、核心へと変わった。
その時、ロサは予定を決めた。
「今日のところはこれで冒険は終わるぞい――」
そのロサの判断に、アダマスは大きく反応した。
「はあ? 何でだよ?」
信じられないといった顔のアダマス。
「よく考えてみるのじゃ――」
ロサは、アダマスの師匠のような存在だが、れっきとした彼の師匠ではない。
パーティーよりかバディに近い。相棒と言ってもいいだろう。どちらかが一方的に相手に教えるのではなく、互いに支えあう関係だ。
無論、冒険者としてまだ日が浅いアダマスには教えることが多いのも事実だが、どちらかに依存するような関係をロサは望んでいなかった。その場合、もし自分が潰れればアダマスまで潰れる可能性もあるからだ。
またロサの考えも言えば、体調管理は冒険者にとって剣術やギフトよりも重要なことだと思っている。
どんな人間でも、コンディションが悪い時など一年も冒険者を続けていれば一度や二度ではきかない。原因は心身的なものから、肉体的なものまで、冒険者や状況に大きく違うだろうが、その殆どを自分の力で解決する。もし体調の悪さに本人が気付かず、パーティーの誰かに気付かされることもあるだろうが、そんな冒険者は“二流”だ。
何故なら冒険者は場合によって、いつも自分のことを知っているメンバーがパーティーにいるなど限らない。その時、あいつがいないから体長が悪いのに気づけなくて、冒険に失敗しました、なんて言えば、その者はきっとインフェルノでは出来損ないの烙印を押されるだろう。
もちろん、ロサだってそういう日はある。多くは月経だが、そうでなくても体調の悪い日など、長く冒険者を続けているので両手の指では到底足りないだろう。風邪や、疲労、はたまた精神的な不安や悩みなど、具体的な例を挙げていけばきっと多くのものがあるだろう。
だが、それらの問題は自分で気付き、無理のない範囲で冒険をし、対処してきた。
ロサが知っている一流の冒険者も皆そうだ。
体調の悪さだけでなく、冒険に対する不安や葛藤など、持っていない人のほうが少ない。
それらを気付いた時に、自分で、もしくは仲間と一緒に飲み込んでこそ、冒険者として一人前の証だ。
ロサは最初から、アダマスを半人前として扱うのではなく、一人前として扱うことにしている。
冒険に関わる体調管理ぐらいは、自分で何とかして欲しいのだ。
「………………」
アダマスはロサを睨む。
「……分かったかえ?」
ロサは済ました顔でアダマスから視線を逸らさない。
「分かったよ――」
アダマスはロサから視線をずらすと、またモンスターの解体へと戻って行った。
彼女もアダマスと知り合ってから濃い時間を過ごしているのでわかるが、この対応はきっと納得していないのだ。
アダマスの性格としては、不満があっても大声で言ったり、自分から行動に出すのは苦手なのだ。実際にそういった所をロサは見たことはない。彼が言う不満と言えば、実際には対して気にも止めていないことなのだ。本当に頷けないことは、じっと心の奥底に抱える。
石のように動かず、どんな鬱憤にも黙ってじっと耐えていることが多いと、ロサは思っていた。
それから迷宮から出るまで、二人の間に会話は無かった。
ロサもそんなアダマスの態度には何もいうことはなく、無言で彼の冒険のサポートに徹し続けた。
アダマスもロサに対して言いたいことはあるだろうが、声にも出さず、けれども冒険者としてその苛つきを行動で表すような子供じみたことはしない。そんなことをすれば、二人の命が危ないと言うことは分かるのだ。
そして迷宮を出ると、いつものように二人揃って冒険者組合に行くことはなく、ロサがアダマスの持ち帰ったカルヴァオンを受け取りながら言う。
「今日のところは妾が後のことをする。お主はゆっくり休むとよい。冒険者を初めてもう三ヶ月にもなる。お主の怪我が治ってから、あまり休みは無かったのじゃが、たまには休暇を取って、心身共に休めるのがいいじゃろう。それぐらいの貯蓄は十分にあるのじゃろう?」
「……ああ」
ロサはこれまでアダマスと共に冒険をし、基本的に報酬は折半のため、彼の報酬はよく知っている。
またアダマスはロサに賭場や歓楽街に行くのを基本的には禁じていたため、装備の新調や宿やの値段から、これまでの冒険でお金をどれ位アダマスが貯めたのかも見積もりを出すが、それは一般的な新米冒険者とは思えないほどの稼ぎ具合である。
もちろん中階層に潜っているため稼ぎも多いが、それ以上に、他のパーティーに合流し、そのときの契約で得たカルヴァオン以外の報酬も大きい。最初の依頼となると、これからもよい関係を築くための先行投資として、通常よりも多くの賃金を払う人が多いのだ。
それを多数アダマスは続けていたため、彼はとても稼いでいた。
もちろんその中の賃金には、ベテランであるロサへの期待も大きかったが、彼女はそれもアダマスと折半していたのだ。
「インフェルノは大都市じゃ。お主には美味しい食堂しか教えておらぬが、楽しい場所など山ほどある。妾としてはおすすめしないが、歓楽街などに行くのもいいじゃろう。いい息抜きにもなる」
「そうみたいだな――」
ロサとしては、これまでアダマスにストイックな冒険者生活を自然に行っていたため、力の抜き方を教えることはあまりなかった。精々、美味しい料理店に行くぐらいだ。
笑顔が多く、悩みが少ないような彼には、そういう明るい場所は必要ないと思っていたが、やはり彼も人間とロサは思う。
たまには、気分転換も必要だと。
ロサの知っている中にも、冒険者は一月の間に大きな休みを取り、それぞれの方法で疲れを取る。人によってその方法は違うが、歓楽街に行くのも当然ながら多い。
「もちろん、それらに溺れるのは人として駄目じゃが……まあ、大事なのは付き合い方じゃ。よく使えば、それらも悪いことじゃない」
「かもな――」
「期間は……そうじゃな。一週間を見積もろう。一週間もすれば、これまでの冒険で溜まった疲れも落ちると妾も思う。遊び方を覚えるのも冒険者の大事な仕事じゃ」
アダマスはロサのその言葉を聞くと、返事もせず無言で彼女に背中を見せてインフェルノへと戻っていく。
「はあ。気難しいガキじゃな」
ロサは苦笑いをして、アダマスを追いかけるようにインフェルノへと戻って行ったのだった。
◆◆◆
アダマスはロサと離れてからどれぐらい時間が経っただろうか。自分の止まっていた宿に防具屋武器、はたまた冒険者の装備を全て置くと、逃げるように宿から飛び出してインフェルノを当てもなく彷徨った。
もうすでにすっかり日も落ち、町の中で明るいのは歓楽街だけだ。
アダマスもそこにいた。適当な場所で軽い食事を取った後、虫のように明るい場所に引き寄せられたのだ。
そこでは、様々な客引きが行われていた。強面の男から、薄くはだけた服を着た女までもが客を捕まえようと必死になっている。
アダマスも様々な人に声をかけられた。店員から、はたまた客にまで一緒に飲もう、賭場に意向と誘われる。
だとしても、アダマスは気分が乗らないのでそのいずれにも乗ることはなく、足が棒になるまで町を彷徨い続けた。
やがて歓楽街からも足を退けて、誰もいない大通りを歩く。
昼間とは違い、そこはがらんとしていた。
出店の一つもなく、あるのはその残骸だけ。
道の真中には様々なゴミが残り、それが乾いた冷たい風によって流れる。
アダマスはそんな道を歩きながら、冷めた頭で思いを馳せる。
インフェルノに来てからずっと迷宮に潜っていたアダマスとしては、急に休暇を与えられても何をしていいかが分からないのだ。故郷にいるときは家の仕事を手伝うか、剣しか振っていなかった。
もちろん、そんなアダマスに友達は少なく、同年代の子らともあまり喋ることは無かった。
もともと子供の少ない村だったので、遊ぶと言えば年の離れた兄か、近所にいた四歳年下の少女ぐらいだ。遊ぶと言っても、アダマスは活発な子だったので、森の中に入って探検しようとも誘いづらい相手しかいなかった。
だからこそ、アダマスは気を紛らわすように剣を振っていたことが多かった。
今も剣を振ればいいのだろうが、こんな町中だとそんな場所も少ない。冒険者組合に入っているアダマスには、冒険者が使う訓練施設も使えるのだろうが、そういう所に行くのも何故か気が進まない。
全てはあれが――。
アダマスは考えるのを止めて、また歩き続ける。
特に目的もない。
そしてある程度歩き、眠たくなったなと思った頃、やっと宿に帰ろうかという気持ちが生まれてきた。
そして――
「――初めまして、と言ったほうがいいでしょうか?」
目の前に“彼女”が現れた。
「あんたは――」
彼女の姿は、もちろんアダマスにも記憶があった。汚れ一つない白い外套に包まれた者だ。
一度しかすれ違っていないが、彼女の印象は深くアダマスの心に残っている。
「私の名前は――リュンクスと云います。以後、お見知りおきを。神の愛子様」
リュンクスと名乗る女性はフードを取った。
その中には、アダマスが見たこともないほど美しい女性がいた。陶器のように白い肌もそうだが、何よりも暗闇でも輝くプラチナブロンドが美しい女性だった。
後光が見えるかと思うぐらい透き通っていて、神がかっている美しさを持っている女性だった。
アダマスは目の前に彼女が現れたことに嬉しさよりも、不信感を覚えながら彼女を見つめる。
更新が遅れてすいませんでした。
これからもぼちぼち更新していこうと思いますので、応援お願いします。




