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ADAMAS  作者: 乙黒
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第十二話 遠征

 あの会議から二日後、冒険者達は揃ってトロに出かけていた。

 遠征伐隊は長い隊列を組んでいる。当然、四十人の冒険者とそれをサポートする十人程度の付き人達が横に広がって移動できるわけもなく、モンスターとの戦闘は隊列の先頭が行う事になる。

 もちろん、ローテーションを組んで、冒険者に疲労を残さないように戦闘の者は適度に変わっていた。

 それは最後尾にいる者も一緒だった。殿しんがりが襲われることも多いので、彼らも適度に入れ替わって戦闘を行うものが固定されないようにしながら部隊は進む。横から襲われることもあるが、それは広い通路や開けた場所の場合で、殆どなかった。

 また、カルヴァオンを拾うのはそれ専用の者がいた。


「ちゃんと拾うんだぞー! オレたちは偉大な先輩たちと共にしているんだからなー!」


 例えば――レパルドュス。

 新人の中でも既に冒険者を三年も続けている彼は、先輩からの信頼も厚く、カルヴァオンを拾ったり、熟練の冒険者のサポートをする付き人の中でもリーダー格になっていた。

 もちろん、彼も武器を持っている。

 レパルデュスの武器は、エストックと呼ばれる細身の剣だ。それはしなるほど細いが、木目状の複雑な模様が浮かび上がるウーツ鋼と呼ばれる硬くて丈夫な素材なので、耐久性は十分だろう。

 付き人と言っても、全員が冒険者だ。最低限身を守る実力がなければ、ダンジョンの中では生き残れない。


 そんなレパルデュスの遥か前にいる隊列の先頭。

 そこには現在、黒騎士が二人いた。

 今も戦闘を行っているのは黒騎士である。

 死人が前からゆっくりと隊列をなして現れる。

 黒騎士は少しも慌てることなく、目の前へと揃った足並みで進む。

 共に同じ意匠を施した抜き身のロングソードを持っていた。

 黒騎士が持っている剣は、刀身から柄まで全てが煤けて黒かった。その正体は迷宮内でのみ取れる“ニゲル鋼”という特殊な金属を用いて作られた剣なのだ。ニゲルの特徴は固く柔軟性があるので普通の武器と比べると耐久性が異様に高いが、鉄製の武器と比べると重いのが特徴だ。ウーツ鋼と似たような特徴のある金属であるが、唯一の違いとしては職人の腕が必要ではないことだろう。ウーツ鋼は鉄を精錬して作られるため、一流の職人でないと加工できない。


 黒騎士達はのろのろと動く死人たちが襲ってくる前に、自ら敵陣に飛び込んで、持っていた剣で剛断。

 的確に首を跳ねていく。

 不気味に笑う頭蓋骨が、宙に舞って、心臓部分に埋め込まれたカルヴァオンを下に落としていく。

 骸骨たちも反撃で剣を振るうが、黒騎士たちが身に付けているプレートアーマーには傷一つ残さない。


「流石、の黒騎士だな――」


 バッソが黒騎士の少し後ろ、中陣から感想を述べる。


「あいつらがいると非常に楽だな」


 ススッルスも同意した。

 黒騎士の戦い方は二人共以前から知っているが、やはりその強さはトロの迷宮内でも健在だ。彼らは本来ならポディエの獣たちを狩るほうが得意なのだろうが、上の者になっていくと、その実力はただの剣だと狩りにくい死人達にも通用する。

 遠征一行は下へと飛び越えるショートカットを使わずに、幾つかの平坦な坂を下りながらぐんぐんと先へと進んでいく。

 その中にはおそらく冒険者の中にいるマッパーのおかげだろうか。

 迷うことはない。

 これらの道は、事前にマッパーとバッソ達などの幾つかの冒険者で決めた。だからこそ隊列に混乱などはない。もし予定した道が閉じていても、付き人の中にはインフェルノでも屈指のマッパーが入っている。彼にまかせて、最深部まで行くつもりだった。


 だが、問題は、わらわらと次々に湧いてくる死人たちだった。

 トロは他のダンジョンと比べてもモンスターが多い。

 そのほとんどは骸骨か腐りきったゾンビなので倒すのは簡単で、攻撃も厄介ではないが、一匹ずつ倒すたびにスタミナが削られる。

 十数分して、黒騎士から次の冒険者に代わった。

 コロナだった。

 暗い迷宮の中でも黄金に輝く王冠は特徴的だ。


「オっレ様、登場!!」


 本来、他のモンスターからできるだけ身を隠して遭遇率を減らそうとする冒険者が多いのに、この男――コロナだけは例外だった。

 他者に存在を強くアピールする。

 それと同時に、隊列にいた他の冒険者が下がる。

 黄金の剣を抜くと、白銀の刃が現れた。

 前から新たな骸骨が出現した。それもただのガイコ等ではなく、高さが六メートルはあろうかという巨人の骨だ。コロナは右手で剣を持って、左手でその刀身を横から滑らせながらギフトを発動する。すると、銀色の刃に込められた神聖付加エンチャントによって、刀身は新たに金色に輝き、剣という器に耐え切れない力の奔流が刀身から渦巻くように溢れ出す。

 その力は――雷のギフト。

 口上はあった。

 だが、それよりも大きな剣を中心に大気をぶちやぶる雷鳴によって、コロナの言葉は掻き消される。

 コロナは前にいた巨人の骸骨三人へ向けて、遥か遠くから剣を振るった。

 生じた現象は、稲妻。

 否、真横への雷撃。

 ダンジョンの乾いた何重もの空気の層を苦にもせず稲妻は骸骨を到達して、すぐに爆発した。

 轟音が他の冒険者の耳を襲い、しかめ面でコロナを見た。

 その時にはもうコロナは不自然に上半身を前のめりに倒して、滑るように骸骨へと目指す。

それは目にも留まらぬスピードであるが、コロナの場合はここで終わらない。。

 一歩足を踏みしめるごとに、コロナのスピードは加速していく。

 まだ止まらない。

 加速する。

 それは人知を超えた早さであり、体の節々までに張り巡らされた雷の力によって、コロナは人の限界を超えていた。

 雷速の如き早さを誇るコロナは瞬く間に巨人へと到達する。

 凄まじい速度と、エンチャントされた雷の力と、ありったけの雄叫びを剣身へ乗せて、通り過ぎるようにコロナは一閃。二閃。三閃。本来なら断ちきるのは容易ではない骸骨共の骨を瞬く間にばらしていく。

 その姿は軽快であり、爽快だ。

 コロナの戦闘姿を始めた見た冒険者は、一瞬の閃光と爆音に心を奪われて、その後に迫り来る骸骨共の骨の落ちる悲鳴によって、思わず拍手が盛れるほどだった。

 コロナが何体もの死人を破竹の勢いで倒していくと、徐々に彼のスピードは落ちていき、やがて零になった。


「もう、電池切れかよー!」


 どうやらコロナは自分に貯めた電気を全て使い切ったらしい。

 するとコロナはのそのそと隊列へと戻ると、先頭には出ず、中盤で休むようになった。


「全く、王子様は倒すのも早いけど、へばるのも早いんだね」


 コロナの様子をくすくすと笑うのは、中盤にいたラビウムだった。

 その言葉にコロナは口を尖らせて反論しようとするが、発言元がラビウムだとわかるとすぐに引っ込むように後ろへと身を隠した。

 どうやら彼もラビウムのことは苦手のようだ。

 そんなコロナと交代して前に出たのは――また別の黒騎士だ。

 だが、ススッルスも示し合わせたかのように黒騎士の背後へと立った。

 ススッルスは面倒そうにまだ湧いている死人に向かって杖を構えて、しっとりと神へと言葉を捧げた。


「溢れ出す混沌の狂気を心に込めて、百人を殺した剣を供物とし、我が子の心の臓を生贄に捧げて、我は、闇の神――アンラマンユの力を欲す。嗚呼、我が神よ、新たな血を欲すならば、我に、我が眷属に、あなたのちからを与えよ」


 ススッルスの口上が終わると、前にいた三人の黒騎士の剣に、闇の力が備わった。

 元々、黒かった剣をより黒く染め、闇の奔流が剣に巻き付く。

 ススッルスは黒騎士に力のみを与えると、自分では攻撃をすることなく隊列へと戻る。

 だが、それだけで戦況は一気に変わった。

 二十年来の冒険者であるススッルスのギフトは、剣に破壊の力を与えた。

 黒騎士が剣を振るうたびに、骸骨共の骨が砕けるように塵へと変わっていく。それは断ち切る必要もなく、触れるだけで数多くの死人を破壊した。

 すぐに黒騎士に与えられた破壊の力はなくなり、剣の色も元の姿へと戻るが、それまでに軽くコロナが殺した以上の骸骨や死人を塵に返す。もちろん黒騎士の剣の腕もいいのだろうが、それ以上にススッルスのギフトの力が上乗せされたのだ。


 粗方の敵はコロナと黒騎士が片付けたので、隊列がどんどん前へと進んでいく。すると、今度は広けた空間へと出た。

 大広間だった。

 だが、最深部は遥か先だ。

 目的地はここではない。


「ありゃりゃ、これは多いな」


 バッソが目の前のモンスターパニックを見て、思わず口を開きそうになった。

 付き人の何人かは絶望して、顔が青くなっている者もいた。


「ここは――ボクの番だね」


 そんな中でいち早く前に出たのは、誰よりも小さい冒険者であるラビウムだった。

 インフェルノにいるギフト使いの中でも最も優れたギフト使いと呼ばれ、魔女、との異名まである彼女の所以がそこには存在した。

 ラビウムはゆっくりと薄い唇で聖歌を述べた。


「――私は今でもあの暗い中にいる」


 それは他のどんなギフト使いの詠唱とも違った。

 神への祈りには到底聞こえない。

 むしろ、嘆きに近かった。


「――谷よりも深く、海よりも深く、光の一片さえ届かぬ世界に私はいた」


 悲痛の声が聞こえる。

 世界の気温が一度下がったような錯覚を冒険者は感じていた。


「――声は届かず、助けは現れず、土の冷たい感触のみが私を支配する」


 ラビウムの声に感情が乗る。

 味方のはずなのに、ギフトを味わうのはモンスターのはずなのに、冒険者たちはとんでもない圧力で体が軋んでいた。


「――私は思った」


 その時、大広間の床が“開いた”。

 大穴が開いたのだ。

 深さは分からない。

 何故なら底には闇しかなく、果てしない深淵のみが続いていたからだ。

 それは、全ての死人を呑み込んだ。


「――皆、同じになればいいのに」


 ――瞬間、床の穴が閉じる。

 大部屋にいた数百体ものモンスターたちは、たった一人のギフトによって呆気無く壊滅した。

 この光景を初めて見た冒険者はおろか、過去にラビウムと潜ったことがある冒険者まで、背筋が冷たくなった。

 それは、恐怖だろう。

 このギフトが自分に向いたら、と思うと、冒険者たちは震えずにはいられなかった。


「さ、先へ行こっか――」


 明るく振り返ったラビウムは、まるで闇に潜んでいる魔王に見えた。



 ◆◆◆。



 その異変は突如として起こった。

 大部屋にいたモンスターをラビウムが一掃して、隊列は悠々自適に中央まで進むと、突如として前と後ろからからモンスターの大群がやってきた。

 ラビウムが急いでギフトを使おうとするが、前後にいた冒険者はモンスターへと切り込み、辺りは混戦状態となった。


「これじゃあ、ギフトは使えないよ――」


 ラビウムの叫び。

 冒険者とモンスターが入り交じっている状態で先程のギフトを使えば、大多数の冒険者の命を犠牲にしてこの場を切り抜けることとなる。流石にラビウムもそんな選択肢は選べないので、すぐに土塊からゴーレムを創りだして、前にいる冒険者へ加勢した。


「オっレ様! これはいくらなんでもキツイって!」


 前方から聞こえるコロナの叫び。

 充電を完了して、冒険者とモンスターを拭うように駆けながら戦うコロナは、一騎当千の活躍をするが、それでも些か数は多い。死人達は次々にやって来る。それも上層にいるような脆い死人ではなく、この辺りにいる死人は全てが固い。エンチャントのなされた武器ならまだしも、ただの鉄の固まりなら切るのさえ一苦労だ。


「何だよ、こりゃあ!!」


 後方にいたのは黒騎士集団とススッルス。

 ススッルスがすぐに黒騎士達に破壊の力を与えて、自身も闇の触手を出して死人に攻撃するが、先ほど簡単に倒せてモンスターとは異なり、この場にいるモンスターは破壊の力を載せた攻撃でも、一撃なら完全には塵にはならない。

 少しずつ悪くなる戦況。

 そんな時、隊列の中盤にいたレパルデュスが、横から来るモンスターに気がついた。

 死人、であった。

 マントを着た死人だった。

 手にはツヴァイヘンダーを持っている。


「横からも来たぞぉ!」


 レパルデュスは叫ぶが、他の冒険者は前と後ろから押し寄せるモンスターで忙しい。

 横から来る死人に反応できたのはレパルデュスだけだった。

 レパルデュスは足並みが襲いその死人を雑魚だと思い、自分でも対処できる、と勇ましく剣を構えて近づこうとした。

 だが――加速。

 死人はレパルデュスが近づいたと同時に、彼を嘲笑うかのように一瞬で距離を詰めて、片手で持ったツヴァイヘンダーを振り下ろした。

 レパルデュスはそれを剣で防ごうとするが、上から潰される。

 だが、この時にはまだ、レパルデュスは生きていた。

 すぐに死人が追撃をかます。

 足で頭を踏みつけて、首元にある鎧の隙間にツヴァイヘンダーを差し込んだ。


「はあっ!」


 そんな死人へ、唯一先程のレパルデュスの言葉が聞こえたバッソが剣を振るう。

 大きく飛んで躱された。

 バッソはすぐにレパルデュスの安否を確認するが、既に彼の目は白目を向いて、血を流しながら舌を出しながら死んでいた。

 バッソはレパルデュスを殺した死人に怒りを向けるが、その死人は既にバッソには興味はなく、他の冒険者へと紛れるように襲っていた。

 本来なら鈍獣のはずのツヴァイヘンダーの刃が、冒険者を隊列の中から切り崩す。

 突如として下から跳ね上がるツヴァイヘンダーに、何人もの冒険者が切られ始める。

 鎧の上から当たったとしても、人ならざる威力により、骨折などの重症は確実だった。


「皆っ! そいつにっ! 気をつけろっ!」


 バッソの言葉は、他の冒険者に届かない。

 何故なら「殺せ。殺せ」「あいつを殺せ」などのコールと共に冒険者はモンスターと戦っているので、多くの雑音によって掻き消されたのだ。

 バッソは敵を殺す優先順位をその死人に最も重きを置くが、死人はそれを嘲笑うかのように彼の相手をしなかった。

 他のモンスターと戦っている者、もしくは別の何かに注意を置いている者、それらを優先的に狙っていく。

 また、その狙いの中にはモンスターも入っていた。他の冒険者と戦って隙の多いモンスターも、その死人は狩っていく。

 一人、二人、と冒険者の数が減ってきて、ようやくバッソは死人の影を捉えた。


「お前はっ! 何なんだっ!」


 バッソの深い疑問。

 モンスターが殺しやすい相手を優先して殺しなんて、聞いたことがなかった。

 普通のモンスターなら、最も近い敵を狙うはずである。

 それなのにこの死人は、多少遠くにいても、殺しやすい敵から狙っていく。

 ふと――記憶が蘇る。

 中階層突破冒険者並みの実力を持った、人モンスター問わず狙う死人の話を。


「お前はっ! まさかっ! あのモンスターなのかっ!」


 死人からの返事は剣で返って来た。

 鋭い剣速。

 バッソは何度もその死人と打ち合った。

 互角だった。

 不思議なことに。

 否――


「――見切られているっ! 何故っ! オレの剣がっ!」


 嘲笑うかのようにバッソの剣は宙を横切る。

 不思議な気分だった。

 まるで、まるで、過去に、撃ちあったことがあるかのように。

 バッソの記憶に、朧気に一人の剣が蘇る。

 剣筋がぶれた。

 だが、運の良いことにぶれたバッソの剣が、死人の胸元を切り裂いた。


 ――見覚えのある“琥珀のネックレス”がバッソの目に入る。


「まさか! お前は! ガイ――」


 その時、目の前の死人の剣のイメージと、バッソの持っていた記憶が一致し、数瞬だけ動きが鈍る。

 そこを見逃す死人ではなかった。

 ツヴァイヘンダーは、バッソの太腿を切り裂いた。

 足の止まったバッソ。

 まずい、と思いながらも体が動かない。


「――皆動くな!」


 死人がバッソにトドメを刺そうとした時、ラビエルの声が飛んだ。

 大広間は蟻地獄のように変化し、様々な者を呑み込んだ。

このシリーズ最強のギフトは暫定的に土属性です。

色々と設定してみると、迷宮の地形そのものを操るというのがチートすぎる。

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