第十一話 集会
トロの最深部攻略の中心人物であるバッソは、ロサ達の勧誘を断られた後、かなり消沈しながら会議室へと向かった。
大柄の冒険者が入れるようにも注意した両開きの簡素な扉を開けると、汗と血、それに回復薬独特の鼻にツンとくる消毒液のような臭いがバッソの眼前に広がった。嫌な臭いではなかった。これらは冒険者の臭いである。だからか、この部屋にも消臭剤のような物を置いていない。
さらに何度も踏み鳴らされて破けた絨毯と、奥に設置された壇上以外には組合の紋章である――不死鳥の紋章が描かれた垂れ幕しかない無骨な部屋が広がっていた。
窓はなく、カルヴァオンを原料にしたシャンデリラが上から部屋を照らしている。
既に何人かの冒険者は集まっていた。
誰もが、バッソの知り合いである。
中には過去に一時的にパーティーを組んだものも多い。
鎧こそ着ていない者が多いが、服の裾から除かれる太くて靭やかな腕には数多くの傷が刻み込まれていた。その一つ一つが、歴戦の冒険者である証だ。
彼らは知り合い同士で集まって部屋のどこかで立ちながら、今回の遠征について、または全く関係のない日常の他愛のない話や最近出来た娘の話などの近況を様々に話していた。
「お、バッソ坊やじゃねえか?」
仲間と談笑をしていた一人が、部屋の中に入ってきたバッソに気がついた。
話しかけたのは彼だけだったが、バッソが部屋の中に入ったことには誰もが気づいている。
強者には、特有の存在感がある。
バッソは、獅子のように自分の存在感を周りへと示すタイプの強者だったのだ。
「久しぶりだな、ススッルス――」
バッソは他の仲間と話していた――ススッルスという男に近づいた。それと同時に、ススッルスと話していた男たちが、距離を取って、バッソとススッルスの二人になる。
ススッルスは、ハゲ散らかした頭を持つバッソと比べると非常に小柄な男だった。
身長が百六十センチもない。町にいる女よりも小さい。だが、太っているわけではなく、黒いローブに隠れた小枝のような腕には確かに筋肉があった。
しゃがれた声と、皺のいった顔と、白髪が老人のように思わせるが、まだ四十代ほどである。だが、冒険者歴は二十年を超えており、未だ前線で活躍している老獪な冒険者の一人だった。
「前のポディエの遠征依頼だから二月ぶりぐらいか、坊やとは――」
ススッルスは歯の抜けた笑顔で言った。
「そうだな。だけど、オレはススッルスの活躍はいつも聞いているから、あまり久しぶりという感じはしないな――」
「へへっ、反対においらは凄く久しぶりだぜー。最近は長期遠征に潜っていたからな。もう少しすれば、坊やのごつい顔を忘れる所だったんだぜ――」
「それは良かった。ススッルスに忘れられると、いざというときにモンスターと間違えられてギフトで撃たれそうだからな」
「そりゃ、ねえよ。坊や――」
バッソとススッルスはお互いに笑いあった。
冒険者自体には師弟関係などを結んでいなければ序列はないが、やはり、成果が上の者には下の者が敬意を払うというのが当然だ。しかしこの二人は共に上級者。さらにパーティーを共にして、何度も迷宮に潜ったとされる仲なのだ。
二人特有の挨拶を終わらせると、ススッルスは、今回、バッソたちが集めた冒険者をきょろきょろと見渡した。
「今回の冒険者は坊やが選考したんだろ?」
「そうだな――」
「中々、小粋がいいのが集まっているじゃねえか。前においらがしたように上から順に集めたのか?」
「そうだよ、ススッルス。オレも色々と考えたんだが、それが一番だな。トロだとギフト使い中心になるのがネックだけど――」
「骸骨共は刃が通りにくいからなあ――」
「神聖付加を他人にも施せる人材が欲しいけど、あれはあれで高度だから」
「ま、そこはおいらに任せとけよ。坊やには、な」
「恩に着るよ」
バッソはハニカムように笑った。
「それにしても……お、あのワルガキが来る頃じゃねえか?」
ススッルスが目を向けた先を、バッソも見た。
どたどたと太鼓を打つような大きな足音とともに、叫ぶような声が聞こえてくる。その声は男にしては高く、特徴的であった。
次々と集まる入り口へと集まる冒険者や組合職員たちを掻き分けるように進む男は、部屋に入るやいなや机の上に立ち上がった。
「オレ様、参上!」
そのはた迷惑な行為にどの冒険者も注目した。
銀色に輝く鎧と、白く汚れがないマント。
頭には金色の冠を被っており、腰に刺した剣も同じ輝きを放っている。
顔はまだ若く、二十代ほどだろうか。その格好に負けず劣らずの美男子だったが、些か背の低い男だった。鷹のように鋭い目つきをした男で、猿のように身が軽い男だった。
そんな彼を見ると、誰もが嫌そうな顔をした。その中には「あいつも呼んだのか」と呆れるような溜息を吐く者もいた。どうやら彼はインフェルノでも悪名で有名なようだ。
そんな彼の視線はバッソたちに固定されていた。
出たよ、とススッルスが笑った。
「いよう! バッソにススッルス! 今回、オレ様を選んだのは慧眼だったと思うぜ! なんせ、オレ様ほどの冒険者はいないからな!」
傲慢すぎる発言だが、以外にもその評価は間違っていないとバッソは思っている。
ギフトの威力もそうだが、武器術でも上位の実力に入る冒険者だ。
バッソが冒険者を選考する際に、最も早く名前の出た一人である。
名が――コロナ。
聞いた所によると、由緒正しき家から生まれたらしくセカンドネームやミドルネームも持っているらしいが、そのいずれもバッソは聞いたことがなかった。
「それは良かったよ」
「だろう? だろう? オレ様はやっぱり凄いだろう!」
バッソの返答に気を良くしたコロナは、すぐに別の冒険者へと標的を変えて話しかけていく。
その姿にバッソもススッルスも苦笑した。
少しだけコロナの騒ぎが収まると、今度は団体で冒険者が入場してくる。
「出たよ――」
ススッルスが低く言った。
その数は全部で八人。
ただ、異様だったのが、全員が同じ装備一式を着ていたからだろうか。武器こそ槍と剣に分かれているものの、鎧は一緒だ。黒く、頭に生えた二本の角が特徴的なプレートアーマーだ。その輝きはくすんでおらず、あちこちに動きやすい配慮がなされた流線形と、青いマントが特徴的だった。
彼らのパーティーを――黒騎士という。
全員の顔はおろか、年齢さえも不明な秘匿主義のパーティーだ。数十年前からあるとされているので、彼らがまだ存命なら四十は超えているだろうが、定期的にメンバーの入れ替えを行っているらしい。
彼らのパーティーの特徴としては、安定した実力と類まれな連携。厳しい規律によってパーティーが乱れないように制しているらしい。それを破る者はリーダーであっても破門されるらしい。また、次世代を育てるために定期的に徒弟制度を利用して冒険者を自陣に引き込んでいるらしい。
総勢が四十人を超えているので、パーティーというよりクランに近いだろう。今回選ばれたその中でも精鋭だとバッソは思っている。何故なら先頭にいる黒騎士は、腰に差したロングソードが他のものとは一風違い青色をしていたのだ。よくは分からないが、特別な武器だと思えた。
彼らは全く喋らずに、部屋の隅で二列に並んで整列していた。
その揃った立ち住まいだけでも威圧感があり、彼らが苦手なバッソは唇を引き攣らせながら言った。
「今回、選んだ中でも、彼らだけは選び方が違うんだよね」
「確か、黒騎士に直接何人用意してくれって、言うんだろう? あそこだけは個人を指名するのじゃなくて、パーティーに誰を選出するかを選ばせるからな」
ススッルスが過去の経験から答えた。
組合と長い付き合いである黒騎士は信頼されており、遠征依頼の時もそのパーティーの中から誰を選ぶかを特別に許されている。他の者達はほぼ個人指名なのに対して。
「だいぶ集まったけど、最後にあのパーティーだけ来ていないね」
バッソが来てから数十分、有名なパーティーはあらかたこの場に集ったが、もう一つの有名パーティーが不在だった。
「“ウェネーフィクス”がまだ来ないのかよ? あの陰険集団が足りねえなあ」
ススッルスが愚痴を零すと、それを聞いたかのように黒いローブ集団が現れる。
数にして六人。
顔は見えなかった。
フードで隠しているからだ。
「その発言は頂けないね。ススッルス――」
ウェネーフィクスが集まると、その中でも一番背の低い者が、童女のような声を出してススッルスに抗議した。
だが、それは彼を批判しているのではなく、面白可笑しく笑っているようだった。
バッソは、そんな彼らを見て、ウェネーフィクスの特徴を思い出す。
彼らの特徴は――全員がギフト使いだ。
彼らはギフトを使う術を他の誰よりもパーティー内で熟知しており、知識の平等化、また戦力の平等化を行っている。またある程度はそれらを秘匿にしており、自陣に入る者だけにその禁断の果実を分け与えているという。
そんな彼らのギフトを“魔術”と別称することもあり、彼らの一人一人を魔術師と呼ぶこともある。
ロサのように別の宗教に属していたり、特別な信仰に入っていない場合、インフェルノにいるギフト使いには入ることを推薦されているパーティーで、その実態は彼らだけで迷宮に潜るというよりも、金額によって他のパーティーに雇われるという特別な形式を持つパーティーだ。
実際に、バッソもよく利用しており、彼らの実力は保証している。
「ボク達が陰険集団なら、君もそうなんじゃないかな?」
ウェネーフィクスの童女は、フードの隙間から桜色の唇を動かす。
彼女の装備は何の変哲もないローブだが、両腕に揃えるように腕につけた迷宮内で発見される希少金属を用いたとされる藍色の腕輪からも一流の冒険と分かれば、飄々とする風のような立ち居振る舞いからはその存在を掴ませない異様な雰囲気がある。
「あんたみたいな“魔女”と、一緒にすんな。ラビウム!」
ラビウムという女は、カルヴァオンでも有名だ。
バッソもよく耳にしている。
数十年前から存在し、今も昔と変わらず童女のまま存在するギフト使いの話を。
彼女の怪しい噂は多々あるが、その中にはモンスターの生き血を啜って若さを保っているとの噂もあり、町の人から恐れられている存在だ。
魔女、と彼女を呼ぶこともあるらしい。
ラビウムは間違いなく、インフェルノでも至高のギフト使いの一人だ。
「そうかっかするな。ススッルス。ボクと君の仲じゃないか。骨の髄まで知り合った、ね――」
「いや、そうだけど、そうじゃないっていうか……」
「あの日のことを忘れたのかい、ススッルス?」
ラビウムの発言に、ススッルスが震え上がった。
ススッルスが過去にウェネーフィクスに所属していたことは、バッソでも知っている。その時に魔女と呼ばれるラビウムと何らかの因縁があったようだ。また、それとは別に、ススッルスは彼女に頭が上がらないらしい。
「君が、バッソ君だね。話は常々ススッルスから伺っているよ。なんでも、腕の立つ冒険者らしいね――」
ラビウムはススッルスの隣にいたバッソを見つけて、小馬鹿にしたように笑いながら話しかけた。
「……そんなには強くないよ」
バッソが緊張しながら答えた。
悠久の年月を感じさせる彼女の存在感は、冒険者としてバッソは自然に腰が低くなっていた。
「そんなに謙遜しなくてもいいのに」
くすくす、とラビウムは笑った。
ウェネーフィクスが着いて、ようやく遠征を出された全ての冒険者が集まった。
それが分かったバッソが、ラビウムへと断りを入れた。
「それじゃあ。オレはこれから説明を行わなくてはならないから」
「そうだね。今回の主役は君たちだものね――」
ラビウムはまたくすくすと笑って、壇上へと上がったバッソを見送った。
バッソは他の冒険者よりも一つ高い頭の位置になりながら、大きな咳払いをして、見下ろす位置にいる様々な冒険者へ静かに語りだす。
「――本日、集まってもらったのは他でもない。皆も知っている通り、トロの攻略についてだ」




