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ADAMAS  作者: 乙黒
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第十話 勧誘

 熱がこもった組合の中で、アダマスとロサは手で顔を仰ぎながら待っていると、二人が着いて十数分ほどで上から組合長が降りてきた。

 以前、アダマスに注意をした男だった。

 昔は冒険者だったのか屈強で大きな体躯をしているが、今ではすっかり事務仕事に慣れたのか顔の肉付きが少しいい。黒い髪をした四十代ほどの男だ。


「静まれぇ!」


 組合長が下に降りてきて、大声で騒いでいる冒険者に怒鳴ると、すぐに冒険者達は口を閉じて組合長を見つめた。


「お前たちも知っての通り、トロの最深部が見つかった! そこには“はぐれ”もいるようで、すぐに部隊を編成して向かいたいと思う。そしてその遠征のメンバーについてだが、こちらの独断と偏見によって決めた! 文句のある奴は俺にいえ!」


 アダマスはその話を聞きながら、組合長が迷宮攻略を焦る理由を察していた。

 ダンジョンの性質の中に、“内部変動”と呼ばれる冒険者にとって厄介な現象がある。

 それは迷宮が突然、隆起したり、崩れ出したり、または新たな壁が築かれたり、もしくは新たな道が開いたり、と内部の構成が変わることがあるのだ。

 もちろん、それの時期や発生場所は冒険者には予測できない。迷宮探索をしている時にうっかりと内部変動に巻き込まれて下に落ちて、モンスターハウスに着くことも別に珍しいことではなかった。

 だが、内部変動の厄介さは他にもある。

 内部の構造が劇的に変わることが多いため、これまであった道が塞がれることがあるのだ。もちろん、それは道だけではない。これまで入れた部屋も入れなくなったり、もしくは――先へと続く道が閉ざされたりする。そうなれば、これまで手に入れた地図や情報が約に立たなくなることも多い。

 だからこそ、冒険者は逐一迷宮の情報を手に入れるのだ。

 出来る限り、危険を少なくするために。

 だが、今回の件には他にも面倒な部分がある。

 それはやっと見つけたとされる最深部の入り口やそれに続く道が閉ざされた場合、迷宮の攻略はまたそこを探すことから始めるのだ。そうなると非常に時間がかかる。今回のチャンスを逃さないためにも、組合、並びに冒険者や他の者も焦っているのだろうとアダマスは思った。


「さて、そのメンバーだが、色々なことを考慮した結果、このようになった。既に会議室にいる冒険者も含めて、こちらで発表しようと思う。もしもここに書いてあるメンバーがここ、もしくは会議室にいないと思った場合、受付に連絡してすぐに本人にここに来るように言って欲しい。では、まずはフルグルからバッソ、エミリー…………あとは……」


 次々に組合長の口から冒険者の名前が発表される。

 一つのパーティー全てが起用されることもあれば、引き抜きのように一人だけだったり、ソロの冒険者と思われる者だったり、次々と組合長は述べていった。その中にはやはりギフト持ちが多い。

 ギフト持ちにも武術を収めている者が多いので、ただの戦士よりかは優先度が上なのだろう。


「……それに、『クピデュス・フィデリラ』のスマラグデュスの以上、総勢四十人だ。またこの他にも何人かの付き人が同行する。そちらの募集は別に掲示板に張るから、そちらを参考にしてくれ。また、今名前を呼ばれた者はすぐに四階にある会議室に集合だ! 拒否権はない! ある奴は組合除名だと思っていてくれ。これは組合長命令だ!」


 そう言うと、組合長はまた上に戻って行った。

 アダマスのいる階の熱気はこの時、最高潮に達した。久々に見つかった最深部の情報にぜひとも同行したい冒険者は、すぐに組合員が張り出した付き人の数少ない枠に群がることとなった。その中にはこれを期に名を上げたい者も多くいるだろう。

 だが、おそらくはこの冒険に参加したい者の中には単なる好奇心だけの者もいるだろう。

 なぜなら、そんな大勢の冒険者を一堂に会して、開かれる冒険など一年の中でもそう多くはなく――この“祭り”に参加して騒ぎたい者は沢山いるのだ。

 しかし、その中でもアダマスとロサは静まり返っていた。

 先程の組合長の言葉の中にアダマスの名前が無いのも当然だが――ロサの名前も無かったのだ。



 ◆◆◆



 アダマスとロサが掲示板に群がることも無ければ、付き人への申し込みをすることもなかった。

 アダマスは好奇心から掲示板を覗きに行こうとしたが、組合長が消えた先を見件に皺を寄せながら複雑な表情で睨むロサを見て、流石に他の冒険者のように動くことはしなかった。


「……ロサ、それでいい店を紹介してくれるんだろ? 少し早いけど夕食に行こうぜ。もう腹がペコペコなんだ」


 ロサはずっと睨んでいたので、自分の顔を下から覗き見るアダマスに気付かなかった。

 アダマスはそんなロサの様子に小さく舌打ちをしてから、彼女の顔の前で大きく一掌をしながら大声を出す。


「おい、ロサ!」


「……う、うむ。それで、何だ?」


 慌てて不細工な笑みをしたロサ。


「だから、飯に行こうぜ。今日は新しい店を紹介してくれるんだろ? 俺はそれが楽しみなんだよ。そんな美味しい店なら混んで、今日はいっぱいかもしれないからな」


「……そうだな」


 ロサは小さく頷くと、今度は職員が張り出した依頼書の方を一瞥した。

 それからロサはアダマスを引き連れて組合を出ようとした時、遠くで声がかかった。


「おーい! ロサ!」


 バッソ、だった。

 ロサを見ると、すぐに飛んできて彼女の目の前に息を切らしながら経った。先程、組合長が最深部攻略のために選んだ冒険者の一人で、当然ながらここ――インフェルノでも、上位には必ず食い込む実力と、トップパーティーに属している一人だ。


「バッソか……」


 ロサはバッソを見ると、少しだけ視線を逸らした。


「いや、実に残念だったな。オレもメンバー選考に入っていて、その中にもちろんロサを押したんだが、組合長に却下されてな。他の冒険者もロサを推す人は多かったんだが……組合長が断固としてトロの攻略に入ることを認めなくて……」


 その言葉を聞いて、ロサは唇を噛み締めながら言った。


「別に、分かっておる。妾が外れる原因ぐらい、な――」


「そうか。それなら、是非とも、ロサには付き人への参加をお願いしたいんだがどうかな?」


 バッソは笑顔で言った。


「妾は……」


「オレはな、ロサほどの冒険者はここにはいないと思う。武器術の腕もそうだが、何よりもギフトにおいてはここでも上位だろ? それにロサはインフェルノでも珍しい火の神の使い手だ。あのギフトは死人によく効く。だからこそ、絶対に入ってもらいたい――」


 バッソは真剣な顔をしてロサの右手を両手で握った。


「……じゃが、おそらく妾はそれにも外されると思うぞい」


 ロサは苦笑いだった。


「いや、大丈夫だ。選考の時は組合長の他に冒険者が一人しかいなかったが、オレがこれからある会議でロサの名前を出して、絶対に付き人になるように他の冒険者にも賛同を願いたいと思うんだ。ロサの強さは皆が知っている。組合長も多くの賛成意見があれば、きっと外すのを出来なくなるに違いないよ」


「……」


 ロサは押し黙った。

 バッソを見る瞳が揺れていた。

 また、バッソはロサから視線をアダマスへと変えた。


「アダマス君、君にも是非付き人には加わってもらいたい。聞いているよ。君の噂は。今、インフェルノでも期待の新人らしいね。君にとって、今回の遠征は非常にいい経験になると思うよ」


 温和な表情でバッソはアダマスを褒め称える。


「……そうか。俺も有名になったのか」


 そんなアダマスはバッソの言葉に照れるように顎を撫でた。


「君をパーティーに誘いたい人は多いみたいだね。オレのところは……今は前衛が埋まっているから誘えないけど、もし空きが出れば入ってもらいたいし、今から君が弟子としてオレの下に来てくれるならとても嬉しいよ。だって、冒険者にとっては新参を鍛えて、その弟子が大きくなるのも誉れの一つだからね」


 アダマスも冒険者には徒弟制度があるのを知っている。

 自分が憧れている冒険者に直接会っての許しを得て弟子入りするか、組合に幾ばくかのお金を払って師匠を紹介してもらって弟子入りすることを組合や国は奨励している。

 もちろん、冒険者に手ほどきを習っている時は年季奉公をすることが通例であり、時には師について迷宮に潜ることもあるという。技は手取り足取り師匠が弟子に教えることもあれば、冒険者にずっと潜ってもらい盗まれることを推奨する師もいてその形は様々だ。

 冒険者として一人前になるには数年ほどとされているが、時には数十年を超える場合すらある。

 アダマスはそれを利用していないが、ロサとの関係はそれに近いと言えるだろう。最も、この二人の場合は師弟の関係よりも緩く、上下関係もさほど無いが。


「残念だが、俺にその気はねえよ。誰かの弟子になるなんて真っ平ゴメンだ。稼げるのも稼げなくなるからな」


 アダマスは、インフェルノの中でも弟子になりたい者が多いバッソを、間髪も入れず断った。


「そうかい。それは残念だ。それでどうかな? 今回の遠征については――」


「俺は断る。興味はあるけど、特別に行きたい気持ちも無いからな」


 バッソの誘いを、またアダマスは断った。


「ロサは、どうだい?」


 ずっと悩んでいるようなロサに、今度こそ念押しするようにバッソが聞いた。


「妾は……妾は…………やはり……行く気は無い。こやつのことが心配だからのう。一人で置いておくと、いつに娼館に入り浸るとも分からん。そうなれば、こやつの冒険者人生は終わりじゃ。妾がしっかりと制御してやらねばならんからな――」


 ロサはバッソから視線を外しながら、胸元を握りこんで言う。

 その言い方はアダマスのことを本当に心配しているというよりも、彼を言い訳に使っているようだった。

 バッソはそんな彼女の返答を予想していなかったのか、少しの間あっけに取られながら小さく「そうか……」と納得するように頷いた。


「それは残念だ。またの機会にまた誘うとするよ。しつこい男は嫌われるらしいからね」


 バッソは苦笑する。


「うむ。また、待っておるぞ」


 ロサが空元気を見せて頷くと、バッソは急ぐようにして組合長の消えた先へと急いだ。どうやら彼は今回の遠征の中心人物らしく、予想以上に忙しいみたいだ。今回のロサの勧誘も、少ない時間を見繕ったのだとアダマスは思えた。

 アダマスはバッソの消えた先を見つめながら、ロサへと呟くように聞いた。


「良かったのか?」


「……何がじゃ?」


「今回の遠征に参加しないことだよ。別に俺のことは気にしなくていいんだぜ。最近は、娼館や遊び場のことも理解してきたからな。行ったことはまだ無いが、溺れるようなことはねえよ――」


「……小癪な餓鬼が、そう心配せずともよいわ。妾のことは、妾が決める。今回のことも妾が決めたことじゃ。後悔などしておらん。大体のう、お主は歓楽街のことを知っていると聞くが、あそこは話し以上に……」


 アダマスは急遽として始まったロサの煩い小言に、両手で耳を塞ぎながら出口へと急いだ。


「あー、聞こえない。聞こえない。腹が減りすぎて何も聞こえねえ――」


 そんなアダマスの耳に、ロサの小さな舌打ちが聞こえたのだった。

 彼ら二人が組合から出ようとすると、急遽、後ろからアダマスに強い衝撃がやってきた。


「アーダマスくーん!」


 アダマスは大きくよろけて、前へと大きく右足を出して耐える。


「また、お前かよ!」


 聞き覚えのある声に、アダマスは苛つくように振り返った。

 そこには一人の男がいた。

 アダマスと同じ冒険者で、迷宮に出てくる黒豹のようなモンスターで作った毛皮を着た糸目が特徴のニヒルな男だった。まだ若いのか、顔があどけなく、くすんだ茶髪を短くして、右耳に着けた金色のピアスが小麦色の肌に輝く男だった。

 名前は、レパルドュスだ。


「そろそろ、オレのパーティーに入ってくれる気になったー? アダマス君なら好条件で向かい入れるよー! 今なら、今なら……女の子も紹介してあげるよ。男好きなら……それはそれで紹介してあげるよー!」


 アダマスはレパルドゥスを睨んでから、大きくため息を吐いた。

 最近、インフェルノで少し名が売れたアダマスは、パーティーの誘いをよく受ける。もちろんその中には中堅どころもあるが、多くは結成して一年も立たず、さらにはメンバーも冒険者歴三年も満たない初心者のパーティーだ。

 もう少し上に行きたい者、また貪欲に強い者が入って欲しい所などは新人で、さらにその中では強者でフリーに近いアダマスを誘う。

 その中でも今、アダマスの目の前にいるレパルドゥスは勧誘がしつこかった。


「あー、はいはい。何度も言うけど、お前の所にも入るつもりは無いから。もう関わんな。鬱陶しい」


 アダマスは自分へと群がるハエを払うようにレパルドゥスを押しのけながら、ロサの手を引いて、彼女の指示通りに道を進んだ。

 何故ならアダマスを勧誘したい新人の目は、レパルドゥスの他にも溢れており、ロサと手を繋がなければ個室に運ばれて洗脳のようにパーティー勧誘されると考えたからだ。

 アダマスはそんな未来を想像して、悪寒が走った。

 結局、レパルドゥスはロサの指定するお店に着くまでアダマスをずっと誘っていた。

 ロサもレパルドゥスがアダマスから離れるように注意したが、そんなことを気にしているような彼でもなかった。

 この日、アダマスはどっと疲れたのだった。

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