第九話 探索
アダマスがインフェルノに来てから三ヶ月も経った。
死人のはぐれに出会ってから一週間ほどの休養を取って、アダマスは迷宮へと潜り始めた。もちろん、ロサと一緒に、だ。
アダマスはロサに冒険者のことを逐一教えてもらいながら、順当に成長していった。
冒険者には覚えなければならない常識が幾つもあるのだ。
ダンジョンに出現する様々なモンスターの弱点はもちろんのこと、それにくわえて迷宮の歩き方やカルヴァオンの位置とその効率のいい取り方。もちろん、冒険者はダンジョンの中のことを知っていればいい、というわけでもない。冒険者は組合との付き合いや、カルヴァオン換金所との付き合い、それに他の冒険者との兼ね合いや、掲示板の味方、時にはロサと二人で他のパーティーに合流し、大人数での冒険を学ぶこともあった。
その全てをアダマスはスポンジのように吸収していった。
冒険者として、アダマスは着実に成長していた。
そんなアダマスは、今、ロサと一緒に迷宮の中にいる。
土の壁に四方挟まれており、天井に咲いた黄色の花がダンジョン内部を照らしている迷宮だ。湿度は高いが、気温が低く保たれているので、厚い鎧を着ても、熱さはそこまで感じない。
そこは、トロではなかった。
そこは、ポディエであった。
それも中階層に属する四十階ほどだ。
この場所を選んだのはロサである。ギフトに弱いモンスターが大勢いるトロに比べて、ポディエのほうが刃物でも安定して狩れるモンスターが多いのだ。さらにポディエは獣の形をしたモンスターが多く、動きも予測しやすい。実際にアダマスの動きのキレも、トロの時と比べると数段増していた。おそらくは田舎で山に近い地方に住んでいたアダマスは、幼少期より獣に接する機会が多かったからだろう。
だが、そこにいるのは二人だけではない。
他に四人もいた。
誰もが冒険者だ。
全身を皮装備で固めた二人は長剣を、俗にロングソードと呼ばれる。だが、それはアダマスの持つ大剣と比べると些か短く、刀身も薄い。おそらくは迷宮内での使いやすさと持ち運びの利便さからその長さを選んだのだろう。
もう一人が金属製の重装備をしながら、槍の穂先に斧頭、その反対側に突起が取り付けられているハルバードを持っていた。状況に応じて様々な用途に使えるハルバードは、長柄武器として様々な場面でパーティーの役に立っている。
最後の一人も重装備で、持っているのは槍だ。それはパルチザンと呼ばれており、幅広大型な三角形の穂先を付けた長槍である。ハルバードと同様に斬ったり、突いたり、様々な機能に特化した作りで、特に先端に重量が集約されているので、重たい斬撃が繰り出せる武器だ。
アダマスとロサは、現在四人パーティーである『ポリプス』と一時的に組み、六人で迷宮を攻略していた。
ポリプスは結成から三年も経っており、どの冒険者も初めてから五年は経ているパーティーだ。その功績としては華やかなものではなく、地味で堅実に中級まで登りつめた。彼らの長所としては、安定して中階層に潜れてコンスタントにカルヴァオンを稼げることだという。だが、短所としてはギフト使いがパーティーに一人もいなく、戦闘の幅が狭いことロサが言っていた。
「アダマス君! 左を頼んだ!」
三叉に分かれた道の先から、ポディエ特有のモンスターがやって来た。
イノシシのような形をしたモンスターで額に生えた傘のように広がる一本角と、突進力が特徴のモンスターだ。名前を――ジャバリーという。黒い体表をしており、薄暗い迷宮内では見つけづらいが、大きな足音と、白く立派な角によってその存在は薄く目を凝らすアダマスに見つけられる。
「分かった――」
アダマスは下段にクレイモアを構えて、左の道を注視した。
援護は誰もいない。
必要すらなかった。
突進してくるジャバリーの攻撃をわざと引きつけてから紙一重で横に躱して、横から大きく蹴る。するとジャバリーの足は地面から離れて、倒れる。アダマスは無防備になった敵の白い腹へとクレイモアの重たい突きを放った。ジャバリーは苦しみながら暴れるが、アダマスが抉るように剣で傷口を広げるとすぐに力尽きて動かなくなる。
ジャバリーは突進力こそ群を抜いているものの、横からの攻撃に弱く、さらに大きな一本角を塞ぎ、一度倒れると起き上がるのが難しいモンスターだ。アダマスもポディエに潜りたてはこのモンスターに苦戦したものの、今では簡単に対処できた。
それを何度か繰り返すと、今度は獣のけたたましい声が聞こえた。
現在、中央へと続く道を目指しているポリプス一行が重点してモンスターを狩っている場所から聞こえた。
地上にいるどの生物とも違う、まるできーんと弓を絞った時に出るハープのような美しく、身の毛もよだつ絶叫。それは迷宮内でも有名なモンスターであり、厄介だとく組合も位置づけているモンスターだ。
名を、バフォムトと言う。
その姿は引きつった人の顔に、狼のような爛れた耳を持っており、猫のような長い尻尾が背後には伸びている。さらにカモシカのような足と、熊のように太くするどいツメを持ったモンスターでありながら人のような二足歩行を取る歪な生き物だ。
さらに肩甲骨辺りから、コウモリのような産毛の生えた羽を持っている。
バフォムトは二足歩行でありながら歩くのはあまり得意ではなく、ジャンプと滑空を繰り返して、人に非ざる筋肉によって、冒険者を真っ二つに分けるというモンスターだ。
はぐれではないものの、冒険者には厄介なモンスターの一種である。
「おい、代われ――」
現在、中央の戦線を維持していたのは三人。
剣使いが二人と、ハルバードが一人。残りの二人は右側からやってくる大量のモンスターに苦戦していた。
アダマスはすぐに中央を強引に突破することにし、剣使いの一人の肩を掴んで場所を入れ替わった。
他の二人は何も言わず、その剣使いも大人しくアダマスの指示に従って場所をスイッチした。
場所を代わったリーダーである剣使いも、アダマスのいた戦場を維持する。
「落とすから後は頼んだぞ――」
アダマスは他の二人より一歩前に出て、幅と高さが大人五人分はあるだろう広い通路を見据えた。
クレイモアをまたもや下段に構えた。
バフォムトは悲鳴を上げながら通路内を縦横無尽に駆け巡りながらアダマスへと近づいてくる。
アダマスは思わず耳を押さえたくなるがぐっとこらえて、無言で立っていた。
そして、空中に赤い光が二つ見える。
――その瞬間、アダマスは後ろへと飛んだ。彼がいた位置の床を、バフォムトの太い腕が浅く抉る。
アダマスは再び空中飛び回ろうとするバフォムトが飛び上がる直前に、近くのごつごつした壁を足場にして、クレイモアを一閃。浮いたバフォムトの片翼を引き裂いた。バフォムトは悲鳴をより強くしながら地へと落ちる。その際に我武者羅に暴れたバフォムトの太い腕が、アダマスを殴り飛ばしたので彼は壁へと叩きつけられた。
アダマスは肺を強く打った衝撃によって動けないが、バフォムトがロングソードとハルバードに貫かれる様子をしっかりと見ていた。どうやらバフォムトはすぐに死んで、他の仲間によってカルヴァオンは回収されたようだ。
少しだけ地に倒れながら休んでいると、すぐにアダマスの体は回復した。その間に他の道のモンスターの片付けも終わって、続々とアダマスのもとに他のパーティーメンバーが集まってきた。
アダマスの状態をロサとポリプスのリーダーが確認して、大丈夫だということがわかると、すぐに一同は先へと身を沈める。
アダマスはまだ新人と呼べる冒険者であるが、その実力は一段抜けていた。
◆◆◆
「いやー、本当に助かったよ。今回は。ロサさんもそうだが、アダマス君もいい腕をしていた!」
迷宮探索が終わった帰り道。
ポリプスのリーダーはカルヴァオンの換金所で、上機嫌にアダマスとロサへと喋りかけていた。ポリプスの他のメンバーはいち早く組合に向かっている。迷宮探索の成果などをいち早く報告するためである。
「お主らも中々に堅実な冒険じゃったと思うぞい」
「それで……もしよかったこれからもパーティーを組む気はないかい? 君たちと一緒ならもっと簡単に迷宮に潜れると知ったんだ。ぜひともパーティーをこれからも組んでもらいたい」
リーダーの熱い視線はロサに力強く向いていた。
ギフト使いが一人もいないポリプスにとって、ロサという凄腕のギフト使いは非常に魅力的な人材だったのだ。
「残念ながら、今はパーティーを固定するつもりはないのじゃ」
だが、ロサはすぐさま断った。
その様子はアダマスにはバッソを思い出せた。
「そうかい。それは残念だ。それならば、アダマス君はどうだい? 僕達とこれからも組む気はないかい?」
バッソはロサから断れることは踏んでいたのか、大きな反応は見せずにすぐさまアダマスへと視線が向けられる。もしかしたら現在のロサが他のパーティーと長期的に組む気がないのを知っているのかもしれない。
「それは……」
「残念ながらのう、その気も無いのじゃ。それに、こやつはまだ初心者じゃ。今は色々な冒険者とパーティーを組んで、経験を積ますことにしている。お主たちも縁があればまた組むかも知れないが、当分はないじゃろうな。次は別のパーティーと約束しておるし」
すぐにアダマスの頭を抑えながらロサが言葉を遮って、ポリプスのリーダーへと返した。
その返事に彼はロサの時以上に残念そうにしていた。どうやら密かにアダマスのことも新戦力として狙っていたようだ。
「……分かったよ。今回は諦めるけど、もしも僕達のパーティーに入るつもりになったら言ってくれ。喜んで君たちを勧誘するよ」
ロサとリーダーが事前の契約通りに報酬を分け終わると、すぐにその場で解散した。どうやら組合に用事があるロサとアダマスとは違い、リーダーは他の場所に用事があるみたいだ。
リーダーはロサと軽く握手を躱して、そしてアダマスには力強く手を握ってもう一度だけ勧誘すると、換金所から意気揚々と出て行った。店から出る際にも、またアダマスへと手を振っている。
「よっぽどお主が欲しかったのじゃろうな――」
ロサはアダマスへと温かい笑みを浮かべた。
「凄い強引だったのは覚えている」
アダマスは顔をひきつらせながら微妙な表情で答えた。
「まあ、それも仕方がないと言えるがのう。ポリプスはいいパーティーじゃが、些か攻撃不足じゃ。ロングソードは大型のモンスターには短いし、ハルバードやパルチザンは攻撃力は高くてもあの装備じゃと機動力に欠けるしの。先程の探索でもバフォムトが出た際にお主が出たのは英断だったと思うぞい」
「どうしてだ?」
二人は組合へと足を伸ばしながら会話を続ける。
「バフォムトの動きは早いが、防御はそこまで高くない。じゃが、あのランクのロングソードだと致命傷は難しいじゃろうな。おそらくはこれまでもあの手のモンスターは逃げてきたと思える」
「どおりで……」
三十階ほどまでは動きも冷静で繊細に見えたポリプスは、中階層に潜ると動きが丁寧すぎたようにアダマスは感じていた。
おそらくは強いモンスターや厄介な状況に巻き込まれないために、いつも以上に丁寧に探索をしていたように感じるのだ。
「別に悪いことではないがの。ああいうのも、潜り方の一つじゃ。お主は……まあ、今の内は色々と経験するのがよい。潜り方はパーティーによって千差万別。自分にとって潜りやすい方法を模索するのも一つの手じゃが、色々なパターンに慣れたほうが冒険者としては活動しやすい」
「かもな――」
アダマスはこの短い間で、実に色々なパーティーと組んだ。
ギフト使いだけで組まれた超攻撃的なタッグと組んで前線を維持し続けたこともあれば、ギフト使いと持っていない者のバランスがいいパーティーと組んでリベロとして自分の判断によって戦う位置を決めることもあった。
何よりも難しかったのは、大人数での迷宮攻略の時だ。他のメンバーと動きを合わせながらの攻略は体力以上に精神が疲れた。
その点、先程のパーティーはリーダーの指示を貰いながら自由に動ける分、アダマスとしても気が楽だった。
「それにしても、のう――」
ロサが目を細めながら小さく笑った。
「何だよ?」
その様子を訝しげにアダマスが見た。
「いや、何でもない――」
ロサの感想では、アダマスの成長は新人の中では遥かに早いと思っている。
まだ迷宮に来て半年も経っていないのに中層に潜って、安定して戦いを続けられる冒険者はそうはいないだろう。おそらくは実家で鍛えたという剣の基礎が彼を支えるのだろうが、それよりも三ヶ月前に“恐怖”を知ったことが大きいとロサは思う。
あれから迷宮の情報に対して、アダマスは敏感になった。貪欲になった。
これがどこまで伸びるのかは分からないが、ロサの知り合いの話では新たな人材としてアダマスに注目している者も多いと聞く。
アダマスを時期戦力として欲しがっている熟練のパーティーの幾つかからは、若い芽としてアダマスが欲しいと言われたこともあるぐらいだ。それでなくとも、有望な若者ならば自らのパーティーに入れて研鑽を積ましてもいいと打算されたこともある。
(こやつの最大の武器は――)
ロサが見る限り、それは屈強な肉体だ。
クレイモアは大剣の中でも軽い部類に入るが、小剣のように扱うのはとても難しい。だが、アダマスはそれを可能にして、様々なモンスターをクレイモアの大きな攻撃力で八つ裂きにしている。
さらに、基礎力が高い。
剣の腕も必殺技や奇術に頼るのではなく、王道である。彼の手から見ても、長らく地味に剣を振っていたことが伺えるだろう。それは多くの剣士が嫌がることであり、最も早い強者へと近道だ。
おそらくは、彼の師が与えたのだろう。
「それよりさあ、そろそろ俺も歓楽街に行って楽しみたいんだけど。なんか冒険者の間じゃあ西の方にある酒場が楽しいらしいけど、どんな感じなのかなあ」
「……お主、またそういったことを小耳に挟んで。あんなのは楽しくなんかないぞい! 人を駄目にする場所じゃ! そんな事よりも、妾が美味しい食事が出る場所を紹介してやろう」
ロサは頭を抱えるようにアダマスに新たな提案をした。
冒険者が身を崩すのは、大抵酒か女か薬だ。西の歓楽街にはこのどれもが溢れている。特にアダマスの年齢は十五と、冒険者としては非常に幼く若い。ハマれば抜け出せなくなる可能性もある。せめてあと少しは判断できるぐらいの年齢になってから、そういうのは解禁したいと思うのだ。
今こそ、ロサが目を光らせているが、怪しい人についていかないようにせねば、とロサは個人的に思っていた。
「それもいいな。俺、肉な――」
アダマスはそう言って、歓楽街のことは忘れたように肉へと瞳を輝かせていた。
ロサは溜息を吐いた。
そうしているうちに、二人は組合へと着く。
だが、何故かそこはいつもとは違った。
騒がしかった。
二人は顔を見合わせて不思議そうに二階へと集まると、大勢の冒険者がいる中から一人をロサが捕まえて事情を聞いた。
すると――
「どうやら、トロの最深部が見つかったらしいんだ! 見つけた冒険者はすぐに逃げ帰ったらしいけど、今からすぐにメンバーを集めて三日後には攻略するらしいぜ! 依頼人は国王様と組合長の連名になるらしい。どんなメンバーになるかは不明だが、一部では自分を売っている奴もいるみたいだ!」
その冒険者は興奮しながら言った。
アダマスとロサは喧騒に「ここにいよう」という言葉が掻き消されながらも、興味があるのか、新たな声明が発表されるまでその場で待っているのだった。




