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ADAMAS  作者: 乙黒
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第七話 遭遇

 アダマスとロサが選んだダンジョンは、トロ、だった。

 二人がそこを選んだ理由の一つは、アダマスが潜ったことがあるからである。

 初めて潜るダンジョンよりも、一度でも言ったことのダンジョンのほうが慣れているので戦いやすい、とロサが判断したのだ。


「それで、お主はどうやって戦っていたのじゃ?」


 ダンジョンに降り立ってすぐに、戦闘装束に身を包んだロサがアダマスに聞いた。

 ロサは、赤と白のコントラストが美しい民族衣装を着ていた。

 腰から下は美しい緋袴をはいており、上半身にまとうのは白衣と呼ばれる白い小袖だ。さらにその上から無地の千早と呼ばれる薄く白い衣を着用していた。

 巫女装束、と呼ばれるここから遠くはなれた場所にあるロサの地元の伝統衣装だとアダマスは聞いた。


 ――ロサはギフト使いである。


 従って、ロサは神の声を聞くこともある。

 巫女とは、この国における神官のようなものだとロサは言っていた。

 ロサの国では巫女とは、神事に奉職する存在だと言っていた。

 またロサの国ではダンジョンに潜ることは神への奉仕の一種であり、その場ではギフト使いは必ず巫女装束を着なければならないらしい。それはギフト使いとしては当然のことで、破ればギフトを失うといったことまでありえる、とロサは語った。

 ロサいわく、巫女装束自体は薄い服で防御など紙同然しかないが、ギフト使いはその服にギフトを流しこむことで一種の鎧にするらしい。


「敵と出会ったら、剣を振るんだ」


 自信満々に語るアダマスの姿は、初めて迷宮に潜った時と殆ど変わらなかった。

 防具は薄い皮でできた胸当てと薄い手袋だけで、皮製のポーチ。その上から年季の入った黒いマントを羽織って、また背中には抜き身の大剣を背中につけた。


「本当にそれだけなのかのう?」


 ロサは疑うような目でアダマスを見る。


「それ以外に何が必要なんだ?」


「……まあ、よい」


 ロサはアダマスの考えを聞いて、眉間に皺を寄せた。


「それより、あんたはその武器で大丈夫なのか?」


 アダマスはロサの巫女装束が戦闘衣装だということは理解したが、その武器が不可解なものだった。

 ロサの右手に持っているのは、長い槍だった。

 それも、アダマスが見たことのない形である。

 細い片刃で刀身が大きく反っており、柄も女性が持てるほど細長い。

 武器自体の名は、薙刀、だとロサは語った。

 だが、それよりも重要な点が、その武器は全てが“木製”で作られていたのである。刀身から柄に至るまで美しい白色で、刃紋の代わりにある木目が非常に美しい木槍であった。

 アダマスの知識では、木製の武器はあくまで練習用だ。

 こんなダンジョンで使うことなど想定されていない武器である。


「お主が心配しなくとも、妾はこの武器でずっと戦っておる。何よりこれは神木を削りだして作り上げた逸品での、武器のランクならおそらくお主のより遥かに上じゃ。心配せずとも、お主よりかは役に立つだろうて」


「そうかよ。なら、後ろは任せるぞ?」


「構わん――」


 アダマスは大丈夫だと豪語するロサは不安を覚えながらも先に進む。

 まだ二人がダンジョンに潜りだしてからまだ一時間と経っておらず、今も彷徨っているのは低階層だ。

 奥から音がやって来た

 冒険者の足音ではない。

 モンスターの足音だ。

 細かくかたかたと鳴る不気味な音から、骸骨の姿をしたモンスターだと二人は同時に直感する。

 アダマスは自信の経験からクレイモアを抜いて前に構えるだけで安心しきっているが、ロサはアダマスの失敗も考慮して――ギフトを発動した。


「――掛けまくも畏き火之迦具土神は、世界の開闢と終焉の神にして、一切を生み出し、一切を燃やし、万物を焚き給う火之神なれば、天つ火の恩頼に依りて我に鬼を殺す力を、我が手の槍に賜はり給え」


 ロサはゆっくりと、そして確実に神へと祝詞を述べた。

 一言、一言、言葉を紡ぐ度に、右手に短く持った薙刀の刃を左手でゆっくりとなぞると、左手が通った部分から徐々に、火の神――カグツチの力が宿った。

 言葉を紡ぎ終わると、薙刀の刀身は火を纏う。

 まるでそれは火の蛇が刀身に巻き付いているように焚き、また神秘の炎は決して神木から削りだされた薙刀を燃やさずにその場で輝き続けた。

 それは暗い迷宮でも力強く発行し、ロサの美しい顔を明るく照らす。


「へえ、それがギフトか――」


 アダマスは自身には使えないギフトを、村でも見たことが無かったため、驚いたようにロサのギフトを観察する。


「そうじゃ。お主、運がいいのう」


「どうしてだ?」


「妾の火と、死人共は相性がいい。カグツチ様が与えられる浄化の力は、悪しき者を平等に燃やし尽くす力を持つのだ。特に死人はよく燃えるからのう」


 ロサは両手で薙刀を持って、死人共に刃を向けた。


「なるほど。あいつらにはおあつらえ向きの力ってわけか?」


「そういうことになるのう」


「ま、俺には関係ないけどな――」


 アダマスは自信ありげに離すロサから視線を死人共へと移して、近づく時も待たずにかけ出した。

 その行動を予想していなかったロサは、一歩遅れてアダマスを追いかける。

 アダマスはロサが到着する前に、骸骨共をクレイモアで一振りすることによって、強引に断ち切った。

 それによって、固い骸骨の背骨が幾つも砕かれ、何個もの頭部が笑いながら宙を舞った。

 彼の攻撃は関節の節目を狙ったり、モンスターの持つカルヴァオンを的確に狙ったりする攻撃ではなく、自身の持っている剛力によって、彼らの太い骨を力任せにぶった切った。

 一人、二人、と死人達は風車のように大きく振り回されるクレイモアによって斃されていく。


「やるのう――」


 ロサはアダマスの攻撃を見て、顔に歓喜が宿った。

 初心者にしては不細工ながらも見事な攻撃だ。

 自身の特性をより良く理解し、モンスターへと致命的に与える攻撃は見事と言えるだろう。


「――しかし、まだまだ甘いのだ」


 だが、とロサは薙刀を振るった。

 アダマスの撃ち漏らした骸骨は、薙刀の一撫でによって激しく燃え上がってカルヴァオンだけを残して塵となった。


「お、ロサもやるんだな――」


 アダマスはその骸骨はわざと斃さなかったのか、それとも本当に逃したのかは不明だが、確かにロサの戦う姿を見ていた。

 二人は、初めての共闘であったが、予想以上に戦闘が上手く噛み合っていた。

 アダマスが前のモンスターをばったばったとなぎ倒し、その残りをロサが焼き尽くす。

 それが上手く回っている理由の一つは、ロサの適切なサポートだろうか。大剣で獣のように暴れまくるアダマスの邪魔にならないよう冷静に立ち回り、自身は完全にアダマスの影となる。

 二人は長年連れ添ったパートナーのように、迷宮を進む。



 ◆◆◆



 迷宮に入って数時間。

 二人は予想以上に深い階層まで達していた。

 その要因の一つが、ロサの好奇心だった。

 初心者らしからぬアダマスの動きにロサの興味が駆り立てられて、今後のために彼の限界を図ろうとする。

 本来ならゆっくりと降っていく迷宮を、ロサが知っている幾つかの段差のショートカットによって、一つも二つも飛ばしながら堕ちて行くのもそのためだ。


「次は奴だ!」


 ロサが叫んだ。

 右腕が欠けた骨兵士も、肉の塊と変化した巨兵も、生きた肉に獰猛に食らいつく骨犬の大群も、どれもロサの補助を得たアダマスの敵にはならなかった。

 だからこそ、次なるハードルをロサが与えた。


「――分かった」


 彼女の前方にいるアダマスの前には、一体のモンスターがいた。

 ランクで分けるとするならば、おそらくは中級ほどのモンスターになるだろう。

 ――モルス・ミーレス。

 死んだ兵士だ。

 それは腐肉が骸骨について、薄い鉄板のような鎧を全身に着込んだ死人のモンスターである。

 モルス・ミーレスが中級に数えられるのは、本人の実力というよりは、装備の強さだろう。

 彼らは盾と剣を操る。盾によって冒険者の剣を防ぎ、剣によって冒険者を貫く。彼らの動きは緩やかながらもその力は凡百の冒険者を上回り、数によって応戦する厄介なモンスターだ。


「しっ――!」


 アダマスはそんなモルス・ミーレスをクレイモアによって横薙ぎし、三体も纏めて上半身と下半身を切り分けた。

 だが、モルス・ミーレスはすぐに近くにある肉と、骨を繋ぎあわせて、元の形へと復活を遂げた。

 アダマスはそんな相手に、小さく眉を潜める。


「あいつは倒しても倒しても復活するぞ! 背後にいる術師を倒せ!」


 そんなアダマスへ、すぐにロサの助言が飛んだ。

 その間にもロサはアダマスから漏れた死人を撫で殺す。

 アダマスはロサの数少ないアドバイスによってすぐに状況を理解し、視線を細く振り絞って、十数体いるモルス・ミーレスの外語にいる黒いローブを着た骸骨を見つけた。

 アダマスは残る死人にはまともに相手もせず、風のように死人の隙間を駆け抜ける。

 事実、モルス・ミーレスは背後で操っている骸骨術師を斃さなければ、数もねずみ算式に増えていく厄介なモンスターだ。


 ――だというのに、アダマスが術師を斬り殺す前に、モルス・ミーレスは糸の切れた人形のように崩れ去った。


「――何?」


 ロサは突如として襲った異変に、自然と気が引き締まった。


「あいつは――」


 モルス・ミーレスの死体の中で、アダマスは骸骨術師を斬った者を見つけた。

 神官のような白いローブで全身を隠して、片手にはリカッソのあるツヴァイヘンダーを持っていた。

 骸骨にある瞳は、酷く、昏く、黒色で。

 ぞわり、と。

 アダマスはそのモンスターと視線があった瞬間に、全身を怖気で焦がしていく。

 一瞬で、恐怖によって視線が縛られた。

 ――ただの死人に。

 見たところ、何も特徴がないただの死人だった。

 剣こそ、他の死人が持っている武器よりも大きいが、それだけだ。体から大きな牙も生えていなければ、背中に別の生物の死体がくっついているわけでもない。体を服で隠している死人もここだと数多く見つけるが、薄くて防御性能など殆ど無いロープだとアダマスにとって障害にもならない。

 ただの、人の形をした死体の“はず”だった。


 ――彼の者を殺しなさい。


 いつもの神の声を聞くまでは。

 アダマスは思考が奪われたマリオネットのように、本能で体が動いた。

 足で地面を踏み締め、クレイモアを振りかぶる。


「――いかん!」


 何かに気づいたロサが、アダマスを止めた。

 だが、もう遅い。

 アダマスは止められなかった。

 死人は重たいツヴァイヘンダーをまるでナイフのように振り上げて、クレイモアを防ぐ。自重と踏み込んだために勢いを増したクレイモアは、いとも簡単に死人の細い片腕によって止まる。

 アダマスはクレイモアが止まったまま、口から気合を垂れながし、一層力を込めた。

 だが、ツヴァイヘンダーは動かず、死人はもう一方の手である左手で、アダマスを殴りつけた。

 アダマスはそれを避けきれず、顔面に当たる。視界が宙を舞って、無様に地面へと転がった。脳が揺れていないことが幸いか、それとも当たる瞬間に自分から引いたことが幸いか、ダメージは少ない。

 アダマスはすぐに立ち上がろうとする。

 その前に上からツヴァイヘンダーが降ってきた。

 何とかアダマスはクレイモアでそれを防ぐが、上から潰されて鼻から地面に屈服した。

 そしてもう一度死人がツヴァイヘンダーを振り上げて、動けないアダマスにとどめを刺そうとする時――


「しっ――」


 ロサが死人に向かって薙刀を払った。

 死人は後ろへと大きく飛んで避ける。


「あ、れは……」


 アダマスは鼻血を垂れ流しながら膝をついて何とか立ち上がると、前方にいたロサへと尋ねた。

 彼のクレイモアを握る力は、先程よりも強くなっていた。


「……はぐれじゃよ」


 ロサは炎が巻き付いた薙刀を死人に向けて牽制しながら、淡々と状況を告げた。


「は……ぐれ?」


「そうじゃ。あれこそが、初心者が手を出してはいけないはぐれじゃよ。装備は変わっているが、おそらく間違いはないじゃろう。お主も見たろう? あの手配書のモンスターがおそらくそやつ。妾も見たのは今回が初めてじゃがの」


 薄く睨むロサを死人は見つめながら、うんともすんとも動かない。


「そうかい……」


 アダマスは片手で鼻を押さえて勢いよく血を出すて手で拭うと、軽薄な笑みを受かべて、もう一度正眼に剣を構え直しながら死人へと一歩近づいた。


「――何をする気じゃ! ここは撤退を選ぶのだぞ!」


 ロサは逃げようと一歩引いていたのに、前へと進み出たアダマスに信じられない声を上げた。


「あれは俺の獲物だ。逃すわけねえよ――」


 アダマスは目の前にいる死人を睨んだ。


「本気か――!」


 ロサの戸惑う声も顧みずに、アダマスは前に出る。

 時を同じくして、死人も前へと進み出た。

 共に振りかぶった剣が早退して、ツヴァイヘンダーがぴくりとも動かないのを感じ取ると、一度引いて周りこむと、何も持っていない死人の左手めがけて斬りこんだ。

 だが、それよりも早く死人がアダマスとの距離を潰して、クレイモアの鍔を左手で押さえられた。

 すぐに死人の固い膝がアダマスの腹に飛んだ。

 二度も、三度も。

 残念ながらそこに防具はなく、体がくの字に折れ曲がり、アダマスは胃液を死人へと吐いた。

 死人はすぐに自分へと炎が向けられていることに気がついて、アダマスと距離を取った。

 炎の出処は、ロサだ。

 彼女がギフトを使って、死人へと火球を投げつけた。


「っ、ああああ!」


 アダマスは左手で負傷した腹を抑えながら、杖のようにクレイモアを使って強引に立ち上がると、倒れこむように死人へとクレイモアを振り下ろす。

 死人はそんなクレイモアを横から弾き飛ばすように、両手で持ったツヴァイヘンダーによって叩き折った。

 アダマスの視線の先に、クレイモアの破片が美しい銀塩のように舞った。

 ――瞬間、アダマスと死人の間が大きく爆ぜた。

 ロサのギフトだった。

 爆風が二人を襲い、死人の目にはアダマスが見えなくなった。

 やがて奥から吹き流れる風によって爆風が晴れると、そこに二人の姿はなかった。

 死人は少しの間立ち尽くし、また、新たな獲物を探しに行った。

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