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いみじく、 ゆゆしく

婚礼の支度で忙しい日が続いたが、女は最近の日課である薬草作りを忘れなかった。訓練の最中でライゾンが負った傷は動かすのには問題はないももの、時折疼くようだった。そんなライゾンの為に女は自ら材料を手にし、薬草を作った。天緑と呼ばれる天に届きそうなほど高く育つ緑の植物は、王家にしかない特別な鉢ですると、たちまち万能の薬になった。誰でも作れるものだったが、女はどうしても自分の手でそれを作りたかった。

そうしてライゾンの肩にそれを塗り込み、ライゾンに触れる時間が女にとって何よりの幸福だったからだ。

村娘のような頭巾を目元まで被り、女はこっそりと天緑の生える緑石の森まで出掛けた。こっそりと城を抜け出せるのは警備の少ない女ならではの特権だった。

いつものように皇女とは思えない、手馴れた腕で薬になりそうな天緑を取っていると、どこからか天使のように美しい歌声が聞こえてきた。好奇心に駆られた女は、念の為に頭巾をさらに深く被って、歌声のする方に近づいた。

緑石の森の真ん中にある湖の淵で、小鳥に囲まれながら一人の少女が歌を口ずさんでいた。

腰まで届く輝くばかりの金色の髪、森の美しさをそのまま吸い込んでしまったかのような明るい緑の瞳を見て、女の胸が激しく高鳴った。

この少女は以前、女の部屋の窓から見える城の庭で、ライゾンと吸い付くばかりに仲睦まじげにしていた小娘だ。何かとライゾンにくっついては、周りからお似合いだと言われて調子にのっていたのを女は知っている。

確か王室専属の音楽家の娘で、彼女自身も歌い手を目指して見習いとして城に仕える身分だ。甘えた話し方と仕草で男に媚びるだけしか脳のない、頭の悪い小娘。

しかしその歌声はいつもの舌足らずの喋り方が嘘のように、透明で美しかった。

前までの女だったら、少女の才能にひたすら嫉妬し、歯噛みしていただろう。

今は違う。

ライゾンが言ってくれたから。

皇女、つまり女の側にずっと居られない苦しさをその辺にいた手軽な娘で紛らわしていただけだと。

ずっと娘達を女の身代わりにしていただけだと。

今までも、そしてこれからも愛しているのは女だけだと、そう誓ってくれたから。だから私はこの小娘のことだって笑って許してやれる。

可哀相なライゾンの身代わり人形。

ささやかな風が少女の金色の髪を優しく撫でる。少女の肩に止まっていた小鳥が飛び立ったったのが合図だったかのように、少女の周りで囀っていた小鳥達が一斉に空へと羽ばたいた。風に誘われたか、あるいは女の気配にいち早く気づいたのかもしれない。

そんな小鳥達を不思議そうに目で追っていた少女の瞳が木の陰に隠れていた女を捉えた。

「あら」

にっこりと親しげに微笑みながら、少女が女へと歩み寄る。

「そこにいるのは誰かしら」

姿を隠すタイミングを失った女は髪と瞳を隠すように、俯いたまま口元だけで微笑んだ。

「城の下女です。薬草を取ってくるように頼まれたのです」

「そうなの。ご苦労様ね」

見習いとはいえ、王室の歌い手は、雑用をこなす下女よりは身分が高い。女はしかたなく本来自分よりもずっと身分の低い娘に丁寧な言葉で話した。

深く被った頭巾と、変装の為着てきた召使の服のせいで、少女は女の正体にまったく気づかない。

「あなたの歌にすっかりと聞き惚れてしまいました」

「ありがとう。でも私なんてまだまだよ」

謙遜した言葉を吐きながらも自信たっぷりの笑顔を見せるところが妙にライゾンと重なって、女は一瞬胸がざわつくのを感じた。

「こんなところで城の人に会うなんて珍しいわ。ねえあなた。ちょっとここに座ってお話でもしない?薬草なら後で私も手伝ってあげるから」

少女はゆったりとした敷物の上にドレスの裾を広げて、湖の近くにある木陰に腰を下ろした。

「……はい」

ただの遊び相手だったとわかっていても、女は少女への興味を抑えきれなかった。以前、ライゾンと少女の仲に嫉妬して、一方的に嘲り憎んでいたのだが、少女と直接口を聞く機会がなかったのだ。仮に機会があったとしても女の無駄に高い自尊心がそれを許しはしなかっただろう。しかし今の女は以前の女ではなく、少女も女の正体を知らない。

女はさらに頭巾を深く被り、あまり自分の顔が少女に見えない角度に腰を下ろした。


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