すがたにくさげなるひと
身分が血筋がいくら尊くとも、所詮女の価値は美しさで決まるのだと黒髪の女はため息をついた。
めったに見ない鏡を覗いては、己の醜さに変わりのないことに涙が溢れる。
長い髪は女の証。けれども女のそれは、最も忌み嫌われている闇の色だった。
女の世界で黒の髪ほど疎まれているものはない。いっそ全て切り落としてしまいたい。しかし王族の血を引く女が、そんな死刑囚のようなマネをできるわけがない。
女の不幸は黒髪だけではなかった。その瞳も同じく黒々と光り、魔物の目だと陰では囁かれていることを女は知っていた。燃える様な赤い髪の一族の中で、どうして女だけが不吉を背負ってきたのか。詰めよって問い質したい女の母は、女を産んだ同時に死の床へついた。
「何故、私がこんな思いを」
憎々しげな呟きを聞き付けた待女が、目敏く女の視線の先が何処へ向いているのか気づいた。
「姫さま、そろそろお休みになられては如何ですか?」
柔らかい物言いで、さりげなく窓を身体で塞ごうとする待女の頬を女は愛用の扇で厳しく打ちすえた。
「余計なことをしなくていいの」
待女の亜麻色の髪を鷲掴みにする。
「お前なんかに、私の気持ちはわからない」
窓の外。女の視線の先には人影が二つあった。一人は男で、一人は女。
愛しいものと憎いもの。女にとって正反対の存在である二人が、同じ種類の笑みをお互いに向けている。
「何故あの様な女が……」
さりとて高くない身分の娘。神経に触るかん高い声。頼りない、語尾を呑み込んだ様な口調。振ったら音がするであろう、空っぽの頭。家柄も知性もはるかに自分より劣る娘。そんな娘があの青年の笑顔を独り占めしているなんて……。
焼けつく様な女の胸の内に、女の一族に代々受け継がれてきた赤の髪より深い紅が駆け巡る。
女の視線に気が付かず、二つの影が一つに重なった。溶けあう様に絡みあう二人を見て、窓にかけていた女の白い指が細かく震えた。
「呼んで」
「はい?」
打たれた頬を押さえて女の足下に跪いていた待女が、戸惑った声をあげる。
「ライゾンを呼んできてと言っているの。今すぐよ!」
ライゾン。愛しき青年を表す名。
「早くおし!」
あの娘の品のない声で、これ以上彼の名を呼ばせてなるものか。
「姫さま……。そのようなことをされても」
言いかける待女の頬を今度は素手で打ちすえる。
「余計なことを言うなと言ったはずよ。お前は私の言うことを聞いていればいいの」
「……申し訳ございません。すぐにお呼びいたします」
口の端から流れる血をそのままに、待女の伏せた睫が怒りに震えているのがわかる。
私は何をしても許される身分なのだ。なのにこんな卑しい者にも馬鹿にされている。
女は忌々しげに舌打ちをすると、少しでも姿を美しく見せるために、ありったけの衣装を召使いに取り出させた。