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心優しきケモノ

作者: 神崎 和人

 ぎょろっとした目、うさぎを一飲みにできる大きな口と牙、そして黒くて長い毛。

 そのケモノはいつも孤独だった。

 仲間はおらず、気ままだが寂しい日々。

 森の動物たちはだれも友達になってくれない。否、彼の姿、形がそうさせてはくれないのだ。


 そんなある日の夜。

 山の上から街を見下ろすとそこには人々の暖かい暮らしがあった。

 そして人間と生活を共にする犬達の姿が彼の目にとまる。


「アッタカイ……家」


 彼はその暮らしにあこがれた。自分も人間達と一緒に暮らせないか、そんな考えが頭をよぎった。


 そこで犬の真似をしてみる。

 泣き声ですぐ見やぶられてしまった。


 今度は猫の真似をしてみた。

 そんなでかい猫がいるか、と石を投げつけられた。


「カッテグダサイ」


 そう書いた看板を首にさげ、街道ぞいにぽつんとたたずむ。

 すると勘違いした人間にバリカンで毛をかられそうになった。


「動物をいじめちゃいかん」


 彼を助けてくれたのは杖をついた一人のおじいさんだった。


 おじいさんは彼を街外れの一軒家に迎えてくれた。

 ケモノの大きな口を手でさわりながら笑っていう。


「大きな口だな。かみつかれたら大変だわい」


 そして彼に初めての名前をくれた。


『オオカミ』




 ケモノはその日からオオカミとなりおじいさんと仲良くくらした。

 別々に生きてきた一人と一匹は小さな家族になった。


 少し残念なことにおじいさんの家は彼の想像とちがった。

 すきま風がたえず吹きこみ、雨がふれば雨漏りもした。

 暖かい暖炉はあったが食べるものも十分になく、オオカミとおじいさんはいつも腹をすかせていた。

 それでもよかった。彼はもう孤独ではなかったから。


 おじいさんが街へ向かうときはオオカミも一緒に行った。


「おおきい犬だな。いい猟犬になりそうだ」

「ちがう、こいつは犬じゃない。オオカミさね」


 おじいさんは自慢げにオオカミを街の人々に紹介する。

 次第に街の人たちも彼を可愛がりはじめた。


 とくにオオカミは子供を背に乗せて遊ぶのが大好きだった。

 家族と仲間に囲まれた幸せな日々。

 しかし、幸せな時間は突然終わりを告げる。


 その日おじいさんは山へ行ったきり、夜になっても家に戻らなかった。

 彼は寝ないでおじいさんの帰りをまったが、翌朝になっても大好きなその人は帰ってこない。


 オオカミは居ても立ってもいられなくなり家を飛びだした。

 野山を駆けずりまわり、川底をあさり、遠吠えを上げておじいさんの姿をさがす。

 日がしずみ、辺りが闇と静寂せいじゃくにつつまれても走り続けた。


 彼の体は知らぬ間に、枝葉でできた切り傷だらけになっていた。

 自慢の黒毛は水に濡れたまま毛づくろいもしなかったので、固まってまるでボロ布のようになっている。

 しかし、オオカミにはそんなことを気にする余裕はなかった。


 その頃、街には悪いうわさが流れはじめていた。


「おじいさんが突然いなくなったのは、オオカミが食い殺して逃げてしまったからだ」


 夜、山はふもとから尾根まで松明がうねるように列をなした。

 まるでうごめく大蛇のように。

 猟師をはじめとした数十人が、手に手に猟銃を持ってオオカミを探していた。

 山狩りは明け方になっても続けられた。


 空が白みはじめる頃、オオカミは谷底に倒れる一人の人間を見つけた。


「オジイサン!」


 おじいさんは足に怪我をし、そして意識を失っていた。

 崖から落ちたのだ、オオカミはそう理解した。

 彼はおじいさんを背にのせて崖を登りはじめた。

 しかし、垂直に切り立った崖が彼の思いをはばむ。


 自分だけならなんてことのない崖だったが、少しでもバランスを崩せばおじいさんを谷底へ落としてしまう。

 どこかに安全な登り道はないか探すがどうしても見つけることができず、彼は谷底をさまよい続けた。


「ナニモ、デキナイノカ……」


 彼は、くやしかった。

 自慢の牙も、巨大な前足も、今はなんの役にもたたなかった。

 おじいさん一人救うことのできない自分を恨んで泣いた。

 彼の遠吠えが谷間に響きわたる。 


「おい、こっちだ! こっちにいたぞ!」


 オオカミの遠吠えを聞きつけて谷間を覗きこんだ猟師が、その手に構えた銃口をオオカミにむける。

 次の瞬間、雷鳴のような音と激しい閃光が彼の目と耳を襲った。


 胸が焼けるように熱かった。

 同時に体から急速に力が抜けていくのを感じた。

 朦朧もうろうとする意識の中でただただ、おじいさんのところへ戻ろうと必死にもがく。

 力尽きるその瞬間、彼は聞いたような気がした。


「オオカミ……助けにきてくれたんだな、ありがとう……ありがとう」消え入りそうなその声を。




 一週間がたち、月が変わり、そして季節が変わった。

 その間、おじいさんは毎日のように崖につくられた粗末な石造りの墓を訪れていた。


「今日もお前のおかげでよい一日をおくれたよ」


 また明日、そう言い残しておじいさんは山を降りていく。

 板切れで作られた簡素な墓標には、こう刻まれていた。


『心優しきオオカミ、ここに眠る』

お読みいただき、ありがとうございました。


一応、童話のつもりで書き始めたのですが、文体が少し堅苦しすぎて小さな子が読むのは難しいですね……。


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