02
トモちゃんがロールケーキとか、フルーツ好きだったのかどうかは分からない。けれど彼女はもくもくとフルーツロールを食べ、「対価は受け取ったから」なんてよく分からないことを言いながら帰ってしまった。
その翌日、私はしぶしぶ学校へと来ていた。トモちゃんと出会ったあの時と違い、私ももう小学六年生になった。あと半年で卒業だと思うと少し嬉しい。いじめらしいいじめはなくなったものの、クラスになじめているわけでもないので、通学は苦痛でしかなかった。だからもし、トモちゃんがそう言う理由で学校に行っていないのだとしても、私はきっと理解できるだろうと思う。
「あ……。佐伯さん、おはよう」
隣の席の女子生徒が声をかけてきたので、私はきょとんとしながらも「おはよう」とだけ返した。おかしいな、いつもは話しかけてこないのに。
そう思っていると、彼女はランドセルの中から恐る恐る紙袋を取り出してきた。隣の席の私にもわかるくらいに、お土産用の紙袋特有の匂いがする。
「あの、佐伯さん、修学旅行に行かなかったから。広島のお土産買ってきたの。もしよかったら、これ……」
もごもごとした口調でそんなことを言いながら、彼女は私に紙袋をくれた。
「あ。えっと、ありがとう」
私が受け取ると、彼女は空いた手でズレた眼鏡をかけ直した。あんことか嫌いじゃないといいんだけど、と笑う。広島のお土産で、あんこ?
「もしかして、もみじ饅頭?」
私が尋ねると彼女は頷き、広島らしいかと思って、と付け足した。私はなんだか嬉しくなって、お土産の紙袋を潰れない程度に抱きしめる。
「私、もみじ饅頭も好きなんだ。本当にありがとう」
私が笑うと、釣られたように彼女も笑った。
「本当? よかった。私もさ、お饅頭とか大好きなんだ。友達にはお婆ちゃんみたいって言われるんだけど」
――その日、私は隣の席の南部さんと『友達』になった。
「トモちゃーん!」
その日の帰り道、私は南部さんと一緒に公園までやってきた。新しい友達ができたのをトモちゃんに報告するため、そして南部さんにトモちゃんを紹介するために。
滑り台の下でしゃがみこんでいたトモちゃんは、こちらにひょこっと顔を出し、かと思えばすぐに引っ込んでしまった。もしかしたら、人見知りするタイプなのかもしれない。私は南部さんに「ちょっと待ってて」と笑いかけると、一人でトモちゃんの元へと近寄った。
「トモちゃん」
私が声をかけると、トモちゃんはゆっくりと顔をあげた。それから、
「トモダチ、増えて良かったわね」
まるで他人事のように、そう呟いた。特に嬉しそうではなかった。というよりも無表情なのだ。彼女は、いつも。
「……どうして、南部さんと私が友達になったって知ってるの?」
不思議に思った私が問いかけると、トモちゃんはゆっくりと足元に目をやった。彼女に釣られて視線を移し、そこに蝉の抜け殻が落ちているのに気づく。それは少し風が吹くだけで、生きているみたいにゆらゆらと動いた。
「――あたしはあなたのトモダチだから、対価さえ払ってくれれば出来得る限り、あなたの言うことには従うの」
トモちゃんは何かを確認するように、そう言った。その時の私は、その意味を分かっていなかった。
私は背負っていたランドセルを下ろし、南部さんに貰ったもみじ饅頭を一つ取りだすと、トモちゃんに差し出した。彼女は基本、私の持ってきたお菓子に文句を言うことはない。
「これ、南部さんがくれたんだ。ね、今日は三人で遊ぼ? きっとトモちゃんもすぐに、南部さんと友達になれるよ」
人見知りらしい彼女にそう提案すると、彼女はそっともみじ饅頭を受け取り、けれど首を振った。
「遊ぶのは大丈夫。けれど、あたしはあの子とトモダチにはなれない」
その言葉がなんだかショックで、私は凝り固まった。やっぱりもしかしたら、トモちゃんも学校でいじめられているのかもしれない。だから学校に行かないし、友達になれないだなんて断言してしまうのかもしれない。
悲しくなった私は、ぶんぶんと首を振った。
「大丈夫、友達になれるよ。私だって、南部さんと友達になれたのは今日だもん。だからトモちゃんだって」
「契約できるのは一人だけだから」
ケーヤク。携帯を買う時のように、けれどそれとはまた違う重苦しい意味合いで、彼女はそれを口にした。……契約。
「あなたとあたしは、トモダチ。あなたがこの契約を破棄しない限り、あたしはあの人とトモダチにはなれない。ただし、トモダチのあなたが望むのであれば、あの人と一緒に遊ぶわ」
「……よく分かんないけど、一緒に遊ぶのは大丈夫なんだよね?」
「あなたが望むのであれば」
「じゃあ一緒に遊ぼ! 一緒に遊んだら、トモちゃんだって絶対に友達になれるもん」
私が笑うと、彼女は緩慢な動作で腰を上げた。そうして、確認事項のように付け加える。
「南部美由紀も一緒に遊ぶ、ね。……追加料金は、五十円でいいわ」
やっぱりというか、トモちゃんは強かった。何がって、ばば抜きが。
私と南部さんは散々な成果のままで、トモちゃんは一度も負けなかった。ジョーカーを引こうが、引かれそうになろうが、彼女は常に無表情なのだ。もっとトモちゃんと仲良くなれば、無表情に見えて若干表情が変わってるとか、そういうことも分かるようになるのかもしれない。けれど一年以上付き合っている今でも、その違いはよく分かっていなかった。……ずっと無表情だなんて、そんな人いるんだろうか。子供、なのに。
「琴葉ちゃんは、かず中に行くよね?」
友達を一人多く連れてきたことに喜び、張り切った母が用意したお菓子を食べながら、南部さんが首を傾げた。南部さんはいつの間にか私のことを『琴葉ちゃん』と呼ぶようになっていたし、私は南部さんのことを『みーちゃん』と呼ぶようになっていた。
「えーっと。かず中って、かずら中学?」
私はオレオーレ(バニラクリームを二枚のクッキーで挟んでいるお菓子)を手に取り、クッキーを二枚に分離させる。トモちゃんは無言だ。
「かず中って、小学校の隣にある公立中学だよね? 私はそこに行くつもりなんだけど、もしかしてみーちゃんは中学受験とかするの?」
「しないしない! 私もかず中に行くよ」
よかった。中学もみーちゃんと一緒だ。それなら、中学で一人ぼっちということはなさそうだ。
「トモちゃんは? どこの中学行くの?」
みーちゃんがトモちゃんに話を振って、私ははっとした。そういえば、私はトモちゃんの年齢を知らない。なんとなく同い年だと思っていたけれど、もしかしたら年下なのかもしれない。出会った当初は私よりも背の高かったトモちゃんだけれど、今は私よりも背が低いもの。それに、トモちゃんに学校の話をするのはなんとなく気が引ける。
そんな私の考えとは裏腹に、トモちゃんは何でもない風に答えた。
「……分からないけれど、かずら中学ではない」
みーちゃんはそれを『中学受験するつもり』だと捉えたらしい。「志望校に行けるといいねー」と言って、笑った。
一人で帰れると断言したトモちゃんと、今日初めて私の家に遊びにきたみーちゃん。二人の帰り道は間逆で、私はみーちゃんを送っていくことにした。
「トモちゃん、また明日ー!」
私が手を振っても、トモちゃんは振り返してはくれない。手を振る私をしばらく見つめてから、何もなかったかのように踵を返す。それを見ていたみーちゃんが、苦笑した。
「なんていうか、クールな人だね。どこの学校に通ってるんだろ」
「あ。みーちゃんも、あの制服はどこの学校のか分からない?」
私が首を傾げるのと同時に、みーちゃんは首を振った。
「全然知らない制服だったよ。だから私立に通ってるのかなって思ったんだけど」
「そっか……」
友達。
そのはずなのに、なぜかトモちゃんはいつだって遠いところにいた。