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トモダチ  作者: うわの空
3/9

02

 トモちゃんがロールケーキとか、フルーツ好きだったのかどうかは分からない。けれど彼女はもくもくとフルーツロールを食べ、「対価は受け取ったから」なんてよく分からないことを言いながら帰ってしまった。

 その翌日、私はしぶしぶ学校へと来ていた。トモちゃんと出会ったあの時と違い、私ももう小学六年生になった。あと半年で卒業だと思うと少し嬉しい。いじめらしいいじめはなくなったものの、クラスになじめているわけでもないので、通学は苦痛でしかなかった。だからもし、トモちゃんがそう言う理由で学校に行っていないのだとしても、私はきっと理解できるだろうと思う。


「あ……。佐伯さえきさん、おはよう」


 隣の席の女子生徒が声をかけてきたので、私はきょとんとしながらも「おはよう」とだけ返した。おかしいな、いつもは話しかけてこないのに。

 そう思っていると、彼女はランドセルの中から恐る恐る紙袋を取り出してきた。隣の席の私にもわかるくらいに、お土産用の紙袋特有の匂いがする。


「あの、佐伯さん、修学旅行に行かなかったから。広島のお土産買ってきたの。もしよかったら、これ……」


 もごもごとした口調でそんなことを言いながら、彼女は私に紙袋をくれた。


「あ。えっと、ありがとう」


 私が受け取ると、彼女は空いた手でズレた眼鏡をかけ直した。あんことか嫌いじゃないといいんだけど、と笑う。広島のお土産で、あんこ?


「もしかして、もみじ饅頭?」


 私が尋ねると彼女は頷き、広島らしいかと思って、と付け足した。私はなんだか嬉しくなって、お土産の紙袋を潰れない程度に抱きしめる。


「私、もみじ饅頭も好きなんだ。本当にありがとう」


 私が笑うと、釣られたように彼女も笑った。


「本当? よかった。私もさ、お饅頭とか大好きなんだ。友達にはお婆ちゃんみたいって言われるんだけど」


 ――その日、私は隣の席の南部みなべさんと『友達』になった。



「トモちゃーん!」


 その日の帰り道、私は南部さんと一緒に公園までやってきた。新しい友達ができたのをトモちゃんに報告するため、そして南部さんにトモちゃんを紹介するために。

 滑り台の下でしゃがみこんでいたトモちゃんは、こちらにひょこっと顔を出し、かと思えばすぐに引っ込んでしまった。もしかしたら、人見知りするタイプなのかもしれない。私は南部さんに「ちょっと待ってて」と笑いかけると、一人でトモちゃんの元へと近寄った。


「トモちゃん」


 私が声をかけると、トモちゃんはゆっくりと顔をあげた。それから、


「トモダチ、増えて良かったわね」


 まるで他人事のように、そう呟いた。特に嬉しそうではなかった。というよりも無表情なのだ。彼女は、いつも。


「……どうして、南部さんと私が友達になったって知ってるの?」


 不思議に思った私が問いかけると、トモちゃんはゆっくりと足元に目をやった。彼女に釣られて視線を移し、そこに蝉の抜け殻が落ちているのに気づく。それは少し風が吹くだけで、生きているみたいにゆらゆらと動いた。


「――あたしはあなたのトモダチだから、対価さえ払ってくれれば出来得る限り、あなたの言うことには従うの」


 トモちゃんは何かを確認するように、そう言った。その時の私は、その意味を分かっていなかった。

 私は背負っていたランドセルを下ろし、南部さんに貰ったもみじ饅頭を一つ取りだすと、トモちゃんに差し出した。彼女は基本、私の持ってきたお菓子に文句を言うことはない。


「これ、南部さんがくれたんだ。ね、今日は三人で遊ぼ? きっとトモちゃんもすぐに、南部さんと友達になれるよ」


 人見知りらしい彼女にそう提案すると、彼女はそっともみじ饅頭を受け取り、けれど首を振った。


「遊ぶのは大丈夫。けれど、あたしはあの子とトモダチにはなれない」


 その言葉がなんだかショックで、私は凝り固まった。やっぱりもしかしたら、トモちゃんも学校でいじめられているのかもしれない。だから学校に行かないし、友達になれないだなんて断言してしまうのかもしれない。

 悲しくなった私は、ぶんぶんと首を振った。


「大丈夫、友達になれるよ。私だって、南部さんと友達になれたのは今日だもん。だからトモちゃんだって」

「契約できるのは一人だけだから」


 ケーヤク。携帯を買う時のように、けれどそれとはまた違う重苦しい意味合いで、彼女はそれを口にした。……契約。


「あなたとあたしは、トモダチ。あなたがこの契約を破棄しない限り、あたしはあの人とトモダチにはなれない。ただし、トモダチのあなたが望むのであれば、あの人と一緒に遊ぶわ」

「……よく分かんないけど、一緒に遊ぶのは大丈夫なんだよね?」

「あなたが望むのであれば」

「じゃあ一緒に遊ぼ! 一緒に遊んだら、トモちゃんだって絶対に友達になれるもん」


 私が笑うと、彼女は緩慢な動作で腰を上げた。そうして、確認事項のように付け加える。


「南部美由紀も一緒に遊ぶ、ね。……追加料金は、五十円でいいわ」



 やっぱりというか、トモちゃんは強かった。何がって、ばば抜きが。

 私と南部さんは散々な成果のままで、トモちゃんは一度も負けなかった。ジョーカーを引こうが、引かれそうになろうが、彼女は常に無表情なのだ。もっとトモちゃんと仲良くなれば、無表情に見えて若干表情が変わってるとか、そういうことも分かるようになるのかもしれない。けれど一年以上付き合っている今でも、その違いはよく分かっていなかった。……ずっと無表情だなんて、そんな人いるんだろうか。子供、なのに。


「琴葉ちゃんは、かずちゅうに行くよね?」


 友達を一人多く連れてきたことに喜び、張り切った母が用意したお菓子を食べながら、南部さんが首を傾げた。南部さんはいつの間にか私のことを『琴葉ちゃん』と呼ぶようになっていたし、私は南部さんのことを『みーちゃん』と呼ぶようになっていた。


「えーっと。かず中って、かずら中学?」


 私はオレオーレ(バニラクリームを二枚のクッキーで挟んでいるお菓子)を手に取り、クッキーを二枚に分離させる。トモちゃんは無言だ。


「かず中って、小学校の隣にある公立中学だよね? 私はそこに行くつもりなんだけど、もしかしてみーちゃんは中学受験とかするの?」

「しないしない! 私もかず中に行くよ」


 よかった。中学もみーちゃんと一緒だ。それなら、中学で一人ぼっちということはなさそうだ。


「トモちゃんは? どこの中学行くの?」


 みーちゃんがトモちゃんに話を振って、私ははっとした。そういえば、私はトモちゃんの年齢を知らない。なんとなく同い年だと思っていたけれど、もしかしたら年下なのかもしれない。出会った当初は私よりも背の高かったトモちゃんだけれど、今は私よりも背が低いもの。それに、トモちゃんに学校の話をするのはなんとなく気が引ける。

 そんな私の考えとは裏腹に、トモちゃんは何でもない風に答えた。


「……分からないけれど、かずら中学ではない」


 みーちゃんはそれを『中学受験するつもり』だと捉えたらしい。「志望校に行けるといいねー」と言って、笑った。



 一人で帰れると断言したトモちゃんと、今日初めて私の家に遊びにきたみーちゃん。二人の帰り道は間逆で、私はみーちゃんを送っていくことにした。


「トモちゃん、また明日ー!」


 私が手を振っても、トモちゃんは振り返してはくれない。手を振る私をしばらく見つめてから、何もなかったかのように踵を返す。それを見ていたみーちゃんが、苦笑した。


「なんていうか、クールな人だね。どこの学校に通ってるんだろ」

「あ。みーちゃんも、あの制服はどこの学校のか分からない?」


 私が首を傾げるのと同時に、みーちゃんは首を振った。


「全然知らない制服だったよ。だから私立に通ってるのかなって思ったんだけど」

「そっか……」


 友達。

 そのはずなのに、なぜかトモちゃんはいつだって遠いところにいた。



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