side Daichi - 3
冬の早朝。街灯の冷たい光が、暗い道を照らしている。未だ太陽の昇る気配すらない。周りには、オレたちと同じような車が何台も走っていた。
オレと正紀は、サークルの話やら仕事の話やらを適当にしていたが、しばらくして正紀がオレに問うた。
「浅倉は?」
「何だよ」
何を聞かれたのか全然わからなくて、オレは聞き返した。
「彼女。確かいないって言ってたよね?」
「あぁ」
「未だいないの?」
「いねぇよ。それがどうかしたか?」
「もうすぐクリスマスだろ? 欲しいなぁとか思わないの?」
うっせー。っつーか、コイツ、絶対ワザと聞いてやがるだろ。
ルームミラーに映る正紀の顔は、悪戯っぽく笑っている。多分正紀からは、今のオレと永野の状態がバッチリ見えてるんだろう。
「別に、今は要らねぇよ」
なんか悔しくて、オレはそう言った。
正紀は相変わらずの微笑みで、オレを探るように見ている。それが、なんかオレの気持ちを見透かされているようで、オレは視線を外した。
「――永野さんね」
正紀がまた、オレに声をかける。
「?」
「ボードしたことないんだって。スキーなら学生のときに友達とやったことがあるって言ってたけど」
「へぇ、今時珍しいな。武田は彼氏と何回か行ったことあるって言ってたよな。正紀はボードするんだっけ?」
「それなりにね。大学時代に住んでたところから、スキー場が割と近かったから」
あぁ、そういや、正紀の通ってた大学は雪国にあるんだっけな。正紀が『それなりに』って言うってコトは、相当滑れるんだろうな。正紀は自分のことを言うとき、過小評価する癖があるから。
「浅倉は結構やるんだろ?」
「一応な」
正紀に聞かれ、オレは短く答えた。
結構といえば結構か。学生時代はゼミのヤツらと月に2~3回くらい行ってたし。もう5年くらいはやってるんじゃねぇかな。でも、きっと正紀の方が上手いんだろうな。
そういや、今シーズンは初めてのボードだ。社会人になってからは全然運動してねぇから、身体動くか心配だな……。
「じゃあさ、向こうで、永野さん教えてやって?」
正紀の言葉に、オレの思考が途中でストップする。
「え?」
「僕は武田さんを教えるから」
もちろん断らないよね? 正紀の笑顔がそう言っていた。
ちょっと待て。つまり正紀が言いたいのは、オレに、これから数日間永野に付きっ切りでいろってコトか?
嬉しいには嬉しい――が、なんか正紀の策略っぽいニオイがするのはオレの気のせいか?
オレが答えられずにいると、正紀が追い討ちをかけてきた。
「と言うか、浅倉に頷いてもらわないと僕が困るんだ。もう武田さんには僕が教えるからって約束しちゃってるんだよね」
「正紀、お前なぁ……」
オレは呆れて言葉を失った。
やっぱりコイツ、確信犯じゃね?
武田と一対一なんて彼女がヤキモチ焼くんじゃねぇのか? 正紀にそう言ってやろうと口を開きかけたそのとき。
「ん……」
すぐ隣から、小さな声が聞こえてきた。どきりとする。
見ると、永野が本当に気持ちよさそうな表情で眠っていた。
その寝顔は無垢で、純粋で、無防備で。
オレは、そんな永野を、すごく愛おしいと思った。
ったく、ホントに何もわかってねぇんだな、永野は。オレの気持ちどころか、男心すらわかってねぇ。
さっき正紀には今は彼女要らないっつったけど、それは違う。
クリスマス前だからとかじゃなくて、彼女って呼べるなら誰でもいいってわけでもなくて。
――オレは永野が好きだから。
だから、オレが、側で、永野を守ってやりたいって思う。
そしてできれば、永野にもオレのことを見て欲しいって思う。
それだけだ。
「浅倉?」
正紀の声がして、オレは我に返った。
「ん?」
「ちょっと永野さん支えててもらえる? この先しばらく、カーブが多いんだ」
フロントガラスからの景色を見ると、確かに、道が山を避けるように曲線を描きながら続いている。
「わかった」
オレはそう言い、腕を上げかけたものの――そこで止まった。
って、どうするよ?
永野は完全に寝ている。この状態のまま、永野を支えるっつったら……。
散々迷った挙句、オレは永野を起こさないように気を付けつつ左腕を上げ、毛布の上からそっと永野の身体を抱いた。
「ん……」
永野がまた小さく声を出し、オレの腕の中で少し動いた。
背中がぞくりとする。
やべー。変な汗かいてきた。
オレはもぉ永野の方を見てらんなくて、窓の外に視線を移す。外は未だ真っ暗だ。
車がカーブを曲がるたびに、外側に向かって遠心力がかかる。オレはそれに抗うように永野を支える腕に力を入れた。
永野のぬくもりを感じながら。
しばらくして、ようやく平坦な道に出た。
もう大丈夫だろ。オレは永野の身体に回していた腕を解いた。
「あ」
正紀の声に、オレは前を向く。
「ん? 正紀、どうかしたのか?」
正紀がクスリと笑った。
「――お似合いだったのに、残念」
正紀が言わんとすることが何なのか察したオレは、がばっと毛布を被り直した。
やっぱりコイツ、絶対に気付いてやがる。
「あーもー、うっせーなぁ。オレ、もう寝る!」
「はいはい」
オレは目を瞑った。見なくても、正紀の苦笑している表情がわかった。
さっき寝付けなかったのが嘘みたいに、眠気はすぐに襲ってきた。
多分、目が覚めたとき、辺りは銀世界なんだろう。
クリスマスらしく。
永野や正紀や武田と過ごす小旅行。きっと最高に楽しいに違いない。
願わくば、永野と、いい時間が過ごせることを――
このエピソードはここで終わりとなります。
お読みいただきまして、ありがとうございました。
ボード旅行中のエピソードは、『私をボードへ連れてって』という別の拙作にて執筆中です。
よろしければそちらのお話にも是非お立ち寄りください。
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