side Daichi - 2
車に乗り込む。オレの席は運転席の後ろだ。左隣では、永野が足下に腕を突っ込んでいた。何だ? 何か探してるのか?
永野を眺めていたオレに声がかかった。
「浅倉君、おはよぉ」
武田だ。助手席から振り返って挨拶する。オレもそれに応えた。
「おぉ、武田さんもおはよ」
「後ろ狭いでしょ? 私が一番ちっこいのに、一人で前座っちゃってごめんね。私、すぐ車酔いしちゃうから、前にさせてもらったんだけど……」
「別にかまわねぇよ。この車広いし」
そんなことを話している間に、正紀が車のエンジンをかけ、動かし始めた。
「あ、正紀。オレ途中で交代するから」
正紀に声をかける。ルームミラー越しに、正紀のいつもの笑顔が見えた。
「ありがと。じゃあ、浅倉はそれまで寝てて」
「サンキュ」
正紀の言葉に甘えて、オレはとりあえず寝ることにする。いくらなんでも、睡眠時間3時間の状態で人様乗せての運転はできねぇしな。
着ていたジャケットを脱いでそれをブランケット代わりにしようとしたら、左から何か柔らかい大きなものを投げつけられた。
跳ね返って座席に落ちたそれを手に取る。毛布だった。
「それ被って。風邪ひくわよ?」
永野の方を見ると、既に別の毛布に包まっていた。
「おぉ、サンキュ。気が利くんだな」
「残念。私じゃないんだよね。河合君が用意してくれたの」
あぁ、なるほど。
やっぱり正紀は、抜かりねぇなぁ……。
ありがたく受け取って、オレも毛布にくるまると、車の内壁にもたれかかった。
全然自慢にならねぇが、オレは座ったまま眠るのが苦手だ。首がグラグラすると上手く寝付けねーんだよな。
今もやっぱり同じ。眠れねー。いや、眠いには眠いんだけど。マジで。
頭の位置やら座る角度やらを変えつつ、ちょっとでも楽な体勢を探す。
うー……。
しばらくして、ようやく眠れそうだと思えるよう場所を見つけた。小さくため息をついて、眠る努力をする。
……あー……ようやくうとうとしてきた……
こつん
オレの左肩に、何かが当たって止まった。
なんだ? 人がようやく眠りかけたってのに……。
うっすらと目を開けたオレは、開けなきゃよかったと後悔した。
そこには、あまりにも無防備な、永野の寝顔があったから。
驚いて状況を確認する。永野が毛布にくるまったまま、オレの方に上半身ごともたれかかって来ていた。永野の毛布は規則的に上下してる。完全に眠っちまってるらしい。
この分じゃ、オレにもたれちまってること自体、気づいてねぇな……。
マジかよ……。
そっと永野の寝顔を覗いてみる。
柔らかく閉じられた瞳、それを縁取る長い睫。ふっくらとした唇――なんか、すげぇ、色っぽくね?
普段の男勝りな永野に慣れ過ぎちまってるせいで、今の永野とのギャップを激しく感じる。
やべぇ、なんか、すげぇ心臓バクバクしてきた。
オレは慌てて目を閉じ、再び寝る努力を始めた。
しばらくそのまま粘ってみたが、オレの眠気は吹っ飛んじまっていた。
つーか、こんな状況で寝れるかッ!!
惚れてる女が、すぐ隣で、しかも自分の肩に寄りかかって寝ちまってるってときに、平気で眠れる男がいたら見てみてぇ。
またうっすらと目を開けて、永野を見てみる。
一向に永野が離れていく気配はない。
ったく、どーすんだよ……。
「浅倉、起きてる?」
正紀の声がした。
顔を上げると、ルームミラー越しに正紀と目が合った。
正紀のヤツ、見てたのかよ。
「……あぁ」
「眠れない?」
「コイツがぶつかってきたせいで、せっかくの眠気が飛んだ」
オレは右手でオレの左肩にもたれる永野の頭を指差した。
「その言い方は、永野さんに対して失礼じゃない?」
「ま、寝てるし。聞こえてねぇだろ」
仕方ないなぁとでも言いたげな顔で正紀は苦笑しつつ、小さくため息をついた。
どうやら、武田も寝てるらしい。僅かに寝息が聞こえてくる。
正紀にも武田にも、オレが永野に惚れてるっつーことは言ってねぇ。だから、知らねぇはずなんだけど、最近、もしかしたら正紀はオレの気持ちを知ってんじゃねぇかなって思うことが多い。
同期で過ごすいろんな場面でそう感じるんだよな。正紀に薦められるオレの席が常に永野の隣だったり、出発前みたいに永野と言い合ってたのを痴話喧嘩って例えたり。
いつも優しげに微笑んでるけど、正紀には侮れねぇ一面がある。そして、いいヤツだ。
「起きてるんなら、眠くなるまででいいから、ちょっと話し相手になってよ」
正紀が言った。
「あぁ、いいぜ。そういや悪ぃな、毛布まで用意してもらっちまって。車代とか、この毛布の洗濯代とか、後で全部精算しろよ? 初めに預けた金だけじゃ、ぜってー足りてねぇだろ」
「そんなことないよ?」
「こんな車まで用意してるのにか?」
「あぁ、この車、紗織のお兄さんの車なんだ。だからレンタル代はかかってないんだよね。ガソリン代だけ」
「は?」
「条件にピッタリだったから、お願いして貸してもらったんだ」
紗織ってのは、正紀の彼女の名前だ。もぉ何度も聞いてるから、未だ会ったこともねぇのに覚えちまった。
「彼女の兄貴に借りたっつーコトか? お前と彼女さん、家族公認なワケ?」
オレが聞くと、正紀はくすりと笑った。
「そういうことになるかな」
「へぇ」
「結婚するよ、僕。紗織と」
「へぇ……は?!」
「多分、まだ何年か先の話だろうけどね」
「あっそ」
びびった……。
あからさまにホッとしたオレが可笑しく映ったのか、正紀はまた苦笑した。




