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不器用な片想い  作者: 長月マコト
【本編】 第1章 - 5/24
9/92

side Karen - 4

家に戻ると、もう夕方だった。

途中で寄ったスーパーで買った荷物が、腕に食い込む。

降ろすのも煩わしくて、そのまま台所に入った。急いで夕食の支度に取り掛かった。

下ごしらえをほとんど完了させて、ちらりと時計を見る。19時だ。

そろそろ帰ってくるはず……と思っていた矢先、LDKのドアが開いた。

「ただいまー」

「あ、翔? お帰りー」


翔は私の双子の弟。

男女の双子なんだから、もちろん二卵性。

顔は全然似てないと思う。

目元は似てるって言われることがあるけど、私が二重なのに対して翔は一重。

それが翔のちょっと鋭い目を一層強調してたりする。

普通にしてるのに、ちょっと睨んでるみたいな感じ。

初めて翔に会うと冷たい人って印象を与えちゃうかも。

こんなんで、よく美容師が勤まってるなぁって思う。

まぁ、私と違って綺麗な顔してるから、それだけで女性受けするんだろうけど。

それに、話し始めると見た目の印象が崩れていくしね。

冷たいどころか、暖かくって優しいから。


最近の美容院は会社帰りのOLを相手にしたりするから、翔の帰宅はいつも深夜になる。

今日は早上がりだって言ってたから、翔が帰ってくるまでに夕食の支度を終わらせようと思ってたのに、ギリギリで間に合わなかったか。


「香蓮、今晩のメニューは?」

「今日は鶏の唐揚げ。今から揚げるんだけどね。食べるよね?」

「おう。シャワー浴びる時間ある?」

「うん。そろそろ帰ってくる頃だと思って、お風呂沸かしといたよ」

「マジで? ラッキー」

「んじゃ、翔が入ってる間に揚げとくよ」

「うぃー」

「あ、それとね、後でちょっと相談したいことあるんだけど、いい?」

「わかったー」


私は、翔と2人で暮らしている。

9年前、私たちが高校3年生のとき。

父親が単身赴任でフランスに行くことが決まって、母親も付いて行くって宣言したんだよね。

でもそれがまた、ちょうど私は都内の大学への進学が決まったところ。

翔も同じように美容師の専門学校への進学が決まっていた。

私たちはもちろん日本に残るって言い張った。

だけどここで問題が。

実家は地方都市にあるから、進学先が関東圏にある私たちは、通うのが難しかったんだよね。

そこで気を利かせてくれたのがおばあちゃん。

土地活用って言って、持っていた土地にマンションを建てていた。

ちょうど空くことが決まっていた部屋に私たちが入れるよう、手配してくれたのだ。

それがココ。

都心に程近くて、新宿駅まで乗り換えなしで行ける路線の駅まで徒歩10分。本当に最高の立地だと思う。

しかも2LDKだから、私と翔は自分のプライバシーもきちんと守ることができるし。

最寄り駅から電車で30分くらいのところにそのおばあちゃんが住んでるって言うのもあって、両親は安心して渡仏して行った。

私たちにとってもあまりに条件がよすぎて、そのまま私も翔も、関東圏で就職してしまった。

実家のある地方よりも、こっちの方が求人が多かったっていうのもあるけどね。

そんなわけで、このマンションの大家さんは、おばあちゃん。

学生のときは甘えさせてもらっていたけど、就職をしてからは、自分たちでおばちゃんに家賃を払うことにしている。

それに、たまに2人でおばあちゃんに会いに行ったりもする。普段のお礼も兼ねて。

ちなみに、両親はと言うと、フランスに行ったっきり全然帰ってくる様子がない。

忙しいのか、日本に未練がないのか。

もうすぐ定年だけど、もしかしてそのままフランスに住み着くつもりなのかも。


揚げ物鍋の油に、菜箸を差し入れると、箸の先から勢いよく細かい泡が出てきた。

うん、いい温度だ。

既に下味と小麦粉をつけた鶏肉を鍋にそっと入れ、しばし待つ。

鶏モモ肉2枚分を揚げるから、結構な量になるんだよね。


「おー、いい匂い」

後もう少しで完了ってところで、翔が戻ってきた。

バスタオルで頭をもしゃもしゃと拭いている。

トランクス一枚、上半身には何も身に着けていない。

かと言って真っ赤になるほど私はウブにできてない。

だいたい、こんなのいつものことだし。

「またそんな格好で出てくるんだから。風邪引くよ?」

「だって、あぢーんだもん」

私の真後ろにある冷蔵庫の開閉する音がした後、プシュッという御馴染みの音が聞こえてくる。

これはビールだな。

私は油から目が離せないまま、次々と鶏肉を揚げていく。

「一個もーらいっ!」

翔の腕が伸びて、揚げたての唐揚げをバットから一つ掠め取っていった。

「熱いよ?」

「ん。うまい。ビールに合う」

「いいなー飲める人は」

「旨い飯があるから、ビールが旨いんだよ。香蓮を嫁にするヤツは幸せだな」


翔と二人暮らしを始めて、既に10年近い。

もともと結構料理は好きだったから、その間はずっと自炊。

食事だけじゃなくて、掃除・洗濯・家計管理といった、家事全般は私がやってる。

もちろん翔も手伝ってくれる。

この10年で、一般的に、主婦業って言われてるものは、相当手際よくできるようになった。

あんまり周りに知られてない事実ってヤツだ。

でも、『女らしい』から一番遠いところにいるような私が、花嫁修業完了してるって言うのも、なんか変な話だ。


「貰い手がいればねー」

私は言いながら手を動かし続ける。

『嫁』ねぇ。

その単語に真っ先に思い浮かんだのは、鈴木さんと豊田さん。

誰が見ても憧れるような、すごくお似合いの2人。

きっと神様も諸手を挙げて祝福してくれる。

私もあんな風になれる日が来るのかな。

相手がなぁ……。

いや、その前に私が女らしくならないとダメだろうなぁ。

ふと浅倉の今日見せた表情を思い出した。

何か言いたげだった、あの目。

『もういい』って言ってたけど、絶対にそう思ってなかったよ、あの目は。

何を言おうとしてたんだろ。


「さ、全部揚がったよ。食べよう。運ぶの手伝って?」

「わかったー」

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