side Daichi - 1
本編の数年前、大地視点のビフォア・ストーリーです。
ジリジリジリジリジリジリジリジ!
枕元でけたたましく鳴り響くケータイのアラームを止めると、オレはまた布団の中で丸くなった。
さみぃ……さすが、師走。早朝4時。
っつーか、寝たのが確か午前1時だったから、結局3時間しか眠れてねぇや。いつもなら二度寝するトコだけど、でも今日は起きなきゃな。
オレは右腕だけを布団から出し、すぐ脇のテーブルに置いていたエアコンのリモコンを手に取った。スイッチを入れると、しばらくして暖かい風が部屋の中に吹き込まれ始める。
オレは意を決すると、勢いづけて上半身を起こした。
布団の中が暖かかっただけに、余計に部屋の冷たさが、身に凍みる……。
オレはベッドを出ると、ソファの上に置いていた服に着替え始めた。
今日から3泊4日で会社の同期のヤツらと長野へボードしにいく。オレ、正紀、永野、武田。男女共に2人ずつのグループだ。
入社1年目のオレたち。社会人ってヤツになって、半年チョイ。やっぱり学生とは全然違うってことを痛感した。それなりにいろいろあったけど、今まで順調に頑張ってこれているのは、やっぱりいい同期に恵まれたからだと思う。
ちょうど着替え終わったとき、ベッドの上に置きっぱなしだったケータイが鳴り出した。慌てて手に取る。正紀からの電話だった。
「浅倉、おはよう。起きてる?」
「あぁ、なんとか」
オレは正直に答えた。
今月に入ってから毎日が残業続きで、昨夜だって会社を出たのは日付回ってた時刻だったからな。入社1年目にして、日付越えを経験するとは思わなかった。いや、マジで。
念のため、こないだの週末に、今回の旅行の準備をカンペキに終わらせといて本当に良かったって思う。
「なんか眠そうだね。昨日も遅かったの?」
オレのテンションの低さに気づいたのか、正紀が聞いてきた。
「あぁ、日付越えた」
「そりゃあご愁傷様」そう言う正紀の声に同情の色が見える。「まぁ、車の中で寝ててくれていいよ。そうすれば、着く頃には体力回復してるんじゃないかな」
「んーなこと言って、お前はどーすんだよ?」
オレたちの住んでる辺りから目的地まで、結構な距離がある。多分、車で5~6時間はかかるはずだ。正紀だって早起きしてるのは変わらないし、運転はオレと正紀で交替っつー約束だったのに。
「大丈夫。僕は昨日、定時で帰宅してすぐに寝たから。いつもよりも睡眠時間が長いくらいだしね」
あーそう。何か言い返してーけど、寝起きだし睡眠不足だしで頭が上手く回らねぇや。
オレは欠伸をした。受話器越しにそれが聞こえたらしい。正紀の笑い声が聞こえて来た。
「じゃあ、あとで」
正紀の声が聞こえ、電話も切れた。
一体何の電話だったんだ?
まぁ、おかげで眠気はある程度覚めたけど。
今回の旅行の発案者は正紀だ。もともとオレたちの代の同期は他の代の人たちよりも仲がいいとは思ってたけど、泊まりがけで旅行に行くほど仲良くなるとは、入社時点では思ってなかった。
そういや正紀って、いつの間にか、いろいろと幹事っぽいことしてくれてるんだよな。今回だって、日程調整やらペンションの予約やら車の手配やら、何から何までほとんど一人でやってくれてる。そして、本人はそれを苦と思ってないらしい。すげぇヤツだ。
そんなヤツだから、もちろん彼女もいる。学生時代からずっと付き合ってるらしい。
正紀みたいなヤツの隣にいると委縮しちまうんじゃねーかって思うんだけど、正紀曰く「僕なんかよりもずっとすごい」らしい。一体どんな女なんだよ……。
彼女の話をするときの正紀は、いつも必ず幸せそうに目を細める。
そんな正紀を見てると、すげぇ羨ましくなる。
今、オレに彼女はいねーけど。でも、いつか彼女って呼びたいヤツがいる。
すげー鈍感で、オレが惚れてるなんて考えたこともねぇだろうなってヤツなんだけど。
そして、そのまま既に1年半が経過してたりすんだけど。
そうそう、アイツ。あの集合場所に止まってる車の前で、仁王立ちしてオレの方を見てやがる。オレの同期、永野香蓮。
「浅倉、遅ーい!」
集合場所に着くやいなや、永野に怒鳴られた。
永野は、白いフード付きのジャケットを着ている。素材がスノーウェアでよくつかわれてるヤツだ。どうやらウェアのジャケットをそのまま着てるらしい。下はジーパンと黒いタートルネックのセーター。
それにしても、相変わらず化粧っ気のねぇヤツだな。長い髪は背中に垂らしたままだし。
でも、それでも、永野はいつも綺麗だ。……オレにだけそう見てるのかもしれねぇけど。
っつーか、よくよく見たら、車の中にはもう武田もいるじゃねーか。なんだよ、オレが最後かよ。
「おぉ、すまん、永野。おはよ」
「おはよ、浅倉。眠そうね」
「昨夜遅かったからな。っつーかお前、何で外にいるんだよ? 寒いだろ。用がないなら車ん中入ってろよ」
「車の中、暖かいからすぐ寝ちゃいそうなんだもん」
「は?」
「集合するなり寝てたら、河合君に悪いじゃない」
まぁ、確かに。
「――何? 朝から痴話喧嘩?」運転席から正紀が降りて来た。「おはよう、浅倉」
「うっす、正紀」
「ちょっと、河合君、それどういう意味よ?!」
永野は正紀の言葉にちょっとむくれたが、オレは敢えて正紀の発言に触れないことにする。的を射すぎてんだよな。正紀のツッコミって。
正紀が用意した車は5人乗りのSUV。しかも四駆でスタッドレス装着済み。上にはカバー付きの荷台もちゃんとある。抜かりなし、か。さすが正紀だよな。
「こんな車、よく借りられたな」
「まぁね。コネは使わないと」
正紀はなんか含みある言い方をして、笑顔を作った。そしてそのまま車の後ろに回るとトランクを開ける。
オレはその中に自分の分の荷物を入れた。スノーボードの板は上の荷台へ。
「じゃあ、出発しましょ」
永野はそう言って車の後部座席に乗り込んだ。正紀も運転席側へ回る。
助手席には既に武田が座ってるし、残ってるのは後部座席か。
――って、永野の隣じゃねーか?!




