side Daichi - Christmas Special
本編の数年前、大地視点のビフォア・ストーリーです。
オレは両腕を上に揚げ、伸びをした。
年の瀬の夕方。オフィスは、もう人もまばらだ。
目の前のでっかいディスプレイには、アルファベットと数字が並んでいる。
3日ほど前、オレが組んでいるプログラムに、バグが発見された。
昨日の夜、その原因をようやく探し当て、今、修正が完了したところ。
「お疲れ」
背後から、声がした。
振り向くと、正紀が立っていた。マフラーを首に巻き、コートもしっかり羽織っている。
帰宅準備万端って感じだな。
「あれ? 正紀。今日は早えんだな」
ちらりと時計を確認してみた。未だ18時。
いつもなら、もっと遅くまで仕事してんのに。
オレの方が先に帰ることの方が多いし。
「今日はイブだからね。紗織と約束があるんだ」
「あー……そーだっけ」
そう言えば、そうだった気がする。
腕時計の日付を確認した。
うん、確かに『24』ってなってる。
そっか、今日、クリスマス・イブか。
どうりで。
街を歩けば、やたらと明るい曲ばっかり流れてて、イルミネーションが木々を飾ってて。
クリスマスツリーやサンタクロースのオブジェが至る所に置かれ、デパートや小売店ではクリスマス商戦とやらが繰り広げられてて。
おまけに今日は金曜日。
そりゃあ、恋人のいるヤツらは早く帰りたいに違いねーわ。
「浅倉は?」
「別に」オレは視線をパソコンに戻した。「いつもと同じ。キリついたら家帰って、飯食って、フロ入って、寝る」
正紀のため息が、背中越しに聞こえてきた。
「永野さんでも誘って、飲みに行けば?」
「うっせー」
それができんなら、とっくにそーしてる。
できねーから、苦労してんじゃねーか。
「せっかくのクリスマスなんだし」
正紀め、未だ言うか。
「いーんだよ。さっきバグ修正がいったん終わったトコだから、今からテストしなきゃなんねーし。
それに、クリスマスってのは、サンタクロースが子供んトコにプレゼント配るイベントなの。家族で過ごす日なの。だから、恋人たちのための日じゃねーし、大人にはカンケーねーの!」
「はいはい」
正紀は苦笑いしながら帰っていった。
あんまり遅くなるなよ、と言い残して。
正紀の言葉をありがたく受け取ることにして、オレはなんとか19時半でキリをつけた。
開発フロアを出て、エレベータで1階まで降りる。
ドアが開いたところで、見覚えのある人影を見つけた。
オレがコイツを見間違えるワケねー。
永野香蓮。
オレの想い人。
3年近くも片想いしてるオレもオレなんだけど。
永野と目が合った。
「あ、浅倉。今帰り?」
永野の方から話しかけて来た。ちょっと嬉しい。
「ん? おぉ」
「ねぇ、今から暇?」
そーゆー言い方されると、期待しちまう……。
「あぁ、どーせ家帰るだけだし」
「じゃあさ、これからどっか、ゴハン食べに行かない?」
思いもよらない永野の言葉に、オレは一瞬耳を疑った。
多分、永野のこの誘いは、男が一般的に期待するようなモノじゃない。
それはわかってる。
でも、オレにとっては、イブの日に永野と一緒にプライベートな時間を過ごすってだけで、それ以上の価値があるんだ。
ふつふつと嬉しさが込み上げてくる。
「真由子とゴハン行くって約束だったのに、彼氏ができたからってドタキャンされちゃって。あーあ。女の友情より、彼氏の方がいいのかなぁ?」
と永野は肩を竦めた。
武田、ナイス!
やばい、マジで嬉しい。
オレはだらしなく緩みそうな頬をなんとか持ち堪えさせ、ニヤリと笑った。
「いいねー、シングルベルの会ってヤツ?」
「シングルベル? 何それ、あはは」
永野が全身で笑う。
背中で束ねられた長い髪がその動きに合わせて舞った。
「オレたち、独り者同士だからな。『シングル』ベル」
オレも笑った。
永野の笑顔が可愛い。
こうやって、いつも隣同士で笑い合えたら。
オレはそれだけで幸せなんだけど。
「お前、何食いたい?」
永野に聞きながら、オレは歩き出すよう促した。
「そーだなー、やっぱりクリスマスだし、シチメンチョウとか?」
「そんなメニューある店、知らねーよ」
「えー」
「じゃあ、お前は知ってんのかよ?」
「ん? ……。えっと、じゃあ……」
「あーお前、今、話逸らせただろ?」
オレと永野、肩を並べて歩き始める。
――もしかしたら
サンタクロースは
本当にいるのかもしれない
そして、人知れずこっそり
プレゼントを配っているのかもしれない
オレが今日
そのプレゼントを受け取ったように――
いつの日か、ちゃんとしたジングルベルを。
永野と2人で。
このエピソードはここで終わりとなります。
お読みいただきまして、ありがとうございました。




