side Daichi - 42
だいたい冷静に考えてみろ。正紀と武田、2人がこんなに都合よく同時に、当日ドタキャンとかあり得ねぇだろ。しかもそれぞれがオレと永野にしか連絡しないとか、明らかに変だし。絶対にオレと永野を2人っきりにさせる罠(?)じゃねぇか。
ったく……。
「ごめん、着いたら一番に言おうと思ってたのに忘れてた」
永野が謝った。どうもオレが怒ってると思ったらしい。謝るのは永野じゃなくて、アイツら2人だろ。
「いや、永野が謝ることじゃ……」
オレが言いかけたとき、ポケットでケータイが鳴り始めた。取り出して開く。ディスプレイに映されていたのは、正紀の名前だった。オレは通話ボタンを押して耳に当てた。
「もしもし、浅倉?」
ケータイの向こうから普段と同じ正紀の声がする。おいおい、お前、声出ねぇんじゃなかったのかよ?
「……なんだよ、元気じゃねーか」
「おかげ様で」
悪びれもせず、正紀はそう言った。
真相を聞き出してやる。オレは永野に合図し、その場から少し離れた。
「喉は治ったのか?」
「紗織が看病してくれたからね。それはもう、ケロッと」
「嘘ばっか」
正紀は電話口で笑うばかりだ。まぁいいけど。
「――で? 正紀と武田さん、どっちの発案だ?」
「秘密。そんなこと気にしない方が楽しめるよ」
オレの質問もさらりと受け流される。確かにその通りなんだろうけど、どーも納得できねぇ。
「永野が残念がってたぞ」
「じゃあ、今から参加しようか?」
「いい、ぜってー来んな」
オレが即刻断ると、また正紀の笑い声が聞こえてきた。
そんなに笑うな。
「まぁ、どっちにしても、僕たち今から参加するの、無理なんだよね」笑いが治まると正紀はそう言った。「武田さんは、彼氏とテーマパークに泊りがけで遊びに行くって言ってたし、僕は僕で、紗織と伊豆の温泉へ向かってるところだから」
「……」
オレは呆れて声も出ない。3連休での泊まりがけの旅行なんて、当日に宿が予約できるものじゃない。どうやら、何日か前から準備してたらしい。アイツら、ホントにやってくれる。なんか2人の手の上で転がされてるような気分になった。面白くねぇ。
「言いたいのはそれだけか? だったらもう切るぞ?」
「あぁ、ごめん、待って。未だ肝心なこと言ってないんだ」
「何だよ?」
もう何言われても驚きそうにねぇや。
「ペンションの部屋なんだけどね、そちらに行くのは2人になりましたのでって言って、1部屋キャンセルしたから」
「はぁ?」
完っ全に不意を突かれた。
1部屋キャンセルって……。っつーっことは、オレと永野、同じ部屋で寝るってことじゃねぇか。
「それを伝えようと思って電話したんだ。向こうに着いてから揉めても困るし。別に問題ないよね?」
「いや、ちょい待てって」
問題大アリだろ? オレと永野、なんか今微妙な感じだっつーの。何考えてんだよ?!
「じゃあ、楽しんできてね。帰ったら話聞かせてよ」
「あ? おいっ!」
正紀は一方的に電話を切ってしまった。ツーツー……という無常な音が聞こえてくる。
どーすんだよ……。
オレはため息をついた。永野の方を振り返る。
永野もオレの方を向いていた。多分オレも今顔が多少赤いと思うが、何故か、永野もすげぇ赤くなっていた。しかも表情が硬い。
「永野、どうかしたのか?」
オレはケータイをしまいながら永野に近づいた。
「う、ううんっ。なんでもない……」永野は慌てた様子でそう答えて、紙袋を持ったまま両手を胸の前で振った。「それよりも、河合君。何だって? 体調は大丈夫なの?」
永野の言葉に、先ほどの正紀との会話を思い出す。アイツら2人して、オレたちを嵌めやがって。
でも、何の疑いも持ってねぇ永野に、本当のことは伝えない方がいい気がした。
「あぁ、正紀なら大丈夫。すんげぇ元気そうだったし」
代わりに皮肉をたっぷりと籠めて言ってやる。でも永野はやっぱり気付かなかったみてぇだった。
ただ、こっちの件は、きちんと伝えておかねぇと。翔とも約束したしな。永野を泣かせねぇって。
オレは深く息を吐き、そして永野を真っ直ぐに見た。
「永野は、オレのこと、どう思う?」
オレの質問に永野は答えない。質問の意味がわからないと表情が言っていた。まぁそうだよな。いきなりこんな質問したんじゃな。
オレは、言葉を選びながら、続けた。
「正紀が、さ。ペンションの部屋、1つ、キャンセルしたって」
永野の表情が、ハッとしたように僅かに動いた。多分、オレの言ってる意味、わかったよな?
「オレ、さ。永野のこと、マジで好きだよ。先週言ってくれたこと、頷いてくれたの、あれ、本当だよな?」
そう言って、永野を見つめた。永野も驚いた表情のままオレを真っ直ぐに見返す。
やがて永野は、こくんと頷いた。
安心と嬉しさとがオレの中に広がり、オレを微笑ませた。永野もそれに答えるように微笑み返してくれる。すげぇ可愛い。
オレは永野の腕を取ると自分の方へ引いた。永野の背に腰に腕を回し、抱きしめる。ガサガサという音がして、何かがオレたちの間で潰れた。
「あ……」
永野が顔を下に向ける。今自分以外の何かに永野の気を持って行かれるのがなんか悔しくて、オレは永野の顎に触れた。
そっと、上に持ち上げる。一瞬、驚く永野の瞳と目が合った。
オレはそっと、永野の唇に自分の唇を重ねた。
すげぇ、柔らかい。それに、すげぇ、甘い。
初めは軽く触れる程度で終わらせるつもりだったのに、いつの間にか、唇を啄んでいた。永野もオレに応えるように首を傾け軽く口を開く。永野が力なく身動ぎした。
これで我慢しろって方がムリだろ。オレは誘惑に勝てず次第にキスを深くしていく。
オレの舌が永野の歯列に沿って動いた。
「んっ……」
永野の唇から声が漏れた。ぞくりと背中を何かが走り、ハッとする。
これ以上は、オレがやべぇ。
唇を離し、オレの腕に完全に頼りきってる永野を見下ろす。
永野の軽く伏せられた瞳は潤み、頬は上気していた。唇も少し腫れぼったい。すげぇ艶っぽい……。
永野が顔を上げる。反射的にオレは目を逸らした。
「んじゃ、そろそろ行くか」
できるだけ普通に言い、腕を解いて永野を解放する。と、2人の間に挟まれてた何かが地面にガサリと落ちた。
何だ、これ? 永野、ずっと大事そうに持ってるけど。
オレは屈んでそれを拾った。
「何、これ?」
「いいの! 見ないで!」
よっぽど見られたくないものらしい。永野はオレに飛びつくようにしてその紙袋を奪い取った。でも、そのままバランスを崩して倒れそうになる。
咄嗟に腕を伸ばして、永野の身体を支えた。
「あっぶねぇなぁ」
「誰のせいよ?」
永野が眉根を寄せてオレに言う。さっきのキスのせいで、身体に上手く力が入らねぇらしい。涙目で言われても全然迫力ねぇっての。
「そーいう顔されると、またキスしたくなる」
そう言ってオレは素早く永野の少し尖った口にキスをする。
「じゃ、ホントに行くか。結構遠いからな、覚悟しとけよ?」
オレは永野を直立させると、車のキーを取り出し、助手席のドアを開けた。永野がおぼつかない足取りで車に乗る。
それを確認してから、オレは運転席側に回り込み、車に乗り込んだ。キーを差し込んで回す。ハンドルを握った。その間ずっと、永野の視線を感じながら。
「そんなにじっと見んな。照れる」
オレが前を向いたまま言うと、永野が慌てて動いた。
「みっ…、見てない」
永野はシートベルトを着け始めた。その所作に、思わず笑っちまう。
「何よ?」
オレが笑っているせいで、永野の機嫌が少し悪くなる。
「何でもねぇよ」
惚れた弱みってヤツだ。永野が何をやってても、どんな表情をしてても、可愛いと思っちまう。オレは、きっと、病気だ。
だから。
「あー……何でもあるかも」
オレはそう付け加えて永野の方に身体を寄せると、また、キスをした。
永野が座席の上で動けないのをいいことに、何度か唇を味わっていると、永野がちょっと身を引いた。
「ちょっと、待って。ねぇ、ホント、そろそろ行かない?」
その顔はすげぇ赤くて。やっぱり可愛いと思っちまう。
オレは永野の額に自分の額を当てた。
「そうだな。このままだと今日中にペンションに着けなくなっちまう」
そしてオレは、もう一度だけキスした。
永野のことを好きになって、もう5年ちょい。
今までさんざん焦らされた分、もっとキスしたいのは山々だけど。
とりあえず今は、これで勘弁してやる。
その代わり今夜は。
オレは永野から身体を離す前に耳元で囁く。
そう、今夜は――
「――ホント、覚悟しとけよ?」
ここまでお付き合いくださいまして、ありがとうございました。
中途半端なところで終わっとるやんけ! と言われてしまいそうですが、本編はここで終了となります。今後、ふと思い立ったときに、beforeかafterのお話を『不器用な片想いシリーズ』として追加していこうかな、と思っています。頭の中で、いくつかエピソードはありますので……。
それまで待ってられん! っておっしゃってくださる神様のような方は、別の拙作『私をボードへ連れてって』にてメインメンバーがゲスト出演しておりますので、是非そちらをお読みくださいませ。
最後にもう一度。
本当に、ありがとうございました。




