side Daichi - 41
ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ……
耳障りな音が部屋に響く。その電子的な音を頼りに、オレは目を閉じたまま腕を伸ばした。ばふばふとベッドを数回叩き、ようやく手が目的の物に触れる。その形を手探りで確認してスイッチを押す。同時に音が止まった。
「んー……」
両手足を上下にめいっぱい伸ばし、その勢いで上半身を起こし、眠い目を擦った。
カーテンから強い光が漏れ入っている。どうやら快晴らしい。
今日から、オレと永野、それと正樹と武田の同期4人で長野のペンションに2泊3日の旅行に行くことになってる。予約してあるペンションは何年か前にも行ったことがある。感じのいいマスターと奥さん、それとバイトの子らがいたな。そのときと同じように、正紀が2部屋予約してくれてある。男部屋と女部屋だ。
ここからペンションまでは結構距離があるから、集合時間も早い。それで、休日だってのにこうして早起きしたってワケだ。
身支度をしようとベッドから降りたとき、ケータイのバイブレーションの音が聞こえて来た。机の上だ。震えはすぐにが止まり、サブライトが点滅し始めた。メールを受信したらしい。
なんだ? こんな朝っぱらから。
不思議に思ってケータイを開く。メールの送り主は正紀だった。
ごめん、せっかく今日から旅行だっていうのに、風邪ひいちゃった。
喉がやられて声が出ないんだ。
これ以上酷くなってもいけないし、みんなにうつしてもいけないから
今回の旅行は遠慮させてもらうよ。
僕の名前で**レンタカーに予約が入ってるから、
僕の代わりに、浅倉が車を持って行ってくれないかな。
永野さんと武田さんにも僕が謝ってたと伝えてください。
本当にごめん。この埋め合わせは、きちんとするよ。
河合正紀
なんだ、アイツ。発案者のくせにドタキャンかよ。まぁ体調不良じゃしゃーねぇか。どうせ紗織さんに面倒見てもらうんだろうし。
オレが体調崩したら、永野も心配してくれんのかな……。ま、今そんなこと考えてもどーしようもねぇか。
あれからちょうど1週間。その間、また永野と一緒に仕事するようになったし、昼飯とかも一緒に食うようになった。まぁ平たく言うと、元に戻ったわけだ。
元に戻ったってのは、完全に言葉通りで、あれから永野とはホントに何もない。
もともとオレも永野も、メールや電話を頻繁にするタイプじゃねぇし。朝、会社で顔を会わせて、夕方別れるだけの毎日。あの告白も、頷いてくれたのも、全部夢だったんじゃねぇかって思っちまうくらいだ。
ホント、こんなんで大丈夫なのか、オレたち? なんか、このままずるずると、あの告白が無かったことにされちまいそうで、ちょっと怖い……。
ただ。正紀と武田は、オレたちの微妙な変化に気付いたらしい。
月曜日、久しぶりにみんなで食堂でランチしたとき、正紀も武田もやたらニコニコしてたし。……いや、ニコニコじゃねぇな、あれは。ニュアンス的にはニヤニヤの方が合ってる。
しかもその後、席に戻ってすぐに武田からメールが届いた。『よかったね。また話聞かせてよ』って一言だけ。武田は妙なところで勘が鋭いから、いろいろとボロが出そうで返信するのはやめた。
ちなみに永野は、カルーア・ミルクを飲んだ後の記憶が全然ないらしい。確かめたわけじゃないから、確信はねぇけど。っつーか、オレも聞けねぇし。
身支度を終え、荷物を方にかけるとオレは戸締りをして家を出た。
外は死ぬほど暑い。
社会人になると、普段はエアコンの聞いた部屋にいるようになるから暑さに弱くなるよな……。
集合場所は会社だ。正紀が予約したっつーレンタカー会社の営業所は、会社から結構近いところにあった。予約されていた白いミニバンを受け取り、運転席に座る。運転なんて、実家に帰ったときくらいしかしねぇけど、まぁ今回はほとんどずっと高速だから、多分大丈夫だろ。
時間が早いオフィス街には車も少ない。あっという間に会社に着いちまった。
社屋の裏手にある駐車場へと回る。木陰になってた場所へ車を止めた。駐車場には他に数台車が止まっている。休日出勤してる奴らか、ここに車を置いて都内に遊びに出てる奴らだろう。
駐車場の周りを囲む木立の向こうにはテニスコートがある。今日はサークルもねぇから、人の声はしなかった。
車を降り、ボンネットに体重を預けた。暑いには暑いが、木陰は気持ちいい。
しばらくすると、駐車場の入り口に女性の姿が見えた。肩に荷物を提げている。
あのシルエットは永野だな。
近づいてくる女性が、オレに声をかけてきた。
「浅倉、おはよ」
やっぱり永野だ。
「おぅ、永野、おはよ」
オレは永野の荷物を持とうと手を出した。でもその意図が上手く伝わらなかったらしい。永野が変な顔をする。
「何?」
「かばん! 車に乗せるから。ほれ、貸せって」
オレが言うと、ようやく永野はオレに肩に掛けていた荷物をよこした。ハンドバッグはいいとして、永野の手には未だ小さな茶色い紙袋がある。
「それは?」
オレが確認すると、永野は笑顔で答えた。
「あ、これはいいの。ありがと」
車のトランクを開け、オレの荷物の隣に永野の荷物を置いた。後は武田が来るのを待ってりゃいいんだな。
「ねぇ浅倉、河合君は?」
永野が聞いてきた。車があるのに、正紀がいないのを不思議に思ったらしい。
「あぁ、あいつ、体調崩しちまったらしいぜ。だから、今日来れねぇってさ」
オレはそう答えながらトランクを閉めた。
「そうなんだ、残念ね」
「まぁな。しゃーねぇだろ。向こうでそーなるよりはいいんじゃねぇの? それに、アイツの場合、紗織さんが看病してくれんだろ?」
ちょっと羨ましいけどな。――とは言わなかった。
「そっか。そうよね」
ちらりと時計を確認する。ちょうど集合時刻を迎えたところだった。
「あとは武田さんだけか」そこでオレはあることに気付いた。「おぉ、ハーレムじゃん、オレ」
ニヤリとして見せたオレに、永野が期待通りの呆れ顔をくれる。そして、何かに気づいた表情を一瞬見せると声を発した。
「あぁ、真由子もね、来れないって」
「は?」
永野の予想外の言葉に、オレは思わず聞き返した。
マジで? 武田まで参加できねぇワケ? なんで? アイツ、今回の旅行の件ですげぇ張り切っていろいろ調べてたじゃねーか。
オレの心の疑問に答えてくれてるように、永野が続けた。
「真由子の彼がね、風邪ひいちゃったんだって。その看病しなきゃいけなくなっちゃったからってメールがあった。浅倉と河合君にもごめんねって伝えてって」
解説を聞きながら、オレはなんとなく、この偶然の真相がわかった、気がした。オレは左手で眉間を抑えた。
もしオレの推測が合ってるとしたら……。
「あいつら……」
絶対にわざとだ。あいつら2人して、申し合わせやがったな。




