side Daichi - 39
翔のヤツ、勝手なこと言いやがって……。んなこと言われても、どーすりゃいいんだよ?
オレは人差し指で頬を掻いた。
「ごめんね、浅倉。その辺に適当に座っててくれる?」
永野がエプロンを身に着けながらオレに向かって言った。本当に何か摘める物を作るつもりらしい。
「いや、手伝う。なんか悪ぃし」
言いながら、オレも台所に入る。やっぱり一人暮らし用のマンションとは違って、台所も広い。
永野がじゃあ、と言い、オレに冷凍枝豆の袋とジャガイモ、ピーラーをボウルに入れてよこしてきた。
「これ解凍してくれる? それと、ジャガイモ洗って皮剥いて?」
オレはそれを受取ると、シンクの前に立った。ボウルをさっと洗い、袋ごと枝豆を流水に浸ける。その脇でジャガイモを洗うとピーラーで皮を剥き始めた。
オレの隣で永野がくるくると働く。手際の良さから、すぐに料理し慣れてることがわかった。
ジャガイモの皮剥きはすぐに終わった。最後にまた流水で洗い、粉っぽさを取る。ついでに枝豆の様子を見てみた。未だ半分くらい凍ってる。流水の温度をぬるま湯程度に変えた。
「永野、このジャガイモどうするんだ?」
永野の様子を見つつ、声をかけた。
「あ、ありがと。そっちは私やるよ。今度はこっちお願いしてもいい?」永野はそう言って持っていた包丁を置くと、オレにアボカドと大きめのスプーンを手渡してきた。「このアボカドをスプーンで皮から剥がして、こっちのマグロと和えるの」
「ん、わかった」
示されたボウルの中には、マグロが入っている。既に一口大に切られてわさび醤油に漬けられていた。手にしたアボカドも同じくらいの大きさに切れ目が入っている。オレはアボカドを左手に持ち、スプーンでくり抜くと、ボウルに入れて和え始めた。でも、ただ和えるだけ。すぐに終わる。あんまり混ぜるとアボカドが崩れちまうしな。
未だ翔たちが帰って来る気配はない。
永野に作業が終わったことを伝えようとして、その姿を探す。永野はオレに背を向けて、背伸びしながら戸棚の奥の方を覗いていた。
「なぁ、永野」
オレは声をかけてみた。
「んー?」
一応、聞いてくれてるらしい。
「さっき言いそびれたんだけどさ」
「何を?」
「……オレも、お前のこと、好きなんだよね」
「へぇ、そうなんだ。偶然ね」
そう言った数秒後、永野の動きが止まった。両手に缶詰を持ったまま、振り返った永野の眉根が寄っている。
オレはつい、笑っちまった。
「何?」
「今この状況で、それを聞くか、お前は?」
オレは永野にゆっくりと近づく。そして永野の目の前で止まった。手を伸ばせばすぐに捕まえられる、そんな距離。
永野はオレを凝視したまま動かない。息すらしてないように見えた。
「ホント、お前に先に言われるとは思わなかった。つーか、こーいうことは男から言いたいもんだろ? だから、今度こそオレから」オレはそこで一度言葉を切った。深呼吸する。「――永野、オレと、付き合ってくれるか?」
自分でも意外なほど落ち着いてた。もっとすげぇ緊張するかと思ってたけど。
永野の返事を待つ。
永野はオレの言葉の意味がわかってるのかいないのか、呆けた表情でオレを見返している。
やがて永野は、1回だけ、首を縦に振った。
オレの腕が勝手に動き、永野を抱き寄せた。
細ぇ身体。運動してるだけあって柔らかいとは言い難いけど。
オレは、これが現実だと信じたくて、腕の中の温もりが本物だという確信が欲しくて、きつく抱きしめる。
「ちょっと、浅倉? 痛いって」
「お前ね……こーいうときくらい、もうちょっと色気出せねぇの?」
もう一度ぎゅっと抱きしめ、永野の頭のてっぺんに自分の唇を押し当てた。
そのとき、玄関の方から物音が聞こえて来た。あー……翔とリカさん、帰って来ちまったか。
オレは永野を解放し少し離れた。すげぇ、名残惜しかったけど。
ピー! ピー! ピー!
電子レンジから調理完了のアラートが聞こえてくる。多分、永野が何か仕掛けてたんだな。
そう思った直後、リビングに買い出しに行った2人が入って来た。翔だけじゃなくてリカさんまで、手に袋を提げている。それがすげぇ重たそうに見えて、オレはリカさんの方へ行くと、袋を受け取ってリビングのテーブルの上にその袋を置いた。
袋の中はほとんどが酒、それと摘みだった。コイツら、マジで買って来たんだ。しかも結構な量。飲む気満々じゃねぇか。
翔が、買ってきた酒の半分くらいを冷蔵庫の方へと持って行く。戻って来た翔は、さっきオレが手伝った枝豆とマグロとアボカドのわさび醤油和えの皿を手にしていた。
永野が先に始めててくれと言ったらしく、とりあえずオレたち3人で乾杯することにした。翔がオレとリカさんにビールを配り、自分はノンアルコールのビールを手に取った。
リカさんはそれなりに飲めるようで、1本目の缶ビールはすぐになくなった。次の杯は、それぞれ自由に。カクテルに行ったり、またビールだったり。オレは翔が買ってきてくれた日本酒をいただく。
リカさんは人懐っこい性格で、すぐに打ち解けて話せた。
他愛もない会話の最中、翔がオレに意味深な微笑みを寄こしていることに気付く。さすがに、オレと永野のことはもうわかってるだろうから、オレはわざわざ言う必要はないと判断した。
「香蓮、早く来いって」
しばらく経って、翔が未だ台所にいる永野に声をかけた。
「うん、今行く」
永野の答えが聞こえてきた。それからすぐにリビング側にやって来ると、オレの隣に座った。
もともと談笑してたオレたちの中に途中から入ってきたからか、永野は特に何も言わない。
目の隅で、永野が手を伸ばしたのが見えた。
「これもらうね」
永野の声。その手にしたグラスを見て、オレはあっと声を出す。でも、もう遅い。
永野はそのグラスに口を付け――直後に咽せた。
「香蓮、バカ……」
翔が呟く。オレは未だ咳き込んでいる永野の背中をさすってやった。
「何これ?」
「カルーア・ミルクです。お酒なんですけど……」
リカさんが言ってる側から、なんか永野の体温が上がってきた気がする。
「大丈夫か?」
オレが聞くと、永野は少し笑って見せた。
「うん、飲んではないから」
「同じこと何度もやるなよ……」
翔が水の入ったグラスを永野に渡す。それを受け取って、永野はまた笑顔を見せた。
「ごめん。もう大丈夫だよー」
――!? 語尾が延びたぞ?
それから時間が経つにつれ、永野の様子が変わってきた。30分も経つ頃には、永野はひと目で酔っ払っているとわかる程になった。
「なーんか、楽しーねー」
呂律回ってねぇし。永野の肌は赤く蒸気して、ずっと一人でくすくす笑っている。気持ちよく酔いが回ってるらしく、瞳が少し潤んでいるが、表情が柔らかだ。ゆらゆらと上半身が揺れている。
「翔君、香蓮さんて笑い上戸?」
「永野って、酔うといつもこんなんなんスか?」
リカさんとオレがほぼ同時に翔に聞いた。
「いや、香蓮がこんな風になるの、初めて。たいがい、酔う前に気持ち悪くなってるし」
翔はむしろ面白がっている。
「あれー? 部屋が揺れてるー」
そりゃ、お前が揺れてるからだよ、永野。
それまでゆらゆら揺れていた永野の頭が、ついにオレの肩に届いた。そしてそのまま動かなくなった。
覗き込もうとしたオレの耳に、規則正しい永野の息づかいが聞こえてくる。
寝ちまった……。




