side Daichi - 38
食事を堪能した後、何も言わずに同じ電車に乗る。永野の降りる駅で家まで送ると申し出ると、案の定即答で断られた。
「いい加減に学べっつーの。家まで送るって言ったろ?」
「未だ9時過ぎだよ? 大丈夫だって……」
そーいう問題じゃねぇんだけど。面倒だからオレの方から勝手に電車を降りてやった。
永野のマンションまでの道を、いつかのように肩を並べて歩く。
ふと、視線を感じて隣を見降ろすと、永野がじっとオレの方を見ていた。オレの方が背が高いから、永野はどうしても上目遣いっぽくなる。――それ、反則だろ。
「ん? どうかしたか?」
内心はすげぇドキドキしてるのを隠して、普通を装った。
「ううん、なんでもない。相変わらず背が高いなぁって思ってただけ」
そう言って永野は微笑んだ。――だから、それは反則だっつーの……。
それ以上、そーゆーことすると、本当に襲っちまうぞ。いや、できねぇけど。
そのまま2人歩く。さっきまでバカみたいにずっと話してたのに、急に話題がなくなっちまった。やべぇ、なんか緊張する。何か話さねぇと……
「「あのさ」」
永野とオレ、同時に声を発してしまった。
「ごめん、何?」
永野がオレに聞く。
別にどうしても話したいことがあるわけじゃない。この沈黙が耐えられねぇってだけで。
「いいよ、大したことじゃねーし。お前が先に……」
あれ? この会話どっかで……。オレがそう思ったのと同時に、永野が噴き出した。
「前にもしたな、こんな会話」
そう言ってオレも声を出して笑った。腹痛ぇ。オレたち、全然進歩しねぇのな。
永野の笑いが収まる頃、オレも落ち着いて来た。少しだけ前にいた永野が、ちょうど街灯の下で急に立ち止まる。
ん? どうした?
「永野?」
「浅倉、さっき、私が何て言ったのかって聞いたでしょ? あれ、思い出したよ」
「ん?」
そういや、さっきそんなこと聞いたっけな。何の話してたときだっけか?
思い出せない内に、背中を向けたままの永野が言った。
「好き」
え? 今、何て――
永野が振り返った。オレの方を真っ直ぐに見つめる。
「浅倉が好き」
凛とした声が、オレに届いた。
え? は?
――オレが好き? 永野が?
永野の言葉を理解する前に、当の永野は踵を返してまた歩き出す。
ちょ…ちょっと待てっつーの!
オレは急いで永野を追いかける。追いつきざま、左腕を永野の肩にかけた。
「お前なぁ、ちったぁ待てって。言い逃げかよ?」
「別に、逃げてないわよ」
じゃあオレが何も言う前に勝手に歩き出すんじゃねぇよ……。
歩き続けたまま、オレは右手で眉間を押さえた。
「浅倉、そんな歩き方してたら転ぶよ?」
オレの気も知らねぇ癖に、そんなどーでもいいことに気配りとかしてんなっつーの。
永野にとっちゃ、オレの気持ちなんてどーでもいいってことか?
お前がよくても、オレがよくねぇっての。オレにも格好つけさせろ。先に好きとか言われて、しかもオレがどう思ってるかはどうでもよさそうで、オレ、すげぇショックなのに。
オレが言葉を発しようと口を開きかけたとき、永野の「あれ?」という声が聞こえて来た。
永野が立ち止まる。その視線の先は、いつの間にかもうすぐそこまで来ていたマンションの部屋を見上げていた。
「寄ってく?」
オレの方に視線を戻した永野が、聞いてきた。
は? マジで言ってんの? 意味わかってんのか、コイツ?
「いや、それは……まずくねぇか?」
「大丈夫よ。翔もリカちゃんもいるし。あ、リカちゃんって言うのは翔の彼女ね」
あ、翔がいるのか。ってか、それって結局まずくねぇか? つまり、翔と彼女さんが、翔の誕生日を祝ってるっつーことだろ? オレたちすげぇ邪魔者じゃねぇか。何を根拠に大丈夫って言ってんだコイツ?
「いや、だから……」
オレがどう説明しようかと思考してる間に、永野はさっさとマンションの中へと入って行ってしまう。
オレは完全に、告げるタイミングを失った。
どーすんだよ、オレ、これから。
オレは仕方なくそれを追いかけた。階段を登って、部屋の前まで着く。
あーもう、オレ、どーなっても知らね。
永野が玄関の鍵を開けた。
「ただいま」
「――あ、おじゃまします……」
こないだ永野を送り届けたときとまったく変わらない玄関。きちんと整理されてる。
すぐに正面奥の扉が開き、翔が顔を出した。
「香蓮? ちょい、早過ぎだ…ろ……」
そう言いながら、翔の目がオレを捕らえた。オレはどうしたもんかと思いつつ、突っ立ってるよりはマシかと、翔に向かって軽く会釈した。
「浅倉さん? 香蓮、呼んだの?」
翔が永野に聞く。そうだよ。そうじゃなきゃ、今日のこのタイミングで来るわけねぇだろ。
「そうよ。浅倉、遠慮しないで上がって? 翔、リカちゃん未だいるんでしょ? ケーキ持って帰って来たよ。みんなで食べよ」
永野はそう言ってさっさと翔が出て来た扉の方へ進んでいく。翔がその後を追いかけ、抗議の声を永野にぶつけた。
「いや、いるけどさ。って言うか、それがわかっててなんで帰ってくるんだよ、香蓮!」
「なんでって、ここ私の家じゃない。帰って来ちゃダメだった?」
「そうじゃなくて。リカは実家住まいなの。なんでわかんないかなぁ?」
そうだよな、翔。ホントそうだよ。オレだってそう思う。
男が彼女と誕生日を祝うっつったら……なぁ? なんでわかんねぇかなぁ?
オレはその2人の少し後ろから、部屋の中に入った。
そこはリビング・ダイニング・キッチンになっていた。永野はもうキッチンの中に居る。リビングのテーブルの前に、見たことない女の子が座っていた。オレと目が合うと、にこやかに会釈してくる。オレも会釈を返した。あぁ、この子が翔の彼女さんね。
1人納得したとき、翔がオレの目の前までやってきた。そして小声でオレに囁いた。
「で? 香蓮とは上手く行ったんすよね?」
イキナリそれかよ?!
「いや……」
「はぁ? 何やってんですか、浅倉さん。何のためにオレがコネ使ってあのレストラン予約したと思ってるんスか?」
「すまん……」
つい謝っちまった。って、オレ、何か悪いことしたっけ? なんかコイツ、前のイメージと違い過ぎるんだけど。こっちが本来の『翔』ってことか?
「ったく。香蓮が連れ帰って来るくらいだから、もうキスくらいしたんだと思ったのに」
さらりととんでもねぇこと言ってくれる。本当に弟か? いや、実のところキスはしちまってるからオレもあんまり強くは言えねぇんだけど。
「まぁ、相手は香蓮だしな……」翔は小さくため息をついた。そしてオレに向かって言う。「浅倉さん、俺とリカで今から酒買いに行ってくるんで、その間にちゃんとくっついてくださいね。多分、20分くらいで戻るんで」
は? おい、ちょっと待て。そりゃどーいう意味だ?
オレが聞き返す前に、翔は永野のいる台所の方を向いた。いつの間にかリカさんが永野の隣にいて、何か話してる。
「おい、リカ! 酒買いに行くぞ。みんなで飲むには、多分、足りねぇだろ」
翔がリカさんに向かって言う。かなり不機嫌そうな物言いだっつーのに、リカさんは嫌な顔一つせず、翔のところまでやってきた。
「香蓮、俺たちコンビニ行ってくるから、ちょっと摘める物用意しといて」
そう言い残し、翔はリカさんと玄関の方へと消える。部屋を出る瞬間、翔はオレへ目配せした。
おいおい、マジかよ。




