side Karen - 3
「あ、そうだ。浅倉、永野さん、ちょっといい?」
鈴木さんが呼んだ。
「なんっスか?」
浅倉が立ちあがり、右手に持ったラケットを使ってそのまま肩を叩くようにしながら、鈴木さんのもとへ歩む。
私も急いでその後に続いた。
テニスコートの敷地内、座っていたベンチから少し離れた木陰で、鈴木さんは私たちを振り返った。
「ちょっと2人にお願いがあるんだ」
「何ですか? 私でできることなら、もちろんやりますよ」
私の言葉に、鈴木さんはにっこりと笑った。
「永野さんになら安心して任せられるよ。実は、来月の披露宴でさ、浅倉と永野さんに受付を頼みたいって話なんだ。いいかな?」
「もちろんいいですよ」
私は即答した。
「オレもいいですよ。来るのって会社の人たちばっかりなんですよね?」
「ああ。あとは、俺と志保の学生時代の友達が少し参加するかな。まぁ、ほとんどの人はわかると思う。もちろん、参加者名簿も作るし。じゃあ、2人とも了解ってことでいい?」
「ええ」
「さんきゅー。助かるよ。よろしく頼むな」
「英児? 何してるの、こんなところで?」
不意に鈴の音のような声がした。
ちょっと離れたフェンスの向こうには、正真正銘のたおやかな女性。
小首を傾げ、大きな瞳で不思議そうにこちらを見ている。
「あ、志保」
鈴木さんの表情が、これ以上ないくらいに綻んだ。
当り前だよね。
そこにいたのは、鈴木さんのフィアンセ、豊田志保さんなんだから。
鈴木さんが小走りでフェンスの方へと向かう。
「いや、浅倉と永野さんに、俺たちの披露宴の受付をお願いしてたんだ」
「そうだったの」
豊田さんがふんわり笑った。まるでバラの花が咲いたみたいだ。
豊田さんが結婚するって聞いて、涙を流した男性社員は多かっただろうなぁ。
「どうした? わざわざここまで来たってことは、何か用があるんだろう?」
「あのね、ちょうどその披露宴の件で、会場の人が私たちと直接話がしたいって言ってるの。今から大丈夫?」
フェンスを挟んで会話する2人。
それが、とっても絵になる、様になる。
見ているだけで、お互いがお互いを想い合っているのが伝わってくる。
美男美女カップルで、愛し合っていて。
やっぱり憧れるなぁ。
いくら男前な私でも、素敵な恋人たちに『憧れ』くらいは持つ。
「――永野? おい、永野。行くぞ?」
「え? あ、ごめん。ぼーっとしてた」
正直言うと、見惚れてた。
だって、あまりにもお似合いなんだもん、鈴木さんと豊田さん。
何て言うか、何者も割って入れないくらいに。
「鈴木さん、オレたち行きますねー」
浅倉が鈴木さんに向かって声をかけた。
「あぁ。それじゃあ、さっきの件頼むな」
呼びかける鈴木さんに、浅倉が片手を上げて挨拶する。
真由子と河合君は、未ださっきのベンチに座っていた。
何の話をしてるのか、笑い声が聞こえてくる。
20メートル程先。浅倉と肩を並べて歩き始めた。
いや、並ばないんだよね、肩。浅倉って大きいから。
私の目線と同じ高さに、浅倉の肩がある。
170センチの私の目線が浅倉の肩だよ? いったい身長いくつあるんだろ?
「「あのさ」」
浅倉と私、声を同時に発してしまった。
「ごめん、何?」
せっかく私が譲ったのに、浅倉ときたら
「いいよ、オレは。お前が先に言えよ」
だって。
「じゃあ遠慮なく。あのさ、浅倉って、身長いくつ?」
「は?」
「身長。聞こえなかった? し・ん・ちょ・う」
浅倉は眉根を寄せ、左手で眉間を押さえた。
「ったく、お前は……」
「どうかした?」
私、そんなに変なこと聞いたっけ?
手に隠れてしまった浅倉の表情を見ようと、私は下から覗き込んでみた。
すると、浅倉の見下した目線とバッチリ合ってしまった。
何だ? 何か言いた気だ。
そう思った瞬間、私の視界は真っ暗になった。
「ふぇっ?」
びっくりし過ぎて、変な声が出てしまう。
「189」
浅倉の声がして、私の視界を遮っていたものが剥がれた。
一瞬目がくらんで、次第にはっきりと見えてくる。
あぁ、手で顔を覆われてたのか。
「189センチ? でかッ!」
「悪いか?」
「いや、私が見上げなきゃいけない人って少ないから、どれくらいあるんだろうって思っただけだよ。浅倉もさっき何か言いかけてたよね? 何だった?」
「……もういい」
浅倉は私を一瞥し、ベンチの方へ歩き出した。
何? なんか今、一瞬、睨まれた気がするんですけど。
「あ、そうだ」浅倉が立ち止って振り返る。「お前さ、女だって言い張るなら、ちょっとは化粧ぐらいしろよ」
むかむかむかっ!
「うるさいなぁ、アンタには関係ないでしょっ!」
私は浅倉の背中を思いっきり引っ叩いてやった。




