side Karen - 38
お店を出て、駅の方へと足を向ける。
土曜日の夜八時半。未だ帰るには時間が早いせいか、街自体が賑わっていた。
私の手には、紙袋が提がっている。中身はホールケーキ。結局食べきれなくて、持って帰るために包んでもらった。
「家まで送る」
浅倉はやっぱりそう言って、私と同じ電車に乗った。さすがに今日は空席がたくさんあった。2人並んで座って、来週末の長野旅行を如何に楽しむかで盛り上がる。
もうすぐ私の降りる駅に着くというところで私は立ち上がった。
「じゃ、また会社でね」
私がそう言うと、浅倉は眉間に皺を寄せる。
「いい加減に学べっつーの。家まで送るって言ったろ?」
「未だ9時過ぎだよ? 大丈夫だって……」
そんな会話をしている内に電車が止まった。浅倉が立ち上がる。
「ったく、本当に可愛くねぇなぁ。つべこべ言わずに、お前は素直に送られときゃいーの」
浅倉は私の頭にぽんと手を乗せると電車を降りていく。私もその後に付いて電車を降りた。
改札を抜け、家の方へと並んで歩き出す。
私が隣を見上げると、浅倉もそれに気づいて私の方を向いた。
「ん? どうかしたか?」
「ううん、なんでもない。相変わらず背が高いなぁって思ってただけ」
そう言って私は微笑んで見せたけど、実際には違うことを考えてた。
私、結局未だ、自分の気持ちを浅倉にちゃんと伝えてない。さっき勢いで言っちゃったけど、あれじゃ伝わってないよね。翔がせっかく2人で会えるように図ってくれたのに。
なんとなく、無言になってしまう。
「「あのさ」」
浅倉と私、声を同時に発してしまった。
「ごめん、何?」
私が言うと
「いいよ、大したことじゃねーし。お前が先に……」
この会話に覚えがあって、私は噴き出した。
「前にもしたな、こんな会話」
そう言って浅倉も笑う。浅倉も覚えてるんだ。一頻り笑った後、私は立ち止まった。少し後ろにいた浅倉の足音も止まる。
――今なら、言える気がする。
「永野?」
「浅倉、さっき、私が何て言ったのかって聞いたでしょ? あれ、思い出したよ」
「ん?」
「好き」
私は振り返って、浅倉を真っ直ぐに見た。街灯に照らされた浅倉は凍ったように動かない。ただ、私を凝視していた。
「浅倉が好き」
一言だけ告げて、私はまた前方に向き直り歩き出す。別に、返事が欲しいわけじゃない。気持ちが伝えられれば、それでよかったから。
なんだか、スッキリした。
マンションがすぐそこに見える。今夜はゆっくり眠れそうだ。翔にお礼言わなきゃ。誕生日プレゼントありがとって。
数歩も歩かない内に、後ろから浅倉が駆けて来る音が聞こえてきた。浅倉の左腕が、私の左肩に回った。
「お前なぁ、ちったぁ待てって。言い逃げかよ?」
私の右肩の上から浅倉の声がした。
「別に、逃げてないわよ」
浅倉が眉根を寄せ、右手で眉間を押さえた。前、見えてるのかな。
「浅倉、そんな歩き方してたら転ぶよ?」
そう言った私の目の隅に、マンションの光が映った。私と翔の部屋に灯りがついている。
「あれ?」
思わず声が出ちゃった。
翔、いるの? リカちゃんと会ってるんじゃなかったっけ? てっきり出かけてるんだと思ったのに、家デートしてるの?
いいや、せっかくだし、一緒に誕生日祝っちゃおう。ケーキもあるし。
「寄ってく?」
浅倉に聞いてみた。どうせ祝うなら、大勢の方がきっと楽しいもの。
「いや、それはまずくねぇか?」
「大丈夫よ。翔もリカちゃんもいるし。あ、リカちゃんって言うのは翔の彼女ね」
そう言いながら、私はマンションの玄関へと入って行く。
「いや、だから……」
浅倉は何かぶつぶつ言ってたけど、結局ついて来てくれた。
階段を上って家の玄関の鍵を開ける。
「ただいま」
「――あ、おじゃまします……」
靴を脱いで先に上がる。浅倉が少し困惑した表情のまま、後に続いた。
私の声が聞こえたらしく、玄関の奥にあるリビングの扉が開いて翔が出てくる。
「香蓮? ちょい、早過ぎだ…ろ……」
私の後ろに立っている人物を認め、翔の言葉が小さくなっていった。浅倉が翔に向かって会釈する。
「浅倉さん? 香蓮、呼んだの?」
「そうよ。浅倉、遠慮しないで上がって? 翔、リカちゃん未だいるんでしょ? ケーキ持って帰って来たよ。みんなで食べよ」
私は翔の脇をすり抜けて、リビングへと入る。翔がそのすぐ後について来た。
「いや、いるけどさ。って言うか、それがわかっててなんで帰ってくるんだよ、香蓮!」
「なんでって、ここ私の家じゃない。帰って来ちゃダメだった?」
「そうじゃなくて。リカは実家住まいなの。なんでわかんないかなぁ?」
翔が何か言ってたけど、私は台所へ直行して、とりあえずケーキを冷蔵庫に入れる。リビングの方を見ると、リカちゃんがテーブルの前に座って、苦笑していた。その視線の先には、翔と浅倉がいる。どうやら、翔が浅倉に何か話しかけているみたいだ。浅倉の表情が少し狼狽えてる。何言われてるのかしら?
「お帰りなさい、香蓮さん。早かったんですね」
リカちゃんがとことこと台所へ歩いて来た。そして私の隣まで来ると、少し背伸びして私の耳に口を寄せた。
「あれが、『浅倉さん』ですか?」
「えぇ、そうだけど……なんでリカちゃんが知ってるの?」
思わずリカちゃんの顔を見る。リカちゃんはにっこり笑った。
「翔君に聞きました。かっこいい方ですね」
なんとなく翔と浅倉の立ってる方を向いた。ちょうど向こうの2人もこっちを見ていたから、お互いに見合う形になった。
「おい、リカ! 酒買いに行くぞ。みんなで飲むには、多分、足りねぇだろ」
翔が言った。何、その投げやりな言い方。すっごい不機嫌な声なんだけど。
「うん」
リカちゃんが翔の方へ歩く。翔は私の方を見ながら続けた。
「香蓮、俺たちコンビニ行ってくるから、ちょっと摘める物用意しといて」
「わかった……」
なんだかよくわからないけど、どうも翔は怒ってるみたいで。私は逆らわない方がよさそうだと判断した。
翔がリカちゃんを伴って玄関の方へと消えた。




