side Daichi - 37
えっと、つまり、だ。
永野と翔は誕生日が同じなワケで。そしてその誕生日は今日なワケで。生まれる前から一緒にいたってことは、永野と翔は双子――?!
そういや、入社したばっかのときに、双子の弟がいるって言ってた気がする。それにいつだったか忘れちまったけど、美容師やってるとか言ってた……。てっきり弟は地元にいるんだとばっかり思ってたけど。確かに永野は、弟がどこに住んでるかとか、はっきり言ったことねぇよな。
「浅倉? どうかしたの?」
永野の声がする。一応、確認した方がいいよな?
「……あのさ。一つ確認しときたいんだけど」
「何?」
「翔って、その、お前の……弟…なわけ?」
「そうよ?」
永野が即答した。
「双子の?」
「えぇ、あんまり似てないけど」
また即答かよ。
「で、美容師やってるって言う?」
「そんな事までよく覚えてるわね。私、そこまで言ったことあったっけ?」
またまた即答。
「あ、そう……」
オレはため息をついた。グラスを手に取ると、一気にカクテルを飲み乾す。そして空のグラスをテーブルに置くと椅子に背を預けた。永野の顔をまともに見れなくて、窓の方へ身体を向ける。
えっと、つまりなんだ? オレは弟に対してずっとヤキモチ妬いてたっつーコトか?
でも、翔はオレが勘違いしてることに気がついてたよな。そうじゃなきゃ、わざわざあんな挑発的な態度で今日ここに来いなんて言わねぇもんなー。っつーか、それなら素直に教えろよ。
あーオレ、ホント馬鹿。穴があったらマジで入りてぇ。
「翔から何も聞いてないの?」
永野がオレに聞いてくる。あんまり聞くな。オレは嘘を付かない範囲で、事実を答えた。
「あぁ、何も。翔って名前聞いただけ」
「じゃあ、なんで来たの?」
だから、そーゆーことを聞くなっての。本当のコト言うには恥ずかし過ぎるだろ。
「――昨日、帰ろうとしたら会社の前に翔がいて、明日ここに来てくれって。まさか本人が来ねぇとは思わなかった」
しばらく間が空いた。永野がどんな表情をしてるのか気にはなったが、恥ずかしくてそっちを向けないオレがいる。オレ、根性無し。
「ごめんね。謝るね」
永野が言った。
「何が?」
何で永野が謝る? お前が謝る必要なんて、全くねぇだろ。
「翔は多分、私のために浅倉を呼んだから。だから、翔のこと許してね」
「別に怒ってねぇって」
あー……この言い方じゃあ、怒ってるように聞こえるわな。
小さなため息が聞こえてきた。そして永野の声も。
「……ねぇ、正直に答えて欲しいんだけど」
「なんだよ?」
「浅倉、最近なんだか私のこと避けてない? それとも、プレスリリースのせいで余裕なかっただけ?」
予想外の質問に、オレは永野の方を見た。永野は今までに見せたことのない表情でオレを窺っている。オレの答えを待っている。その姿は、儚いと言うか、心許ないと言うか……。なんか、すげぇ、永野を守ってやりたいと思った。
「後者」後ろめたい気持ちを隠してオレはそう断言すると、永野に向き直り笑いかけた。「避けてるように感じてたなら謝る。来週からまた、OJT頼むな」
永野も安心したように微笑む。その笑顔が、めちゃくちゃ綺麗で、オレは心臓にさっきとは違う痛みを感じた。
「お待たせいたしました。オードブルでございます」
また突然、男の声がした。さっきと同じ男が料理の皿を手にテーブルの脇に立っていた。
慌ててナプキンを膝に敷くと、テーブルの上に料理が並べられる。見るからに美味しそうだ。店の照明を受けて、料理がきらきらと輝いて見えた。
店員が下がった後、永野と2人で食事前の挨拶をし、早速いただく。見た目からかなり期待していたが、その通りの味がした。
自分のバカさ加減を隠すのに、素面じゃやってられねー。オレは途中ワインを頼み、永野と2人の時間を楽しんだ。今まで全然話してなかった分を取り戻したくて。余計に饒舌になる。向かいにいる永野も、さっきの一瞬見せた表情が嘘だったみたいにすげぇ楽しそうだ。
やっぱりオレは、永野には、凛として、強く綺麗でいて欲しい。オレはそんな永野が好きなんだ。だからオレは、永野がそうあり続けられるように、オレ自身の手で守りたいと、そう思った。
「そう言えば、翔は何て言って浅倉をここに呼んだの?」
永野がオレに聞いてきた。おいおい、今更その話をぶり返すか。正直に言えるか!
オレはにやりと笑った。
「秘密。そう言うお前は?」
「翔は優しいの。私のこと、心配してくれたの」
「へいへい。それはさっき聞いた」
オレは耳だけ永野の話に意識を向け、空になったグラスにワインを注ぐ。
「そう、さっき浅倉に聞いたでしょ? 私のこと避けてるのかって」
「あぁ、悪かった」
ワインボトルをテーブルに置き、グラスを指で挟んだ。永野はソルベ用のスプーンを手にしたまま話し続けている。
「ホラ、私たち同じ会社にいるじゃない。それに、同じ部署にいるし、同じサークルにも所属してるし。他の人たちよりも同期仲もいいみたいだし」
「そうだな」
オレはワイングラスに口を付けた。独特な渋みを含んだ芳醇な香りがふわりと鼻をくすぐる。それに気を取られていて、その後に続いた永野の言葉をオレは聞き流していた。
「まだまだ長い会社人生、これからも上手くやって行きたいじゃない。おまけに、私、浅倉のこと好きだしね。だから、私、その件で結構塞ぎ込んでたのよね。私の様子がおかしいって翔が気づいて、浅倉ときちんと話せってセッティングしてくれたの。私も今日、浅倉が来るまで、翔と2人で食事するんだと思ってたのよ?」
――?!
聞こえて来た言葉に驚いて、オレはグラスを置いた。永野は何事もなかったようにソルベを食べ続けている。空耳……か?
永野が顔を上げた。
「どうかした?」
「永野、お前、今、何て言った?」
「え? 『浅倉が来るまで、翔と2人で食事するんだと思ってた』? それがどうかした?」
「ん、あ、いや……。――すまん、気のせいだ、多分」
「そう? ならいいんだけど」
やっぱり空耳か。いや、それにしちゃハッキリ聞こえた気がしたんだけどな。
オレはテーブルの上に置かれたワインボトルを軽く駒のように回し、ラベルを自分の方に向けた。ボトルの中身はは既に半分程にまで減っている。オレ、飲み過ぎたか? いくら飲みたい気分だったっつっても、やっぱり1人でボトルはやり過ぎだったかもしんねぇ。
それに、そーいう話をするなら、オレから言いたいし。
ソルベの後、『仔牛のステーキ、フォアグラ乗せ』とかいうすげぇ美味しかった肉料理の後、デザートとコーヒーと続く。そして最後にはホールケーキまで運ばれてきた。
ケーキの上のプレートには、『 Happy Birthday 』の文字。
そうか。
「そっか、そういやさっき、誕生日だって言ってたな」オレは永野に笑いかけた。「おめでとう、永野」
プレゼントも何も用意してねぇけど。未だそんなのあげられる立場でもねぇけど。
いつか、堂々と渡せるようになりたい。
「ありがと、浅倉」
そう言った永野は、すげぇ綺麗だった。




