side Karen - 37
「浅倉? どうかしたの?」
「……あのさ。一つ確認しときたいんだけど」
浅倉が俯いたまま言った。手と髪が邪魔で表情が見えないけど、怒ってるような、呆れているような、そんな声だ。
「何?」
「翔って、その、お前の……弟…なわけ?」
「そうよ?」
「双子の?」
「えぇ、あんまり似てないけど」
「で、美容師やってるって言う?」
「そんな事までよく覚えてるわね。私、そこまで言ったことあったっけ?」
「あ、そう……」
浅倉はそう言うと大きくため息をついた。そして顔を上げると、グラスの中を一気に煽った。空になったグラスをテーブルに置き、そのまま背を椅子に預け、体ごと窓の外の方を向いた。すごく、遠い目つきで。
「翔から何も聞いてないの?」
「あぁ、何も。翔って名前聞いただけ」
「じゃあ、なんで来たの?」
「――昨日、帰ろうとしたら会社の前に翔がいて、明日ここに来てくれって。まさか本人が来ねぇとは思わなかった」
会社の前で待ち伏せ? ――翔、そこまでしたの?! さすがに恥ずかしくなる。
一方浅倉は全然動かない。表情すら変わらない。私の方を見ようとさえしてくれなかった。やっぱり、嫌われてる……のかな。
「ごめんね。謝るね」
「何が?」
「翔は多分、私のために浅倉を呼んだから。だから、翔のこと許してね」
「別に怒ってねぇって」
そう言う浅倉の声は、でも明らかに不機嫌だ。そしてやっぱり動こうとしない。私は小さくため息をついた。私は自分のグラスを手に取ると、カクテルを一口飲んだ。
「……ねぇ、正直に答えて欲しいんだけど」
そう言いながらグラスをテーブルに置く。出来れば目を見て聞きたかったけど。
「なんだよ?」
「浅倉、最近なんだか私のこと避けてない? それとも、プレスリリースのせいで余裕なかっただけ?」
浅倉が首を動かして私を見た。私は不安を隠すのに精一杯だ。何でもない風を装って、浅倉を見つめ返す。
「後者」浅倉が言った。「避けてるように感じてたなら謝る。来週からまた、OJT頼むな」
浅倉はそう言いながら身体をテーブルの方に戻すと、悪戯っぽい笑顔を作った。その笑顔に魅せられて私も笑った。
「お待たせいたしました。オードブルでございます」
また突然声がした。いつの間に来ていたのか、店員さんがテーブルの脇にトレイを手に立っている。私たちは慌ててナプキンを膝に敷いた。
それが終わるのを見計らって店員が目の前に皿を置き、お料理の説明をしてくれる。野菜とホタテ、スモークサーモンが少しずつ彩りよく盛られたマリネだ。店員さんが去ってから、ナイフとフォークを持つ。口にした料理はとても美味しかった。口コミで評判が広まっているっていう、翔の話も頷ける。
18時半を過ぎると、店の中は満席になっていた。
食べるペースを考えてお料理が運ばれてくる。前菜の後は、スープ、魚料理と続き、合間には焼きたてのパンも運ばれてきた。どれも、見た目も味も素敵だった。お料理が美味しいと話も弾む。私たちは、1ヶ月近くほとんど話していなかったのが嘘みたいに、その時間を取り戻すみたいにして話した。口直しのソルベが来る頃には、前に2人で飲みに行ったときさながら、2人で笑い合っていた。
浅倉は、コース料理とは別に頼んだ赤ワインを飲んでいる。少し酔っているのか、暗めの照明でもほんのりと赤くなっているのがわかった。
「そう言えば、翔は何て言って浅倉をここに呼んだの?」
私はなんとなく聞いてみた。別に深い意味があったわけじゃないんだけど。翔と浅倉って殆ど面識がないはずなのに、何で浅倉は来てくれたのかなって思って。
浅倉は一瞬怯んだけど、またいつもの悪戯っぽい笑顔を作ると言った。
「秘密。そう言うお前は?」
「翔は優しいの。私のこと、心配してくれたの」
「へいへい。それはさっき聞いた」
浅倉はそう言いながら、ワインをボトルからグラスに注ぐ。
「そう、さっき浅倉に聞いたでしょ? 私のこと避けてるのかって」
「あぁ、悪かった」
「ホラ、私たち同じ会社にいるじゃない。それに、同じ部署にいるし、同じサークルにも所属してるし。他の人たちよりも同期仲もいいみたいだし」
「そうだな」
浅倉は相槌を打つと、ワインに口を付ける。私はソルベにスプーンを入れながら続けた。
「まだまだ長い会社人生、これからも上手くやって行きたいじゃない。おまけに、私、浅倉のこと好きだしね。だから、私、その件で結構塞ぎ込んでたのよね。私の様子がおかしいって翔が気づいて、浅倉ときちんと話せってセッティングしてくれたの。私も今日、浅倉が来るまで、翔と2人で食事するんだと思ってたのよ?」
浅倉が無言なのに気付いて、私は顔を上げた。浅倉が驚いた顔で私を見つめている。
「どうかした?」
「永野、お前、今、何て言った?」
「え? 『浅倉が来るまで、翔と2人で食事するんだと思ってた』? それがどうかした?」
「ん、あ、いや……。――すまん、気のせいだ、多分」
浅倉はそう言って少しだけ微笑み、またワインを飲んだ。でも、何かしっくり来ていないような、そんな表情だ。
「そう? ならいいんだけど」
私はそう言いつつ少し考える。そして、思い当たった。あまりにすんなりと言葉になっちゃったから、自分が浅倉に好きだって告げた意識もなかった。
あ……。
どうしよう?
「お待たせいたしました。お肉料理になります」
すごくタイミングよく、店員さんが、またテーブルの脇にやって来た。テーブルに置かれていた空の皿を取り、代わりに湯気の立つ料理の乗った皿を置く。
「仔牛のステーキ、フォアグラ乗せになります。季節のお野菜を素揚げしたものを添えております。ソースと絡めてお召し上がりくださいませ」
そう言うと、物腰柔らかに礼をして去って行く。
「……」
「……」
なんとなく2人無言になった。運ばれて来た料理とお互いの顔とを交互に眺める。やがて浅倉は苦笑すると、冷めないうちに食うか、とナイフとフォークを手に取った。
お肉料理の後にはデザートプレートとコーヒーが出された。デザートプレートは、甘いものが苦手な私でも食べられる上品な味だ。それだけで十分たくさんあったのに、さらにワゴンで小さなホールケーキが運ばれてくる。
「あ……」
ケーキの上に乗っているプレートには、『 Happy Birthday 』の文字があった。
「そっか、そういやさっき、誕生日だって言ってたな。おめでとう、永野」
浅倉がそう言って、笑顔をくれた。それだけですごく嬉しい。
「ありがと、浅倉」
翔も、ありがとう。私は心の中でお礼を言った。




