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不器用な片想い  作者: 長月マコト
【本編】 第14章 - 7/11
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side Karen - 37

「浅倉? どうかしたの?」

「……あのさ。一つ確認しときたいんだけど」

浅倉が俯いたまま言った。手と髪が邪魔で表情が見えないけど、怒ってるような、呆れているような、そんな声だ。

「何?」

「翔って、その、お前の……弟…なわけ?」

「そうよ?」

「双子の?」

「えぇ、あんまり似てないけど」

「で、美容師やってるって言う?」

「そんな事までよく覚えてるわね。私、そこまで言ったことあったっけ?」

「あ、そう……」

浅倉はそう言うと大きくため息をついた。そして顔を上げると、グラスの中を一気に煽った。空になったグラスをテーブルに置き、そのまま背を椅子に預け、体ごと窓の外の方を向いた。すごく、遠い目つきで。

「翔から何も聞いてないの?」

「あぁ、何も。翔って名前聞いただけ」

「じゃあ、なんで来たの?」

「――昨日、帰ろうとしたら会社の前に翔がいて、明日ここに来てくれって。まさか本人が来ねぇとは思わなかった」

会社の前で待ち伏せ? ――翔、そこまでしたの?! さすがに恥ずかしくなる。

一方浅倉は全然動かない。表情すら変わらない。私の方を見ようとさえしてくれなかった。やっぱり、嫌われてる……のかな。

「ごめんね。謝るね」

「何が?」

「翔は多分、私のために浅倉を呼んだから。だから、翔のこと許してね」

「別に怒ってねぇって」

そう言う浅倉の声は、でも明らかに不機嫌だ。そしてやっぱり動こうとしない。私は小さくため息をついた。私は自分のグラスを手に取ると、カクテルを一口飲んだ。

「……ねぇ、正直に答えて欲しいんだけど」

そう言いながらグラスをテーブルに置く。出来れば目を見て聞きたかったけど。

「なんだよ?」

「浅倉、最近なんだか私のこと避けてない? それとも、プレスリリースのせいで余裕なかっただけ?」

浅倉が首を動かして私を見た。私は不安を隠すのに精一杯だ。何でもない風を装って、浅倉を見つめ返す。

「後者」浅倉が言った。「避けてるように感じてたなら謝る。来週からまた、OJT頼むな」

浅倉はそう言いながら身体をテーブルの方に戻すと、悪戯っぽい笑顔を作った。その笑顔に魅せられて私も笑った。

「お待たせいたしました。オードブルでございます」

また突然声がした。いつの間に来ていたのか、店員さんがテーブルの脇にトレイを手に立っている。私たちは慌ててナプキンを膝に敷いた。

それが終わるのを見計らって店員が目の前に皿を置き、お料理の説明をしてくれる。野菜とホタテ、スモークサーモンが少しずつ彩りよく盛られたマリネだ。店員さんが去ってから、ナイフとフォークを持つ。口にした料理はとても美味しかった。口コミで評判が広まっているっていう、翔の話も頷ける。

18時半を過ぎると、店の中は満席になっていた。

食べるペースを考えてお料理が運ばれてくる。前菜の後は、スープ、魚料理と続き、合間には焼きたてのパンも運ばれてきた。どれも、見た目も味も素敵だった。お料理が美味しいと話も弾む。私たちは、1ヶ月近くほとんど話していなかったのが嘘みたいに、その時間を取り戻すみたいにして話した。口直しのソルベが来る頃には、前に2人で飲みに行ったときさながら、2人で笑い合っていた。

浅倉は、コース料理とは別に頼んだ赤ワインを飲んでいる。少し酔っているのか、暗めの照明でもほんのりと赤くなっているのがわかった。

「そう言えば、翔は何て言って浅倉をここに呼んだの?」

私はなんとなく聞いてみた。別に深い意味があったわけじゃないんだけど。翔と浅倉って殆ど面識がないはずなのに、何で浅倉は来てくれたのかなって思って。

浅倉は一瞬怯んだけど、またいつもの悪戯っぽい笑顔を作ると言った。

「秘密。そう言うお前は?」

「翔は優しいの。私のこと、心配してくれたの」

「へいへい。それはさっき聞いた」

浅倉はそう言いながら、ワインをボトルからグラスに注ぐ。

「そう、さっき浅倉に聞いたでしょ? 私のこと避けてるのかって」

「あぁ、悪かった」

「ホラ、私たち同じ会社にいるじゃない。それに、同じ部署にいるし、同じサークルにも所属してるし。他の人たちよりも同期仲もいいみたいだし」

「そうだな」

浅倉は相槌を打つと、ワインに口を付ける。私はソルベにスプーンを入れながら続けた。

「まだまだ長い会社人生、これからも上手くやって行きたいじゃない。おまけに、私、浅倉のこと好きだしね。だから、私、その件で結構塞ぎ込んでたのよね。私の様子がおかしいって翔が気づいて、浅倉ときちんと話せってセッティングしてくれたの。私も今日、浅倉が来るまで、翔と2人で食事するんだと思ってたのよ?」

浅倉が無言なのに気付いて、私は顔を上げた。浅倉が驚いた顔で私を見つめている。

「どうかした?」

「永野、お前、今、何て言った?」

「え? 『浅倉が来るまで、翔と2人で食事するんだと思ってた』? それがどうかした?」

「ん、あ、いや……。――すまん、気のせいだ、多分」

浅倉はそう言って少しだけ微笑み、またワインを飲んだ。でも、何かしっくり来ていないような、そんな表情だ。

「そう? ならいいんだけど」

私はそう言いつつ少し考える。そして、思い当たった。あまりにすんなりと言葉になっちゃったから、自分が浅倉に好きだって告げた意識もなかった。

あ……。

どうしよう?

「お待たせいたしました。お肉料理になります」

すごくタイミングよく、店員さんが、またテーブルの脇にやって来た。テーブルに置かれていた空の皿を取り、代わりに湯気の立つ料理の乗った皿を置く。

「仔牛のステーキ、フォアグラ乗せになります。季節のお野菜を素揚げしたものを添えております。ソースと絡めてお召し上がりくださいませ」

そう言うと、物腰柔らかに礼をして去って行く。

「……」

「……」

なんとなく2人無言になった。運ばれて来た料理とお互いの顔とを交互に眺める。やがて浅倉は苦笑すると、冷めないうちに食うか、とナイフとフォークを手に取った。


お肉料理の後にはデザートプレートとコーヒーが出された。デザートプレートは、甘いものが苦手な私でも食べられる上品な味だ。それだけで十分たくさんあったのに、さらにワゴンで小さなホールケーキが運ばれてくる。

「あ……」

ケーキの上に乗っているプレートには、『 Happy Birthday 』の文字があった。

「そっか、そういやさっき、誕生日だって言ってたな。おめでとう、永野」

浅倉がそう言って、笑顔をくれた。それだけですごく嬉しい。

「ありがと、浅倉」

翔も、ありがとう。私は心の中でお礼を言った。

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