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不器用な片想い  作者: 長月マコト
【本編】 第14章 - 7/11
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side Karen - 36

椅子のガタガタという音に、携帯電話から顔を上げると、浅倉が立ち上がろうとしていた。

「オレ、帰るわ」

「えっ、なんで……」

「アイツ、来るんだろ?」

浅倉は私の携帯電話を見つめた。

もしかして、メールの相手が翔だってわかったの?

内容まで知られてたら、という思いに駆られて、私はまた熱くなった。

浅倉は私のことを少しの間見下ろすと、口を開いた。

「じゃあな、アイツによろしく」

立ち去ろうとする浅倉に、私はとっさに手を伸ばした。

「待ってよ」

私が掴んだのは、浅倉の腕だった。浅倉が振り返って私を見つめる。

「お前なぁ」浅倉がため息をついた。「アイツが来るんだろ? オレがいちゃまずいだろーが」

「来ない」

私は俯いた。

「はぁ?」

「来ないよ。今、そうメールがあったから」

「……全然意味わかんねーんだけど」

「とにかく、座ってよ。話くらい聞いて」

私は浅倉を掴んだまま見上げた。見下ろす浅倉が眉根を寄せている。そのまま私たちは対峙した。

しばらくして、浅倉は小さくため息をつき、諦めたように表情を緩ませた。

「わーったよ。手ぇ放せ。座れねー」

私がゆっくりと手を放すと、浅倉は何か言いたそうに口を開きかけたけど、思い直したように席に戻った。

「何か問題がございましたか?」

突然、低い落ち着いた声が私たちにかかった。見ると受付にいた男性が穏やかな表情で立っている。左手にはトレイがあり、その上には仄かなピンクに色づく液体の入ったグラスが2つ乗っていた。

「あ、いえ……」

浅倉が言った。店員さんはにこにことしながら軽く頷くと、私たち2人の前にそのグラスを置いた。

「本日は、浅倉大地様、永野香蓮様の2名様でご予約を承っております。当レストランへおいでくださいましてありがとうございます。

 今お持ちしましたのは、食前酒でございます。旬のサクランボを使ったノンアルコールのカクテルとなっております。お食事は頃合いを見てお持ちいたしますので、もうしばらくお待ちくださいませ」

そう言って、丁寧に礼をすると店員さんは下がって行った。

浅倉に視線を戻すと、また眉間に皺を寄せていた。でも首を傾げてるから、多分怒ってるわけじゃなくて、混乱してるんだと思う。

「今、あの店員、オレとお前との名前で予約が入ってるって言ったか?」

浅倉の問いに私は頷いた。

「……翔、は?」

「だから、来ないって言ってるじゃない。私の話聞いてた?」

「そうじゃねーよ。オレ、翔に呼ばれて来たんだけど」

「うん、知ってる」

「は?」

「さっき届いたメールに、そう書いてあった」

翔は、今日のこの場を用意してくれただけ。多分、私のことを心配してくれてるんだと思う。私がなんで元気がないのか、翔にはとっくにバレてたんだね。

って言うか、そこまでわかってるなら、浅倉に避けられてる私の身にもなってよ、翔。

確かに、今さら気付いた気持ちだけど……。『ちゃーんと自分の気持ち伝えろ』って簡単に言うけど、避けられてる人に伝えるなんて、すごく勇気が要るよ。

浅倉に何て言えばいいんだろう? どう言えば、うまく伝わるんだろう? 伝えた後は? 来週には一緒に旅行にも行くんだし、ぎこちない関係にはなりたくない……。

「あ、そう」

浅倉はそう言ってグラスを手に取ると口を付けた。その途端、眉間の皺が消える。

「美味い」

浅倉がそう呟いたのが聞こえてきた。私も自分のグラスを手に取る。炭酸の泡が絶えず湧き出ていて、グラスの底に沈むサクランボはルビーみたいに輝いていた。ノンアルコールって言ってたし、大丈夫よね。私もグラスを傾けた。口の中にふんわりと爽やかな香りが広がる。確かに、美味しい。

カクテルが喉を通っていく。それが、ずっと胸に痞えていたものを一緒に押し流してくれた気がした。苦しさが抜け、なんだか急に落ち着いてくる。

私は飲み掛けのグラスをテーブルに置くと、背筋を伸ばして正面を見た。何故か浅倉も私の方を見ていたらしく、目が合った。

「翔はね」私は口を開いた。「多分、私のことを心配してくれたの」

浅倉は黙っている。その視線は手に持つグラスの中のさくらんぼを捕らえていたけど、私は構わずに続けた。

「翔って釣り目だし、初めて会った人には、怖いとか気難しそうとか思われることが多いらしいんだけどね。でも、実際はすごく優しいんだ。私の話も嫌がらずに聞いてくれるし、相談にも乗ってくれる。私よりも、私のことをよくわかってくれてるのかもって思うこともあるくらいだし。

 子供の頃は弱虫でよく泣いてて、私の方が強かったくらいなんだけど。いつの間にか、一人前の男になってたんだよね」

「ふぅん」浅倉もグラスをテーブルに置いた。「仲いいんだな」

「そうね。他の人たちと比べたことないけど、多分、普通よりも仲いいんじゃないかな」

「そっか」

浅倉はさっきからずっと、グラスを見つめたままだ。

しばらく沈黙が落ちる。

「今のが、さっき聞いて欲しいって言ってた話か?」

ぽつりと浅倉が言った。

私は首を横に振った。違う。私が伝えたいのは、あんな話じゃなくて、私の気持ちだ。私がそう言おうと口を開きかけたとき、浅倉が言葉を重ねてきた。

「翔は今、家にいるのか?」

「んー……多分、いないんじゃないかな。女の子といるはずだし」

浅倉が、ゆっくりと顔を上げて私の方を見た。

「ちょっと待て。お前それでいいのかよ?」

「何が?」

「今、翔が、女と一緒にいるって……」

「オンナって彼女さんよ? 他の子だったら私も怒るけど。

 誕生日だもの、やっぱり私とよりも彼女と一緒に過ごしたいわよね。翔が私のことをよく知ってるように、私も翔のことわかるの。翔とはずっと一緒に過ごして来たもの。今日で、27年……あ、もっと前か。生まれる前から一緒にいるから」

私が言い終わらないうちに、浅倉は両腕の肘をテーブルに着いて手で頭を抱えた。前髪がカーテンみたいに降りて、浅倉の表情が見えなくなった。

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