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不器用な片想い  作者: 長月マコト
【本編】 第14章 - 7/11
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side Daichi - 35

オレは、その建物の入り口で立ち止まった。

18時前。翔に指定されたそこは、真っ黒い外観の建物だった。外から見ただけじゃ、何の場所か全く分かんねーな。

手の中にあるメモ用紙に書かれた地図は、昨日翔にもらったものだ。それを握りしめて逡巡する。

でも、逃げ出したくなかった。今日の件は、翔からの挑戦だと思った。

負けたくねー。オレは覚悟を決めて、中に入った。


中に入ると雰囲気は一変し、そこには洒落たインテリアのエントランス。

すぐ目の前のカウンターには、店員と思われる白シャツに黒の蝶ネクタイの若い男が立っていた。

……どう見ても、昨日の話の続きをするような店じゃねぇぞ?

なんで翔はこんな場所を指定して来たんだ? あいつ、今日も仕事があるって言ってたよな。仕事場から近いのか?

うろたえているオレに向かって、蝶ネクタイの男が声をかけてきた。

「いらっしゃいませ。お名前をお伺いしてもよろしいですか?」

「あ……」

そう言えば、翔の苗字知らねーや。メモには、地図とケータイしか書かれてなかったし。

なんて言えばいいんだ? 『翔』って言っても通じねーだろうしな……。

「あの、失礼ですが、もしかして浅倉様でいらっしゃいますか?」

蝶ネクタイの男の方が心得ていたようで、オレの名を呼んだ。

「えぇ、はい……」

なんだこの間抜けな答え。あー、オレ、すっかり気遅れしてやがる。店に入ったときの勢いが完全になくなってるじゃねーか。

でも、蝶ネクタイの男は気に留めなかったみてーだった。カウンターを出てオレの近くまで来ると、優しく微笑みかける。そして言った。

「お連れ様は既にお見えです。ご案内しますので、どうぞ、こちらへ」

なんだ、翔、もう来てんのか。

オレは先に歩きだした男の後に付いて、店の奥へと進んだ。


昨日の続きを、今日は翔と話すはずだ。

何を話すのか、具体的にはわかんねーけど。っつーか、そもそも翔がオレと話をする目的が全然わかんねーんだけど。あいつにとっては、何の得にもならねぇはずだし。

でも多分、それもオレの気持ち次第だろう。オレの気持ち次第で、翔と話す内容も変わるはずだ。

オレの気持ち? 決まってる。永野が好きだ。

でも、それと、オレがどうしたいかってのとは話が別だ。

オレの中で、オレ自身の手で永野を幸せにしたいっていう願いと、今永野が幸せならそれでいいって思いと、その両方があるから。

いつの間にか、両手で強く拳を作っていた。明らかに、緊張してるよな、オレ。


自分を落ち着かせるためにも、前を歩く店員越しに店の中を眺めた。

店は決して広くない。どちらかっつーと、小さい部類だ。テーブル席が6つだけ。未だ時間が早いからか、壁際に置かれたテーブル席には、未だ全然客がいなかった。

ただ、一番奥のテーブル席に、オレの方に背を向けて大きなガラス窓の方を眺めている女性の姿があった。店の間接照明で艶めいている黒く長い髪が、なんとなく永野を思い出させた。

――って、永野がここにいるはずねーし。こんなときにオレは何を考えてんのかね?

でも、翔らしき姿は見えねぇ。彼女以外に店内に人影もねぇ。店員は翔が先に来てるって言ってたから、ちょっと席を外してるだけなのかもな。ま、すぐに戻って来るだろ。

そんなことを考えている内に、店員はどんどん店の奥へと進む。

その、黒髪の女性が座る席へと進んでいく。

……なんだ?

オレは、変な予感に動悸が速くなって来たのを感じた。

店員がようやく立ち止まった。それはやっぱりその女性の座るテーブル席の前。

コイツ、間違ってるんじゃねぇの? オレのツレ、『翔』なんだけど。

そう声をかけようとしたとき、店員が女性に向かって軽く礼をし、声をかけた。

「失礼します。お連れ様がお見えです」

おいおいおいおい、嘘だろ? マジかよ?

だから、今日のオレのツレは翔だって――……


振り返った女性の顔を見て、オレの思考回路は停止した。

相手もすっげぇ驚いた表情でオレを見ている。

大きな瞳がさらに大きく見開かれていた。


その女性は、永野だった。永野香蓮、その人だった。


「どうぞ」

という静かな声に促され、オレは放心したまま椅子に座る。

永野の驚いた視線がオレの動きを追っているのがわかった。オレも同じくらいずっと永野のことを見ていたから。

ちょっと待て、落ち着け、オレ。

オレは、翔に会いに来たんだよな? 何で永野がいる?

「なんで永野が……」

我知らず、言葉が口から零れる。正直な今のオレの気持ちそのままだ。


突然、携帯電話の音が短く鳴った。

弾かれたように永野がバッグを手に取る。オレもその音で我に返った。

携帯電話を取り出す永野を眺める。正面からきちんと永野を見るのは久しぶりだ。多分……段ボールを運んだとき以来。

あのとき、たまたま触れてしまった瞬間の永野の表情を思い出して、胸がちくりと痛んだ。

永野は携帯電話を手に取ると、何か操作して画面を見ている。あぁ、メールか。

メールを読んだ永野の目が一瞬見開き、次に頬に赤身が射す。

――翔から、か。

永野の表情を見て、オレは直感的にそう思った。大方、仕事が長引いててここに着くのが遅れるとか、そういう内容だろう。

昨日、翔はオレに何も告げなかったが、翔はもともと三人で会うつもりだったみてーだな。永野も来るって初めから言ってたら、オレが来ないと思ったのかもしんねー。

それにしても、アイツが何がしたいのかさっぱりわかんねー。自分とカノジョとの食事に、横恋慕してる男を誘うか、普通? 永野の気持ちも考えてやれよ。

完全にオレ、邪魔者じゃねぇか。

それとも、オレにわざわざ見せつけるために仕組んだのか?

永野は相変わらず携帯電話の画面を見つめている。

オレは小さくため息をつき、拳を握りしめた。

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