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不器用な片想い  作者: 長月マコト
【本編】 第12章 - 7/06
72/92

side Daichi - 34

数日前、プレスリリースが終わった。

やっと終わったか……。

というのが今の正直な気持ちだ。


オレは結果的に、この製品プロジェクトの企画から開発、発売前マーケティングまで関わった。それだけに、今は、大きな仕事を終えた達成感と、妙な感慨深さと、自分の手を離れいった寂しさとがオレの中で混在している。プレスリリースを終えた今、後は営業部のヤツらに任せるしかねぇしな。

ずっと続いていた深夜帰宅からもようやく開放された。ここ数日は、プレスリリースの後処理をぼちぼちと片付けている。


来週からはまた、永野との仕事に戻ることになっている。

前はそれが単純に嬉しいって思えたけど、今は気が重い以外のなにものでもねー。


オレは、永野のことが好きだった。

男勝りで、負けず嫌いで、運動神経もよくて、明るくて、賢くて、頑張り屋で、芯が通ってて、凛としていて。

十分人を惹きつける魅力を持っているのに、本人がまるでそれに気付いてねー。

一度だけオレの印を付けた額は、陶器のように艶やかで。一度だけ重ねた唇は、中毒になりそうなくらい信じられないほど柔らかくて。オレは自分の中の衝動を抑えるので精一杯だったっつーのに。

なのに永野はそんなオレの胸の内なんて知ろうともせず、無垢な笑顔で、無邪気なことばで、オレを惑わせやがる。


でも永野には彼氏がいる。だから、オレは永野と距離を置くことにしていた。永野への想いを断ち切るために。

永野の幸せを壊してまでオレのものになって欲しくねーし、それに、要らない感情を持ち込んで、せっかく今まで仲良くしてきた同期の関係を壊したくもねー。

でも、オレのそんな努力は無駄だったらしい。

決心してからもう数週間も経つのに、オレの気持ちはまるで消える気配がねーんだ。小さくすらならねー。むしろ、抑え込んでるせいで余計に強くなっちまった気すらする。

オレは自分で思っていた以上に、永野のことが好きだったらしい。

苦しい。


そういえば、鈴木さんの結婚式が終わったら、永野に自分の気持ちを伝えようとか思ってたっけな。今となっちゃ、とんだ笑い話だ。

いっそ『翔』から奪い取っちまえたら、楽だったのかもしんねーな。

でも、そんなの今更だ。

永野は、あの日からだんだん、オレへの接し方に遠慮が出て来るようになった。オレが永野に対して取っていた態度が、永野をそうさせちまったんだろう。

先に進むことも、後戻りすることも出来ねー。今、そんな感じだ。


そんな状態だっつーのに、1週間後には、オレと永野と正紀と武田と、4人で長野のペンションへ2泊3日の旅行に行くことになっちまってる。

正直言って、普通でいられる自信が全くねー。

多分、オレがやばそうになったら、正紀辺りがフォローしてくれるとは思うが……。


既に人がまばらになっていたフロアで、オレはため息をついた。

18時過ぎ。プレスリリースが終わった後、マーケティング企画部の面々はそれまでの残業分を取り戻すかのように帰宅時刻が早い。

金曜日。今日、永野は用事があるとかで既に帰っている。

オレもこれ以上残って仕事をする理由はない。パソコンの電源を落とすと、もう一度ため息をついた。

「帰るか」

オレはそう呟いて立ち上がった。

お先に失礼します、と誰にともなく言いフロアを出る。お疲れ様ですという声がばらばらと背中越しに聞こえてきた。


会社のビルを出る。外はまだ明るかった。日が長い。もう夏だ。

駅に向かおうと正面を向いたとき、歩道の脇に違和感を覚えた。そこには少し場違いな雰囲気の人影があった。

レーサーバックらしいタンクトップに裾や首周りが切りっぱなしのデザインになっている薄手のTシャツを重ね、かなりダメージのある黒いデニムを履いている。このオフィス街には全然似合わねぇ、個性的な服のセンスの男。

足が自然と止まっちまった。そいつに見覚えがあったから。

『翔』だ。

なんでこいつが? 永野を迎えに来たのか?

そう思ったが、翔はオレに気づくと近づいてきた。

「浅倉さん……ですよね? 先日はどうも」

翔は挑戦的な目でオレの方を見ている。なんか試されてるみてーだ。

その視線に負けないよう、オレは翔と対峙した。

「永野さんなら、今日はもう帰った……」

「いえ、香蓮じゃありません。今日は浅倉さんに用があって。ちょっと時間いいっスか?」

翔がオレに用? 何だ? まぁ時間ならあるか。

オレは頷き、言った。

「どこかに移動するか?」

翔は軽く両手を上げた。

「いえ、今日はここで。すぐ終わりますから。俺も仕事抜け出してきてるんで」

「そんな言い方をするってコトは、別の日に改めて会うってことか? そうまでして、オレに何か用が?」

オレの言葉に翔は少し驚いた表情をし、次に左の拳を口元に当てて苦笑する。

「そんなの、わざわざ俺に確認しなくてもわかってるでしょう、浅倉さん?」

翔が含みのある言い方をする。

あぁ、そうか。なるほどね。こいつは多分、オレの気持ちに気付いてやがる。

確かに、簡単に推測できたはずだ。永野を送っていったときのオレの態度は、少しおかしかっただろうしな。

それにしても、コイツは何が言いたいんだ?

オレは翔の意図が掴めるまで、黙っていることにした。

「浅倉さん、香蓮のこと好きですか?」

翔はイキナリ核心を突いてきた。

否定できない。かと言って、今ここで肯定していいのか?

オレは無言で翔を見つめ返すしかできなかった。

翔はそれを『イエス』だと受け取ったらしい。フッと笑う。

「明日、続きを話しましょう」

翔はポケットから折り畳んだ紙を取り出し、オレに差し出した。オレはそれを受け取って開く。中には、簡単な地図とケータイの電話番号が書かれていた。

「そこに、明日の夜18時に来てください。変な時間ですみません。俺、明日も仕事があるんで。もし来れないようならケータイに連絡ください」

腰を据えて、直接オレと永野の件で話したいってことか。

オレも、このまま引くか、それとも押すか、覚悟決めなきゃなんねーな。

「いや、明日なら大丈夫だ」

オレは言った。

「じゃあ、明日改めて」

翔はにっこりと笑うと、立ち去って行った。

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