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不器用な片想い  作者: 長月マコト
【本編】 第11章 - 6/30
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side Karen - 34

「やっぱり落ち着くな、ここ……」

私は窓辺のソファに座って、上半身を捻るようにして窓の外を眺めていた。

会社のビルの最上階から1つ下の階の休憩室。滅多に人に会わないここは、今日も私一人しかいなかった。

本当は、ここに来るつもりはなかった。鈴木さんの言うとおり、席に戻って伝票を作って、みんなが戻って来る頃に合わせて冷たいお茶を用意しておくつもりだったんだけど。

気がついたら、このフロアにいた。

いつの間にかこんなところに来ちゃうなんて……自覚してる以上に疲れてるのかもしれないな、私。でも、ここでずっと油を売ってるわけにもいかないよね。そろそろ戻った方がいいかな。

そんなことを考えながら時計を見る。もうすぐ19時だ。私は上げようとしていた腰を、またソファに戻した。

今フロアに戻ったら、きっと浅倉と鉢合わせする。

なんとなく、今は浅倉に会いたくなかった。

最近ずっと、浅倉に避けられてるから。わざわざ会う可能性が高いとわかっているところへ行きたくない。

かといって、ここにいてすることがあるわけじゃないんだよね。

私は仕方なく、ぼんやりと窓の外を眺めた。

夏至を過ぎたばかりということもあって、今も外は明るい。


突然、休憩室のドアが開いた。

「あ、ホントにいた」

「真由子?」

真由子だった。私は驚いて名前を呼ぶ。真由子とここで会うのは初めてだ。それくらい、私は誰にもここのことを言ってなかったから。

「もぉー香蓮ってば! さんざん探し回ったんだよ?」

「あ、ごめん……」

「なーんてね」真由子はぺろりと舌を出して悪戯っぽく笑った。「そんな顔しないでよ。冗談なのに」

「なんだ」

私も笑う。そうだよね、真由子と何か約束してたっけって焦っちゃった。

「でも、香蓮を探してたのはホント。旅行の件、浅倉に聞いてくれたかなって思って」

「あ、ごめん……。私、未だ浅倉に聞けてないんだ」

「いいよ。今、直接本人に聞いてきたから」

「本当にごめんね、真由子」

「いいって。確かに、あれは浅倉君が悪い。背中から『声かけるなー』ってオーラがすっごく出てたもん。すぐ隣であんな風に仕事されてたんじゃあ、声かけづらいよね」

真由子は、入り口近くにある飲料機でコーヒーを2つ取って私の方へ来ると、1つを私によこした。そして、私の隣のソファに座って私に笑いかけた。

「すごいね、ここ。本当に誰もいないんだ」

「よく私がここにいるってわかったね」

「あぁ、浅倉君に教えてもらったの。マーケティング企画部のフロアに行ったら浅倉君しかいなくって、ちょうどいいから旅行の件を聞いたんだけどね」そう言いながら、真由子はコーヒーに口を付けた。「香蓮の席のパソコンが点きっぱなしだったのに香蓮がいなかったから、どこにいるのって浅倉君に聞いたら、きっとココにいるって」

私も真由子にもらった分に口を付けた。ブラックコーヒーだ。口の中にほろ苦い香りが広がった。それが喉を通り過ぎて行くとき胸の痞えと同化して、より一層、苦味が増した。

「浅倉、来るって?」

私は聞いてみた。もしかしたら、浅倉は旅行に来ないんじゃないかって思ったから。自分が避けようとしてる人と一緒に過ごそうとするとは思えないし。

「旅行のこと?」

真由子が聞き返す。

「うん」

真由子はもう一口コーヒーを飲むと、ふぅとため息をついた。そして、それがね、と前置きして真由子は言った。

「浅倉君ってば、なんかおざなりな言い方するから私もちょっとムカッと来ちゃって。それで、半ば強引に参加させることにしちゃった。海の日辺りならプレスリリースも終わってるはずだし、浅倉君には休暇が必要よって言って。根詰めて働き過ぎよ」

「そっか……」

浅倉、参加したくないとは言わなかったんだ。そっか。

どこかで、安心してる自分がいることに気付いた。浅倉と顔を合わせづらくて、ここに逃げてきたはずなのに。

「だから、この前言ってた日程で決定よ。香蓮も空けておいてね」

真由子が笑った。私も笑おうとした。だけど私は真由子みたいに屈託なく笑うことができなくて、ぎこちなくなってしまう。

「――香蓮? どうかしたの? なんか元気ないよ?」

「そんなことないよ」

私は言ったけど、真由子は引かない。その目が窺うように私を見ていた。

「嘘。香蓮、最近ずっと元気ないもん。私が気付いてないとでも思ってる?」

真由子に見つめられる。少し咎めるような目つきで。見つめられるって言うよりも、私のことを見透かされているような気がした。

抵抗を試みたけど私の心はすぐに折れた。それくらい、私は今の状況に――浅倉に避けられてるっていう状況に――参っていたらしい。

真由子ならきっと相談に乗ってくれるよね。

「……私ね」ようやく、私は口を開いた。呟くように言う。「浅倉に嫌われてるみたい」


沈黙。


「――それは……ありえないと思うけど」真由子が思慮深げにゆっくりと言った。「なんでそんなこと思うの?」

「最近ね、浅倉に避けられてる気がするんだ」

「そう? 確かに付き合いは悪いけど、それは忙しいからでしょ?」

「うん、そうなんだけどね」

「それがわかってても、香蓮は避けられてるって感じるんだ」

「うん……。最近ずっと、浅倉とは仕事の話しかしてないんだ。用件が済んだら話を打ち切られちゃうし。本当にどうしても必要なときしか、私に話しかけてこないんだ。前はそんなことなかったのに。私、何か浅倉の気に触るようなこと、したかな? それとも、この前の件で、軽蔑……されたかな」

最後の方はほとんど声が出なかった。

胸が痛い……。

「香蓮……」真由子が私の肩を優しく抱いてくれる。「浅倉君のこと、好きなのね」

好き……。

真由子の声が頭の中で反芻される。

浅倉の笑顔が重なる。誰よりも優しいその瞳で、私を安心させてくれた浅倉。

――好き――

気がつくと、私は頷いていた。その瞬間、今まで霧の中にあった想いが確信に変わる。

今、ようやくわかった。翔が言ってた意味も。

そう、私は、浅倉のことが好きなんだ。

そうじゃなきゃ、きっとこんなに悩まない。

そうじゃなきゃ、きっとこんなにつらいって思わない。

そうじゃなきゃ、浅倉の笑顔を思い出して安心したりしない。

私はもう一度、ゆっくりと頷いた。

「そっか……」私の肩に回されていた真由子の腕に、力が籠る。「大丈夫よ。今は浅倉君に余裕がないから、取り繕える状態じゃないだけよ。香蓮とは付き合いが長いから、気が緩んじゃって、ついそんな態度になっちゃうのよ。プレスリリースが終わったら、きっとまた元の浅倉君に戻るって」

真由子が言う。私を勇気づけようとしてくれてるんだ。

そうだったらいいな。

浅倉と前みたいに話したい。一緒に笑ったり、仕事のことで相談したり。

それ以上は望まないから。せめて、私を避けないで欲しい……。

私、自分がこんな風になるなんて、思いもしなかった。

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