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不器用な片想い  作者: 長月マコト
【本編】 第11章 - 6/30
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side Daichi - 33

「疲れた……」

オレは誰もいなくなったフロアの中で、一人呟いた。

さっきまで段ボールを持って階段を数往復してたせいで、いつもよりもずっと体の疲れを感じる。腕がダルい。

鈴木さんとの打合せが終わって、少し離れたところに白井が段ボールを持って地下倉庫から階段を上ってきたのを見たのは、本当に偶然だった。エレベータを使えと声をかけて、すぐにフロアに戻ってくるつもりだったが、エレベータが調整中で、永野と自分の2人で運んでるって聞いたら放っておけるわけねーよな。

だいたい、段ボールの中身は、今オレが準備に携わってる今度のプレスリリースで配る販促品だし。

鈴木さんも白井も、段ボールを運び終えるとすぐに帰って行った。今夜はゆっくり休むよ、と鈴木さんは腕を回しながら苦笑していた。オレも力仕事なんて久しぶりだから、明日には腕も脚も筋肉痛になってそうだ。

オレは伸びをして、隣の席を横目で見た。パソコンが点きっぱなしの席は空のままだ。

その席の主、永野は、オレたちよりも先にフロアに戻ったはずだった。鈴木さんが永野に、段ボール運びはもういいから戻るようにと言ったらしい。

でも、段ボールを運び終えたオレたちが戻ってきたとき、永野は席にいなかった。いつもの永野なら、すぐにここに戻ってきて仕事の続きをするはずなのに。ただわかったのは、帰ったわけじゃないらしいってことだ。パソコンが点いていたから。

――また、上の休憩室にいるのかもな。前に、オレが探しに行ったときに見つけた、最上階の1階下の休憩室。

永野のことが気にならないわけねー。

さっきだって、重い段ボールを持ってる永野が気になって仕方なかった。でも、手伝おうとしたら、アイツはオレに触れられるのを嫌がったんだ。


すげー、ショックだった。


今のオレにしてやれることは、何もねーんだ。むしろ、何もしねー方がいいくらいのはずだ。何かあっても、永野には『翔』がいる。

オレの気持ちは、断ち切らねーと。

そう自分に言い聞かせて、またパソコンのキーボードに手を置く。

もう少しでプレスリリースが終わる。それまでは、忙しいけどがんばらねーと。仕事に集中してる間だけは、永野のことを忘れられる。

フロアの中、キーボードを叩く音が響いた。

しばらく経ったとき、フロアに足音がした。永野が帰ってきたのか。

オレは勝手にそう思って、顔を上げることもなく仕事を続けた。

足音が遠慮がちに近づいてくる。なんか様子がおかしい。永野が自分の席に戻るのに、こんなに気を使うか?

「浅倉君?」

聞き覚えのある、高めの声。オレは声のした方を向いた。そこには武田がいた。なんだ、永野じゃねーのか。

「おぉ、珍しいな、武田さんがここに来るなんて。永野ならいねーぞ」

「そうみたいね。まぁ、浅倉君がいたからいいや」

そういいながら武田はオレの方に近づいて来て、隣の永野の席に座った。

「オレ?」

「うん」武田が座ったまま身を乗り出してきた。「香蓮から何か聞いてない?」

「いんや、何も」

「そっか。まぁ……そうよね」

武田は一瞬何か言いたそうな顔をしたが、思い直したように口を閉じた。そしてオレからいったん視線を外す。何をどう言おうか考えてるらしい。やがて、武田は改めて口を開いた。

「あのね、私たちで長野に遊びに行こうって話が出てるの知ってる?」

そういえば、正紀がそんなこと言ってた気がするな。

「あぁ。正紀に聞いた」

オレは相槌を打った。

「来月の海の日を絡めた3連休がいいんじゃないかってことになったんだけど、浅倉君、その日空いてる?」

その日程なら空いてる。

空いてるが、その旅行って永野も参加するんだよな? もしそうなら、できれば行きたくねーんだけど……。

「正紀も永野も、その日で大丈夫っつーことか?」

オレは遠まわしに確認してみる。

「うん。あとは浅倉君だけ。これで浅倉君がオッケーなら、河合君が予約取ってくれることになってるの」

「ふーん」

武田の答えはオレの予想通りだった。ますます参加しづれー……。

「で、どうなの?」

武田はオレに選択の余地を与えず『イエス』と言わせんばかりの勢いだ。

「っつーかさ、武田さんも正紀も、自分の彼氏とか彼女とかは放っておいてもいいわけ?」

だいたい、永野も永野だよな。同棲中の彼氏がいながら、オレたちと旅行なんて行ってていいのか? 普通なら怒るだろ。グループ旅行とはいえ、男女混合で旅行に行くなんて言ったら。

そうか。それだけ、『翔』は永野のことを信用してるのかもしんねーな。

「それなら大丈夫。私はね」

武田が言った。武田曰く、武田の彼氏は武田に対して本当に甘いらしい。

「それに、ちゃんと後でフォロー入れるもん」

と武田は締めくくった。

「正紀は?」

「河合君はわからないけど、でも、きっと大丈夫でしょ。旅行に行こうって言いだしたのは河合君だし。それよりも、今は浅倉君の予定。空いてるんでしょ?」

オレはそれには答えず、ディスプレイを見た。作りかけのファイルが開かれたままだ。自然とため息が出る。

武田がそんなオレを見てすごい勢いでまくし立てた。

「……もう! 浅倉君、働き過ぎよ。最近ランチにも来ないし。たまにはいい空気吸って身体を休めなきゃダメ! 海の日辺りならプレスリリースも終わってるはずだし、どうせ未だ何も予定入ってないんでしょ? 絶対参加してね。他に予定入れちゃダメよっ!」

「……お、おぉ」

武田の勢いに負けて、オレは頷いてしまっていた。

「よし」

武田が満足そうに笑顔で言った。

反対に、オレの心は重くなる。未だ自分の気持ちに整理がついてないのに。今の状態で、永野と2泊3日も一緒にいなきゃなんねーのかと思うと、かなり憂鬱だ。

旅行まで、あと数週間ある。それまでに、せめて自分の気持ちを抑えられるようにしておかねーとな。

「ねぇ、浅倉君。ところで香蓮は? 未だパソコン点いてるし、いるんでしょ?」

「あぁ、永野ならしばらく席外してるみてーだけど」

「……浅倉君、もしかして香蓮が戻るの待ってるの?」

オレは眉を潜めた。

「違げーよ、仕事が終わらねーんだよ」オレは身体ごとディスプレイの方に向き直って、またキーボードを叩き始めた。「永野なら多分、最上階から1階下の休憩室にいるぜ。もし用があるなら、ここで待ってるよりも行った方が早ぇと思う。あそこの休憩室は、最上階と違って人も少ねーし、穴場だ」

「よく知ってるのね」

「まぁ、な」

オレは曖昧に答えて、仕事の続きを進める。

その隣で武田は永野の席を立つと、フロアから出て行った。

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