side Karen - 31
私は、浅倉のことが好き……?
どうなんだろう……。正直、よくわからない。
確かに、お姫様抱っこされたって聞いて驚いたし、落ち着かない気持ちにはなったけど、でもそれは、私を女性として扱う浅倉に慣れてないからよ。絶対にお礼を言わなきゃって思うからよ。
それに、だって、今さらだよ? そういうことを考えるには、私たち、長く一緒に居過ぎちゃってるよ。
よーく考えた結果、もし、仮に、万が一の確率で、私が浅倉のことを好きだって思ったとしても。今まで、今の状態で、うまくやってきてたんだもの。今さら私たちの仲に恋愛感情とか持ち込めないでしょ。
わざわざそんな感情を持ち込む必要もない。
だから、今のまま、何も変えない。
多分、それが一番いい。
「おはよー」
月曜日、私はいつものように皆に挨拶しながらフロアに入った。浅倉はもうとっくに自分の席に着いている。
「おはよ」
いつものように、浅倉が私に挨拶をくれる。
「おはよう、浅倉」
そう言いながら私は浅倉の方を見た。浅倉は、何だか疲れてるみたいだ。目の下にはちょっと隈もできてるみたいだし。寝てないのかしら?
「大丈夫? 眠そうだけど」
私が聞くと、浅倉は眠そうに欠伸をしながら答えた。
「あぁ。昨日遅くまで起きちまったからな」
どんな夜更かししてたのか知らないけど、なんだ、ただの寝不足か。この新製品のプレスリリース前で忙しいのに、体調崩したんだとしたら心配だなって思ったけど……。
あぁ、そうだ。それよりも、私、浅倉にお礼言わなきゃ。翔にもきちんとお礼しとけって言われてるし。
私は感謝の気持ちを伝えたくて、浅倉に声をかけた。
「土曜日は、ありがと」
浅倉は私の方を見て、一瞬だけ眉間に皺を寄せた……ように見えた。
今のは、私の気のせい?
「ん? あぁ。大丈夫だったか?」
いつになくぶっきらぼうな浅倉の物言いに、私の胸に生まれた小さな不安が、少しだけ大きくなる。
「うん……」
「そうか、よかった」
浅倉はそう言って微笑んだ。
ようやく笑った。
でもその表情は、なんだかいつもの浅倉のものと違っているような気がした。浅倉が、目に見えない壁の向こう側に居るような、どこか他人行儀な、そんな表情。
私の目の前にいる浅倉は笑顔なのに、なんだか余計に私を不安にさせた。
浅倉に嫌われたのかもしれない……。
もしそうだとしたら、多分、原因は私にある。浅倉は理由なく他人を嫌うような人じゃないし。
はっきりとわからないけど、なんとなく、鈴木さんの結婚式の日の出来事にある気がする。
もしかして、酔っ払った私を見て、だらしない女だって思ったのかな。それとも、あんなことになった私を、軽蔑してるのかもしれない……。
「本当にありがと」私はもう一度言った。「それと――ごめんね」
いっぱい迷惑かけてごめんね。そして、あの男の人から助けてくれて、酔っ払ってる私を介抱してくれて、家まで連れて帰ってくれて、本当にありがとう。
精一杯の気持ちを込めて、私はそう言った。
「いや、別に。なんてことねぇよ」
浅倉はそう答えて自分のパソコンに向かった。
大きな手がキーボードの上で動き始める。真剣にディスプレイの方を向く浅倉のその横顔は、何の感情も読み取れなかった。私が初めて見る浅倉の表情だった。
「あれ? 浅倉君は?」
一人で食堂に入った私を見て、真由子は真っ先にそう言った。
やっぱりそう思うよね。いつも浅倉と一緒にランチしに食堂に来てたもんね。
「なんか仕事忙しいんだって。今日は来れないらしいよ」
そう言いながら、私は真由子の向かいの席に座った。
本当は、私もそれを手伝おうと思ったんだけど、浅倉に断られたんだよね。2人にもうちょっと丁寧な断り方があるよねぇって文句を聞いてもらおうと思ったけど、真由子と河合君の笑顔を見たらなんだか言い出せなくなってしまった。
「そっかぁ……残念。日程決めたかったのになぁ」
真由子が残念そうに口を尖らせた。
日程? 何の?
私の疑問符だらけの思考が、多分顔にも出てたんだと思う。真由子の隣に座っていた河合君が説明してくれた。
「永野さん、前に鈴木さんの式が終わったら僕たち4人で蛍を見に行こうって話してたの覚えてる?」
「うん」
「式は終わったけど、浅倉もまだ忙しいみたいだし、これ以上待ってたら蛍の時期は終わっちゃうし、だからいっそのこと行き先を長野のペンションとかに変えて泊まりがけで遊びに行こうかと思って」
「ね、香蓮、面白そうでしょう? すっごい楽しみー。4人で旅行なんて、入社した年にボードしに行って以来だよね」
真由子がキャッキャッと笑っている。
長野かぁ……。確かにこれから暑くなるし、避暑地に行くのもいいかも。
テニスコートなんかもあるだろうし、サイクリングするのも楽しそう。
それに、蛍はもう無理かもしれないけど、きっと夜には星が綺麗に見えるだろうし。前にボードしに行った時もすっごく綺麗に見えたもんなぁ。あのときは冬だったから、今とはまた見える星も違うだろうし。
「そういえばそうだね。あのときのペンション、感じよかったよね」
「うん。マスターも奥さんもイイ人だったし。またあのペンションに行かない?」
「そうだね。あそこなら立地もいいし」
思いを馳せている私を余所に、真由子と河合君はどんどん話を進めてしまっている。
「いつにするの?」
私も口を挟んでみた。
「さっき武田さんと、来月の海の日の祝日を絡めた3連休がいいんじゃないかって話してたんだけど、永野さんはどう?」
河合君にそう聞かれて記憶を辿ってみた。いつもあんまり手帳に書かないから、記憶だけが頼りだ。
確か、来月は未だ何も予定はなかったはず。翔と一緒に誕生日のお祝いしたいなぁって思ってるけど、でも翔は彼女と過ごしたいって思うかもしれないし……。
「ねぇ、香蓮、聞いてる?」
真由子がせっついて来て我に帰った。
「あ、うん。大丈夫」
「よかったー。じゃあ、後は浅倉君だけね。香蓮、聞いておいてくれない?」
「え……あ、うん」
そう答えはしたものの、浅倉の他人行儀な表情が思い出された。あんな表情されちゃうと、なんか、私から声掛け辛いよ。
「香蓮、どうかしたの?」
真由子が不思議そうな顔で私を見ている。その隣では、河合君まで私を伺っていた。
2人に心配はかけられないよね。これは、私の問題だもの。
「ううん、なんでもないよ。じゃあ、タイミング見て聞いておくね」
私は笑顔を作った。
「じゃあ、僕はペンションに空室状況を問い合わせしておくよ」




