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不器用な片想い  作者: 長月マコト
【本編】 第1章 - 5/24
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side Karen - 1

青く澄み渡った空に、黄色いボールがふわりと舞い上がった。

そのコントラストに、一瞬だけ、心奪われる。

次の瞬間、私は反らせていた背中を逆にくの字に曲げつつ右手を振りおろした。

ガットから発生する振動がグリップを握る手のひらに伝わる。

私のサーブはネットの向こう側にいる相手前衛の足下へまっすぐに延びていく。

私はボールの行方を目で追いながら、両足が地面を捉えるや否や一気にネット際まで間合いを詰めた。

相手後衛がギリギリで拾ったレシーブを待ち受け、ボレーで返す。


  カシャーン


ボールは相手ペアの間をすり抜け、バックのフェンスに当たった。

「40-30、ゲームセット。永野・武田ペアの勝ち」

審判をやってくれていた鈴木さんが、高らかに宣言した。

「やったー!」

私は両手を上げ、満面の笑顔でペアの真由子を振り返った。

「さっすが、香蓮!」

真由子も笑顔でブイサインを出してくれる。

「だー! また負けたー!」

ネットの向こうでは、大の男が約2名、文字通り『大』の字に伸びている。


5月の下旬。今日は土曜日。会社は休み。

だけど今、私は会社の敷地内にあるテニスコートにいる。

会社内にあるテニスサークルに参加しているのだ。

ネットの向こう側にいる、たった今私たちが負かした男2人は、浅倉大地と河合正紀。

そして私のペアのこの可愛らしい子が、武田真由子。みんな会社の同期。

ちょうど就職氷河期だったせいで、私の代の同期はこの4人だけ。

だけど、その分濃い関係を築くことができた。

先輩にも後輩にも羨ましがられるほど、私たちは仲がいい。

もう入社して5年目になるのに、部署は違えど、今でも毎日ランチは一緒だし、この会社のテニスサークルだってみんな揃って入っている。

そんなわけで、今は同期で男女対抗試合をしてたのだ。


「永野、お前のサーブ重すぎ。もうちょっと手加減しろよ」

そう私を見上げて声をかけているのは浅倉。その顔はちょっと引き攣ってて。

「何よ、情けない。オトコでしょ? なーんで手加減する必要があるのよ」

そして、苦笑交じりの真由子と一緒にコート脇のベンチへと向かった。


私は中学の頃からずっとテニス部に所属していて、インターハイにも出場したことがあったりする。

趣味でテニスやってるくらいの男なら、勝つことはそんなに難しくない。

ペアの真由子も中学のときだけテニス部にいたとかで、全然下手じゃないし。

真由子は、決してテニスが上手なわけじゃない。その代わりにコントロールが正確でミスも少ない。

結構性格が出るんだよね、スポーツってさ。


タオルで汗を拭いていると、隣から真由子がペットボトルのお茶を差し出してくれた。

気が利くんだ、真由子は。

会社に入ってからの付き合いだけど、今となっては、真由子は私の親友だ。

「ありがと」

私はお茶を受け取って蓋を空け、そのまま口を付けて飲んだ。

カラカラだった身体の中を、水分が染み渡っていくような感覚に陥る。

「ううん、お疲れー。香蓮、チョーかっこよかったよっ」

笑顔で言う真由子は、抱きしめたくなるほど可愛い。

全体的に小作りな顔、顎の辺りでくるんと巻いた髪、白い肌、ちょっと低い身長、極め付けにその笑顔。

ただ、ほんわかした見かけによらず、酒豪だしハッキリ物を言うし、結構世話好きな面もあったりして。

年下の彼氏がいて、その彼は真由子にゾッコンだ。

この笑顔を見たら、それも納得できる。


対戦相手の2人は、未だコートの中でノビていたが、他のサークル仲間に次のゲームを始めたいからと急きたてられて、ようやく重い腰を上げた。

そのまま、2人は真由子のいない方の私の隣に並んで座る。

浅倉が手前で河合君が向こう。

「河合君も浅倉君も、お疲れ様」

真由子が立ち上がって、タオルを2人に渡す。

「ありがと、武田さん」

「体力ないなぁ」

ベンチに沈む2人を見て呆れてしまった私の口から、思わず言葉が出てしまう。

浅倉が私の方を向いてニヤりと笑った。

「誰かさんほど男前じゃないんでね。永野と違って、オレ、たおやかなの」

――むかっ。

「怒るなって。ホントのことじゃん?」


まぁ確かに、浅倉の言うとおりなんだけど。

『カレン』って名前とは裏腹に、私には可憐な部分なんてカケラもなくて、性格も口調も見た目も、すべてが男っぽい。

正に『男前』って言葉がピッタリだと思う。

文系理系って言う分類以前に『体育会系』だし、身長だって170センチもある。

負けず嫌いな性格だから、勉強だって運動だって絶対に手を抜きたくなくて、昔からいっつも男の子と張り合ってた。

それは、社会人になった今でも同じ。勉強が仕事になっただけ。

唯一女らしい部分として言えるのは、腰近くまである長い髪だけ。

真由子はそれを羨ましがるけど、私にとっては邪魔。

切りたいんだけど、ちょっとした事情があって切れないんだよね。

仕方ないからいつもうなじ辺りで一つに結っている。前髪も全部。


当然のことながら、彼氏はいない。

今まで、そういう人が全くいなかったわけじゃないけど、こんな私だもん、長続きせずにすぐ終わっちゃう。

それに、今、とっても楽なんだ。

こうやって、真由子と、浅倉と、河合君といるの。

そんな中で今さら『女』になんてなれないじゃん?


「ちょっと浅倉……。永野さん気にしないで。こいつ、やっかんでるだけだから」

そう言ってくれたのは河合君。

その言葉に、私の中にあった『むかっ』が中和されていく。


何でも軽くポンポン言い放つ浅倉と違って、河合君はものすごく思慮深いし、人を傷つけるようなことは絶対に口にしない。

数少ない、私を女性として扱ってくれている人の内の1人。

学生の頃からずっと付き合っている彼女がいるんだって。

きっと大切にしてるんだろうなぁ。

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