side Daichi - 27
ようやく終わったか……。
できていた長蛇の列の最後の一人をチェックし終えて、オレは椅子の背にもたれかかった。隣では正紀が手元のお金を計算している。
そう、今オレの隣にいるのは、永野じゃなくて正紀だ。永野は3メートルくらい離れた向い側の机に武田と一緒に座っている。そちらの方の列ももうすぐ終わりそうだ。並んでるヤツらが男ばっかりってのが気に喰わねーんだけど。
ちらっと腕時計を見ると、19時まであと10分弱っってところだった。19時開演予定だからギリギリセーフだな。
オレと永野の2人だけじゃこの人数は無理だっただろうな。あの鈴木さんでも、こんな人足不足なんて初歩的なミスするんだな。
正紀と武田が手伝ってくれなかったら間に合ってなかったはずだ。本当に、真っ先に(しかもダントツに早く)会場に来てくれたのが正紀と武田で本当に助かった。おかげで、受付テーブルの用意も間に合ったし、段取りよくこなせたし。
まぁ、永野は武田にいじられてて、受付始める前からちょっと参ってたみてーだけど。
でも、今日の永野はまるで別人だもんな。メイクもドレスアップした姿も髪型も、今みてーに黙って座ってる分にはモデルか芸能人じゃねーのってくらいに、なんっつーか、輝いてる? 色香とでも言えばいいんかな。惜しむらくは、本人にはその自覚が全くねーことだよな……。
「――永野さん、気になる?」
隣から聞こえた声に、はっとした。
やべぇ、正紀がいたんだった。永野に見惚れてる場合じゃねー。
「……別に」
「そんな風に意地張ってると、誰かに持って行かれるよ? 今日なんて特に」
反射的に正紀の方を見た。正紀はオレの事なんかお構いなしの涼しい顔で計算を続けている。
正紀、最近お前、なんか性格悪いぞ。
もう一度永野を見る。最後の客が受付を終えて、披露宴会場の方へ歩きだしたところだった。すぐに永野がお金を、武田が名簿に印を打った数を数え始める。
下を向いていたせいか、永野の髪が一房おでこの上から垂れ下った。永野は口をわずかに開いてため息をつき目を軽く閉じて、左手でその髪を耳にかけた。
その瞬間、オレは全身の肌が泡立つような感覚に襲われた。
確かに、正紀の言うとおりだ。
今日の永野は危険だ。
「お待たせ、終わったよ。計算合ってた」
正紀が言い、オレにすっかり分厚くなってしまった封筒を差し出した。オレはそれを受け取ると、正紀に礼を言った。
本当は正紀も武田も、こんなことする予定じゃなかったはずだしな。
「いえいえ」
正紀は少しも気を悪くした様子もなく、いつもの笑顔だ。
オレたちは立ち上がると永野と武田のいる机に近づいた。
「終わったか?」
オレが声をかけるのとほぼ同時くらいに、永野は手にしていた札束を机の上でトントンと揃えた。どうやらこっちも終わったらしい。
正紀が精算したお金の入った封筒をオレは永野に渡した。
「うん、ありがと」そう言って永野も立ち上がった。「あ、みんな、先に中入ってて? 私、お金を預かっていただかなくちゃ」
「うん、じゃあそうするね」
武田が返事をし、正紀と一緒に披露宴会場の方へ歩き出す。永野はそのちょうど反対側の方向にあるクロークの方へ歩いて行く。
オレは。
「あー、オレさ」
正紀と武田に声をかけながら、オレはどう説明したもんかと考えあぐねてしまった。オレの声に反応し、2人がおもむろに振り返る。
「わかってるわよ。香蓮のこと待ってるんでしょ?」
「僕たちは先に入ってるから。後からゆっくりおいでよ」
「お、おぅ……」
オレの考えはお見通しってワケですか……。つくづく食えねーヤツらだ。
正紀と武田は、オレを置いて会場に入って行ってしまった。一瞬開いた会場の扉の隙間から、明るい談笑の音が結構なボリュームで流れてくる。まだ始まってもねーのに。
クロークの方を振り返ると、永野がスタッフの男と話していた。確かこの会場のチーフだとか名乗ったヤツだ。受付の机とか用意してくれたから覚えてる。
それにしてもアイツ、なんか永野に対して馴れ馴れしくねぇか?
それとも、オレの気のせいか?
チーフの男がテーブル越しに永野の方へ少しだけ身を寄せた。声は聞こえねーけど口は動いてるから、何か他のヤツに聞こえちゃまずいことを告げてるんだろう。
さすがにムッとする。
その直後、永野が振り向いた。オレの姿を認めて小走りでやってくる。
オイオイ永野、そんなヒールのあるサンダル履き慣れてねーだろ? 転ぶなよ?
「先に行っててって言ったのに」
「そーもいかねーだろ? 受付はオレだって頼まれたんだし」
オレたちは並んで披露宴会場の方へ歩き出す。
「だって、お金預かってもらうだけじゃん」
「たとえお前にとっちゃそれだけだとしても、オレは心配なの」
「私が盗むとでも?」
「お前ね……。そんな心配してねーよ」
鈍すぎ! オレが心配してんのはお前のことだっつーの。
廊下の突き当たりにある披露宴会場の扉の前まで来た。オレは取っ手を引き開け、永野を会場の中へと促した。




