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不器用な片想い  作者: 長月マコト
【本編】 第7章 - 6/14
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side Daichi - 25

黄色いボールがまっすぐにオレの前に飛んできた。

オレは注意深くボールを見ながら背中に引いていたラケットを振る。

ガットに触れた刹那一瞬ボールが消える。すぐに前方を見やった。ボールの軌道を確認する。

よっしゃ、狙い通り。

ボールはネットに沿うようにすれすれを越え、オレたちのいる方とは反対側のネット際に落ちる。そのままコートの外に出た。

「試合終了! 浅倉・武田ペアの勝ち!」

声高らかに審判が宣言する。

武田が寄ってきた。「やったね、浅倉君」とハイタッチを求めてくる。

でも、全然オレに届かねー。オレは顔の前に揚げられた手に自分の手をパチンと合わせた。


週末。梅雨の季節だから諦めてたのに、今日はなんとか持ちこたえてる感じの曇り。サークルが開催されるって言うから出てきている。

正紀は今日、彼女の誕生日だからってサークルを休んでる。まぁそれはいいとして。

だからオレと永野と武田の3人で参加してるんだが、永野は今日はベンチ組なんだそうだ。オンナの事情があるらしい。……まぁ具体的に言われなくても大方の予想はつく。

っつーか、それならわざわざ出てくるなっつーの。

そんなわけで、今日はオレと武田でペアを組んでるわけだ。

試合前に武田に聞いてみた。

「アイツ、何で休まなかったんだ?」

「ごめん、私のせいかも」

武田は肩を竦めて苦笑した。

事情を聴くと、本当は永野は休もうとしたらしいが、武田が『永野が出ないなら自分も休む』と口に出したところ、それなら行くと言いだしたらしい。

なんでだ?

永野は調子が悪いなんてことを微塵も感じさせない表情で、ベンチに座っている。


「浅倉、武田。どっちかに次の試合の審判頼めるか?」

先輩がコートを去ろうとしていたオレたちに声をかけてきた。

「いいっすよ」

オレは答えて、ラケットを肩に担ぐと審判台の方を向いた。

「あ、私やるよ」

武田がオレの服を引っ張った。

「いいって。武田さんは休んでろって」

オレは振り返り、武田の手を服からはがした。

「ちょっと、浅倉君!」武田の声が少し大きくなる。「さっきの試合、浅倉君の方がたくさん動いてたし、疲れてるでしょ? 水分も補給しなきゃだし。だから休んでて」

言葉は優しいが、なんっつーか、目には有無を言わせない威圧感が込められていた。オレはちょっとたじろいだ。

「……わかった」

「それとね?」

「ん?」

「香蓮の傍にいてやって?」

武田は小声で付け加えると、審判台の方へ走って行ってしまう。

アイツ、気を利かせたつもりか?

ベンチの方を向く。永野は相変わらずそこに座ったままだった。


「疲れた」

オレはそう言いながら、永野の隣に腰を降ろした。

「あれ? 真由子は一緒じゃないの?」

「武田さんなら、向こうの試合の審判頼まれて行っちまった」

オレはラケットで武田の座る審判台を指す。永野がその方向に目を走らせた。

「あ、ホントだ」

オレはラケットを下ろし、ベンチにもたれた。

「さすがに鈴木さんは今日、来てないね」

「結婚式、来週だろ? さすがに無理だろ」

永野の言葉に、オレは答えた。結婚式の前に怪我でもしたら大変だ。

それにしても、また『鈴木さん』か。別にいいんだけど。いや、よくねーけど。

前よりは気にならないけど、やっぱり気になるよなー。永野の口から男の名前が出てくると。こないだの一件もあるし。

「そういえばさ、私たちって、何時に会場に着いてなきゃいけないのかな? 浅倉、知ってる?」

永野がオレの方を向いて聞いた。

「永野、鈴木さんから聞いてねぇの?」

「うん」

「鈴木さんがそーいう用件伝え忘れるなんて、実は結構テンパってんだな」

「浅倉に言えば伝わるって思ったんじゃない?」

「もしかしたらそうかもなぁ」

っつってもなぁ。勝手にそう思われても困んだけど。まぁいいか。

「あぁ、で、一応、17時半に来てくれってさ。開場が18時で開宴が19時だから、まぁそんなもんだろ」

「17時半、ね」

永野が言う。そして思い出したように自分のバッグを手に取った。中から手帳を取り出して開く。

別に覗こうとしていたわけじゃない。けど、永野が全然隠そうともしないから自然と中が見えちまう。

永野の手帳は、カレンダーみたいに見開きで1か月を書き込めるタイプのものだった。

永野はオレのことなんかお構いなしで、6月のページを開くと、手帳カバーに引っかけていた小さなボールペンで何かを書き込む。多分、20日の欄に、待ち合わせ時間を書いてるんだろう。

普段はオレたちとどっかいく約束しても、書きもしねークセに。

ふと、オレの目が、その1行上に書かれた文字を捉えた。


  『翔と買い物』


翔? 買い物?

1行上つったら、1週間前。正紀と渋谷に行った日だ。じゃあ、『翔』っつーのはあの男の名前か。

誰だ、翔って?

武田に聞いたら、知ってるかな……。


「浅倉?」

目の前で何かが動いた。焦点がそれに合う。手だった。永野がオレの方を覗いていた。

「ん? おぉ」

「聞いてた?」

「いや、すまん。なんだっけ?」

オレ、声掛けられてたのか? 全然気付かなかった。

「17時半に現地集合でいいんだよね?」

「そうだな。それでいいんじゃね? あの式場、駅から近かっただろ?」

オレはそう言いながら、自分のバッグからペットボトルを取り出した。


翔、か。

誰だか分かんねーから、余計に気になるじゃねーか。

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