side Daichi - 5
オレは、たった今目の前に置かれた物体を凝視してしまった。
マジありえねぇ。
ビールジョッキくらいの大きさがありそうなガラス製の容器。
詰め込まれたスポンジ、バナナ、コーンフレーク、半分溶けたチョコレート。
これでもかと渦高く盛られたまっ白い生クリーム。
その上にさらに、チョコレートクリームソースととキャラメルクリームソースが掛けられ、ナッツがトッピングされている。
こんなもんを好んで食べるヤツが、世の中にはいるんだな。
半ば感心して、テーブルを挟んでオレの向かいに座る武田を眺める。
当の武田は、スプーンを手にとろけそうな笑顔を作った。
「いただきまーす☆」
スプーンの先が生クリームの中に消えて行った。
テニスの後は、チェーン展開しているファミレスに寄ることが多い。
毎回じゃないけど、今日はなんとなく寄ることになった。
永野だけは、用があるとかで先に帰っちまったけど。
社会人になってまでファミレスっつーのも格好つかねーとは思うけど、汗をかいた身体のまま、お茶ができるような場所は少ない。
ここによると大抵、オレはコーヒー、正紀は紅茶。
永野もコーヒーが多いな。どうもあいつは、甘いものが苦手らしい。あまりそういった類のものを食べたり飲んだりしているところを見たことがない。
そして武田は、その時々で頼むものが違う。ケーキだったり、プリンだったり、白玉団子だったり。
いわゆる『スイーツ』ってヤツの中から、そのとき一番食べたいと思ったものを選んでるらしい。
今日の気分は、どうやら今オレの目の前にあるこのチョコレートキャラメルパフェだったようだ。
オレは甘いものが苦手だ。
だから、この武田の行為は、オレにとっては全くと言っていいくらい信じられないものなわけで。
さも幸せそうな表情の武田に、オレは軽い眩暈を覚えた。
「お待たせいたしました」
ようやくバイトと思しきウエイトレスが、オレと正紀の分を運んできた。
芳しくもほろ苦い香りが鼻をくすぐり、オレの意識がハッキリしてくる。
よかった、助かった。
安堵のため息とともに、オレはコーヒーカップに口を付けた。
「お前、よくそんなもの喰えるな」
オレは武田に言った。
パフェの高さが少しずつ削り取られていくにつれ、自分の顔の筋肉が軽く強張って来ているような気がする。
あれが全部、武田の胃袋ん中に入ってるんだよな……?
「いいじゃない。ファミレスとはいえ、案外美味しいのよ? そりゃ、パティシエが作ったものには負けちゃうけどね」
そーいう問題じゃない。
その、砂糖の塊みたいなものを食うってことが問題だ。
「本当に、美味しそうに食べるんだね」正紀が笑顔で言う。「武田さんって甘党?」
「うん、そうなの。ケーキとかチョコとか大好き。ほんっと、私、太らない体質でよかった。逆にコーヒーが駄目なんだ。胃が荒れちゃって……」
会話しながらも、武田は食べるペースを崩さない。早くも容器の上に飛び出ていた部分が平らになっている。
「確かに、武田さんにはコーヒーよりもそっちの方が似合ってる」
正紀は言い、紅茶をすすった。
「浅倉君は、甘いもの全然ダメなの?」
そう問う武田の顔は、明らかに『なんで?』って言っている。
その気持ち、そっくりそのまま返すぜ。
オレの方が『なんで?』だよ、全く。
「あぁ。ぜーんぜんダメ。男はダメなヤツ多いだろ。正紀はそこそこイケるんだっけ?」
「僕は、嫌いじゃないよ。武田さんみたいに、一気にたくさんは食べられないけど」
「食べられないなんて、可哀想……こぉんなに美味しいのに」
武田の言葉に、味覚や味の好みってのは、人それぞれなんだと痛感する。
「お前、彼氏は甘いの大丈夫なのか? 男は甘いものがダメってヤツ多いだろ。正紀は例外な方だし」
「そうなのよねー。あんまり好きじゃないんだって。でも、一緒にケーキ屋さんとかカフェとか行くよ?」
武田の彼氏は、なんて寛大なヤツなんだ。
突然、電子音が聞こえてきた。今流行っている歌手の曲だ。
「あ、僕だ。ごめん」
正紀がポケットからケータイを取りだし、受話ボタンを押す。
「もしもし、紗織? どうかしたの?」
あぁ、正紀の彼女からか。
正紀はケータイで話しながら俺たちの方を向いて、右手を顔の前に拝むように挙げると、席を立って行った。
『彼女』か。
――永野、なんで今日、お茶には来なかったんかな。
ちょっと用事があるって言ってたけど。
「河合君、行っちゃったね」
「ま、そのうち帰ってくんだろ」
ふとパフェに目が止まって、オレは思わず顔をしかめた。
「香蓮もね、甘いもの苦手なんだよねー」
「……」
やっぱりそうなのか。
っつーか、何でお前はこのタイミングで永野の話を出すかな?
武田の視線は、パフェに向けられたままだ。容器の中で崩れそうなパフェに対して、どうスプーンを挿そうかと考えているらしい。容器をいろんな確度から見ている。
オレは正紀が去っていった方に目を移した。正紀は店の外まで出て、何やら話している。満面の笑みだ。楽しそうだな。
オレもいつか、あんな風になれんのかな。
「羨ましい?」
「何が?」
「『彼女』」
「……別に」
嘘だよ。羨ましいに決まってんじゃねーか。
「ふーん」
視線を感じて正面を見ると、武田の目がパフェから離れ、オレを窺っていた。
その探るような目線に、オレは一瞬たじろぐ。
武田はすぐにパフェに意識を戻した。
「恋愛は人それぞれ、なのかな。簡単に一目惚れする人もいれば、何年も一途に片想いを続ける人もいるし――ホトトギスが鳴くまで待つっていう人もいるみたいだものね。私はホトトギスを鳴かせてみようとがんばってる人、好きよ? 応援したくなっちゃう」
こ、コイツ……!?
それ、全部オレのことじゃねーか。
武田って見かけによらず、相当食えないヤツなのかも。
正紀も侮れねーけど、実は武田の方がタチ悪いんじゃねーか?




