side Daichi - 24
オレは、バカだ。
今は、プレゼンのことだけ考えて集中してなきゃなんねーのに。他のことに気を取られるなんて。
――お前のせいだよ、永野。
永野は、相変わらず会議室の出入り口前で立っている。
グレーのパンツスーツに身を包み、髪は上半分だけを結って背中で垂らしている。
オレの代わりにプレゼンを続ける部長と、重役たちの方を向くその姿は、背筋が伸びていて、凛としていて、純粋に美しいと思った。
「浅倉君、ちょっといいか?」
重役プレゼンの会議が終わった直後、会議室の中でオレは部長に呼ばれた。
言われなくても、用件はだいたい想像がつく。
プレゼンの最中のミスの件だろう。
他ごとを考えていて質問を聞き逃して、答えられなくて、部長にフォローしてもらうなんて、前代未聞だ。
結果的にプレゼンに対する承認はもらえたけど、プロセスとしては最悪。
あんなにがんばって準備したのに。
まぁ、悪いのはオレだし。いいわけするつもりはねー。
オレが取れる責任なら、きちんと取らなきゃなんねーな。始末書でも報告書でも反省文でも何でも、書いてやるよ。
部長が会議室の隅の方へと誘導し、オレたちは壁の方を向いた。
「申し訳ありませんでした」
部長が切り出す前にオレは謝った。本当にそうするべきだと思ったから。
「君は、重役プレゼンは初めてだ、と言っていたね?」
「はい」
「初めての人間が緊張するのは当たり前だ。焦ることもあるだろう。僕から咎めるつもりはない」
オレが口を開きかけると部長はそれを制した。
「だがね。君が初めてであろうとそうでなかろうと、相手はそう見てくれない。それだけは覚えておくといい」部長はそこで一息ついた。「僕は一応、普段の君の仕事ぶりを見ていたつもりだ。だから、今日のプレゼンを君に任せたいと鈴木君が言ってきた時に、大丈夫だろうと思って承諾したんだが……ここ数日で、君は少し変わったね。最近の君からは、集中力がほとんど感じられない。期待していたんだが……残念に思うよ」
部長はそれだけ言うと、オレの方をぽんと力強く叩いた。そして、離れていく。
怒られる方がマシだった。
両脇に下ろした掌に爪が食い込んだ。強く。
足音が近づいてきたことに気づく。見ると、永野が手にフキンを持ったままオレの方へ歩いて来ていた。会議室の後片付けのとして机を拭いていたらしい。
「お疲れ様。無事に終わったね」
どうやら、オレと部長の会話は聞こえてなかったみてーだな。
「あぁ、一応な」
とは答えたものの、オレは自嘲気味に笑った。
全然『無事』じゃねーよ。
目の前に永野がいるのに、すぐ手の届く所にいるのに、オレの頭の中で永野とあの男がチラつく。手を繋いでいたところが鮮明に思い出される。
永野が他の男に奪われるなんて。
それを黙って見ているだけなんて。
嫌だ。
って、ダメじゃん、オレ。今、部長に釘を刺されたところだっつーの。
永野とオレがどうなろうと、仕事に手を抜いていい理由にはなんねー。
「大丈夫?」
「ん?」
永野はオレの事を心配してくれてるらしい。
最近のオレ、そんなに変か? この超鈍感な永野にまで心配されるなんて。
オレの顔を覗き込む永野は、髪を結っているせいで、額があらわになっていた。
その額にオレの印を残したのが、もう何年も前みてーに感じる。
「浅倉、なんか、変」
永野が言った。
もしお前がわかるくらい変なんだとしたら、それはお前のせいだよ、永野。お前が責任取りやがれ。
オレは、永野の額に軽くデコピンをかましてやった。
「痛ッ!」
永野は両手でおでこを押さえた。
まぁ、そんなに大袈裟にリアクションするほど痛くはないはずだ。突然で驚いたみてーだけど。
「ひっどい! 何?!」
永野が憤慨している。
その表情が面白くて、オレは堪え切れずに笑った。
「いや、なんかやってみたくなった」
「あのねぇ。それだけの理由で、デコピンする?」
「まぁいいじゃん」
なんだ、『それだけの理由じゃない』ってわかってんじゃねーか。
なんであともう一歩、想像力を働かせないかな。そしたら、オレの気持ちくらいすぐに推測できるだろ?
「さすがにちょっと疲れちまったからさ。笑ったら疲れが取れるかなって思って」
オレの口が適当な答えをこぼす。
「どうかしたのかい?」
鈴木さんがやってきた。その顔は晴れ晴れしていて嬉しそうだ。
「いえ、なんでもないっす」
オレは答えたが、永野は何か言いた気だ。
そのまま成り行きで3人で話す。途中からは、鈴木さんの惚気話だったが。
ちょっと前までは、すっげぇ鈴木さんを意識してたのにな、オレ。
鈴木さんのことが片付いたとたん、今度は、別の正体不明な男のことが気になり始めちまった。
2人で食事に行って以来、オレはさらに永野のことを好きになっちまった気がする。
そうじゃなくても、これ以上永野のことを好きになることはないって思ってたのに。それをあっさりと覆された。
永野が簡単に触れさせるから。
お前が無防備にあんなことさせるから、こうやってオレが悩むんじゃねーか。
触れなきゃよかった。
そうすりゃ、あんなことしなかったはずだ。
いや、したかったのはオレなんだけどな。
オレは、このまま、お前の隣にいてもいいのか?
友達としてしか、いちゃいけねーのか?
堂々巡りなオレの思考。でも、帰着点はいつも同じだ。
永野のことが好きだということ。
鈴木さんと豊田さんみたいに、オレと永野が祝福されるような日が、いつか来るんだろうか。




