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不器用な片想い  作者: 長月マコト
【本編】 第6章 - 6/11
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side Daichi - 23

酔えない酒が抜けきらないまま、オレは月曜の朝を迎えた。

目覚ましを止め、カーテンを開ける。窓の外は、梅雨空の雲で覆われていた。

多少は寝たか? 正直、あんまり自信がねーや。

仕事、ミスしねぇように気をつけねーと。

重い体を引きずり、シャワーを浴び、歯を磨き、鬚を剃る。

身体はサッパリしたが、心ん中は全然晴れねーや。

くそっ。まるで、今日の天気みてーだ。


だいたい、あれは、本当に永野だったのか……?

見間違えない自信はあったけど、時間が経つと共にそんな考えが出てきたりした。

そうだよな。アイツが髪型を変えたり、化粧をしたり、それ自体が信じらんねーし。

永野じゃなかったんかもしんねーよな。

ま、今日、永野に直接聞いてみりゃわかる。

パソコンの電源を点け、週末の間に受信していたメールに目を通していると、いつもの声が聞こえてきた。

「おはよー」

出社した永野は、いつもと同じようにフロアに入って来た。

オレもそれに応えようと声をかけようとして、止まる。

永野は化粧していた。本当に薄く、だが。

髪も、いつもは首の後ろで結ってるのに、今日は左耳の下あたりでまとめて髪飾りまでしてやがる。

入社して今まで一度もそんなことしなかったヤツが、なんで今日に限ってそんな眩しいんだよ。

その姿が、交差点にいた女と、完全に重なった。


あぁ、そうか。やっぱりあれは、永野だったんだ。


聞く気が失せた。


ふと気付くと、マーケティング企画部の男どもの目が、永野に集中していた。みんな、さり気無い風を装ってはいたけど、永野に興味津々って感じだ。

バレバレだっつーの。

多分、身繕いした永野がこんなにも綺麗だとは、考えもしなかったヤツらばっかりだろう。

チッ、正紀が言ったとおりになりやがった。変なところで勘の冴えてるヤツめ。

「永野ー」

オレは、そいつらに見せつけるように永野に声をかけた。永野に普段から普通に声をかけてる男は、オレと鈴木さんと白井君くらいしかいねーし。

永野は既に自分の席に座っていて、小首を傾げてオレの方を見た。

くそ、可愛い。

「ん? 浅倉、どうかした?」

オレは椅子ごと永野の方に寄って行く。

「木曜のプレゼンのことなんだけどさ……」



そう。何回数え直しても、5年。

その間オレは、ずっと、永野を見つめてた。お前だけを想いながら。ずっと。

変わらないお前の傍にいて、変わらないオレたちの関係を焦れったく思いながら。

何度変えたいって思ったか、お前は知らねーんだろうな。

でも、オレの方から変えるのが躊躇われたんだ。そのせいで、もしオレとお前の間に距離ができちまったらって考えたら、怖かったんだ。


なのに、なんでお前はそう、急に変わるんだよ。

よりによって、オレにあの男と仲良さ気なところを見せつけた直後に。


そんなに綺麗になんなよ。

それは、あの男のためなのか?


そろそろ限界なんだよ。オレが。

すぐ隣でただの同期として毎日仕事をするのも、自分の気持ちを隠して男友達さながら一緒に過ごすのも、正直言って、キツくなってきた。

オレが永野を好きになり過ぎて。

――苦しい。

あの男が誰だろうと、他の男どもがどう思おうと、永野を渡したくない。

渡さない。

永野がオレのことをどう思ってるのかわかんねーけど。もしかしたら『男』とさえ見られてねぇのかもしんねーけど。

でも、オレの中に永野のことを好きだって思う気持ちがある限り、近過ぎる場所にいるのも限界がある。


なぁ、永野。

あの男は、お前にとって何なんだ?

このままお前は、アイツのところに行っちまうのか?

なぁ、永野……。



「――ら? おい、浅倉! 質問されてるぞ?」

隣から聞こえた鈴木さんの囁き声と、スーツを引っ張られる感覚とで、オレは我に返った。

オレの視線の先には、会議室の出入り口前で心配そうにオレを見つめる永野の姿。

そしてその手前には、中年から初老のオヤジどもが10人くらい、オレを注視していた。

いけね。重役プレゼンの最中だったんだ。

何考えてんだ、オレ。

「あ、えっと……」

慌てて手元の資料に目を落とす。

質問すら聞いてなかったんだ。答えられるわけねー。

焦る。慌てる。頭ん中、真っ白だ。

ヤバい、どうする?

「その件は、私が」

会議室の後ろから、凛とした声が響いた。マーケティング企画部の部長だ。

つまり、オレや鈴木さんや課長のボス。

部長は起立し、目の前にコの字に並べられた机に座る取締役たちに対して、悠然たる態度で臨んだ。

鈴木さんが、他の人にわからないように、オレの背広の裾を下に引っ張った。座れってことらしい。

オレは、音をたてないように注意して着席した。

「上原取締役のおっしゃられた件については、当初より私どもも懸念しておりました。従来より新旧商品の置き換えは、流通在庫の調節が難しく、時期を見誤れば在庫過多や売り逃しを発生させてしまうことになります」

部長はそう言いながら、オレと鈴木さんのいる位置までゆっくりと歩いて来た。

そして、顔は取締役たちの方に向けたまま、小声で鈴木さんに指示する。

鈴木さんが、手元のパソコンを操作した。

「こちらの資料をご覧ください」

部長はそう言いながら、スクリーンを左手で示した。

鈴木さんがそのタイミングに合わせてキーボードを叩くと、スクリーンに映された画像が切り替わった。

比較表が表示される。スライドショーのチェックで、オレが唯一、永野に認められた部分だ。

「新商品と現行商品では、既にこれだけの違いがあります。現在の市場ニーズと照らし合わせますと――」

部長の説明が続く。オレは、その姿をぼんやりと眺めた。

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