side Karen - 22
「ねぇ、香蓮。最近、ちょっとお化粧してる?」
「あ、うん。わかる?」
「うん。すっごい似合ってる。実は前から言おうと思ってたんだけど、タイミング掴めなくって」
一緒にいるのは真由子。そしてここは会社の休憩室。
今日は真由子のいる経理部のフロアの休憩室だ。
さっき書類を届けに経理部に来た後、真由子が「香蓮、ちょっと休憩しよ?」って誘ってくれて、そのまま2人で休憩室に来ている。
翔との買い物は、もう数日前の話。とぉっても疲れたけど、なんとか無事に終わった。
翔のツレさんが営んでるアクセサリー屋さんって言うのは、素敵なお店だった。
男性向けのハードなものから女性向けの可愛らしいものまでいろいろ揃っていた。1点1点手作りしているらしい。
私はそこでまたあのドレスを着せられ、靴やバッグまで身に付けた上で、その格好に似合うアクセサリーを選んでもらった。
パールを基調とした3連のロングネックレスと、同じタイプのイヤリング。
デザインも凝っていて、イヤリングもネックレスもアシンメトリー。でも不思議とトータルで見るとバランスがいい。
あんな、丸1日かけてコーディネートを完成させるなんて、今まで一度もしたことがなくて、私にとっては新鮮な体験だった。
なんかね。オシャレするのも楽しいかもって思えたし。
お化粧したりとか、アレンジで髪型を変えたりとかって、女性ならではだもんね。
帰りの電車でそんなことを話していたら、翔がそれならまずは化粧から勉強しろって言い出して。
翔の持っているお化粧道具を少し譲ってくれて、さらに使い方も教えてもらった。
そんなワケで、私は今週に入ってから、少しだけお化粧をし始めた。
ファンデーションとアイシャドーとチーク、そしてグロス。
自分でやるのは全然慣れてないから、すっごく薄くしか施してないけど。
翔はもっといろいろと教えたそうな感じだったけど、これ以上は朝の時間帯に余裕がなくなっちゃいそうだし、私が覚えられそうになかったから、遠慮させてもらった。
それでも真由子が気づいたって事は、ちょっとは印象が変わったのかな。
「やっぱり、香蓮は綺麗系なのね。お化粧したらきっと綺麗だろうなぁってずっと思ってたのよ? 今日はスーツ着てるけど、ワンピースとか着せたいー」
「ま、真由子……恥ずかしいからあんまりそういうことは大きな声で言わないで?」
真由子がにっこり笑って頷いてくれた。
「ごめんね。本当に、綺麗だなって思ったから。マーケティング企画部のみんな、ビックリしてるでしょ?」
「どうなんだろ? 化粧って言ってもたいしてしてないし、中身は前のまんまだもん」
まぁ確かに、今まで全然会社にお化粧して出てきたことなんてなかったから、初めは驚いただろうけど……。
そこでふっと思い出した。月曜日の朝の浅倉。
私を見るなり、一瞬だけ眉をひそめた気がする。すぐにいつもの浅倉に戻ったけど。
アイツなりに驚いてたのかも。
「そうそう、浅倉君。なんだか最近、ちょっと変じゃなぁい?」
急に真由子が浅倉の話を出す。
ちょうど浅倉のことを考えていたところだったから、私は持っていたコーヒーを落としそうになってしまった。
「そ、そぉ?」
隣で仕事してるけど、特にそんな感じは受けなかったな。
「うーん……なんとなくなんだけどね。ほら、お昼休みに会うでしょ? でも最近、話してても上の空って感じのときがよくあるから」
「そういえば、そうかも」
よく、『あ、ごめん、聞いてなかった』って言ってる気がする。
「でしょう? でも、理由がわかんなくって」
浅倉、先週はずっと機嫌よかったから、そんなことあんまり気に留めてなかった。
もしかして、役員プレゼンが近付いてきてたから落ち着かないのかな。
まぁそうだよね。私たちも入社5年目で中堅にさしかかってるとは言え、浅倉はマーケティング企画部に異動してきて未だ2ヶ月半も経ってないんだもんね。
だとしたら、今日で終わりのはず。役員プレゼンは今日の夕方からだし。
そうだ、そろそろ準備にとりかからなきゃ。
部署に戻ったら、浅倉に声かけてあげよう。私、浅倉のOJT担当でもあるんだし。
「多分、今日、鈴木さんと一緒に役員プレゼンするからじゃないかな。だから、落ち着かないんだよ」
そう心配気な表情を浮かべる真由子に言いながら、私は胸にツキンという痛みを感じた。
真由子は可愛くて、よく気が利いて。
いつも面と向かってる私よりも、浅倉の変化に早く気づいて。
すごいなって思う。
心からそう思ってるのに、なんだろう、このスッキリしない感じは。
「そういえば、お昼休みにそんなこと言ってたよね」
「じゃあ、そろそろ戻るね。私もプレゼンを手伝わなきゃいけないんだ」
私は立ち上がった。
「そっか。がんばってね」
「ありがと。浅倉にも伝えとくね」
休憩室を出て、私はため息をついた。
はぁ。ダメだな、私。精神面のケアもOJT担当の仕事なのに。
真由子はきっと、浅倉のことを私に気づかせたくて休憩に誘ったんだ。
なんか、落ち込む。
マーケティング企画部のあるフロアに着き、席に向かって歩いているとちょうど向かいから浅倉がやって来た。
今日はさすがにスーツを着てネクタイをしていて、なんだか別人みたいだ。
廊下ですれ違う女子社員達が、頬を染めてちらちらと浅倉を見てる。これに本人が気づいてないのが不思議だ。
「おぉ、永野、探してたんだ。そろそろ会議の準備するぞ」
「あ、ごめんね。鈴木さんは?」
「もう行っちまったよ」
「わかった。浅倉、先行っててもらえる? 私もすぐ行くから」
資料はもう必要部数印刷してあるし、乱丁や落丁がないかどうかも確認してある。
ノートパソコンとスライドショーの方は浅倉が用意しているし、あとは、会議室にあるプロジェクターと飲み物の手配だけ。
私は小走りで席に戻ると、紙の資料を抱えて会議室へと急いだ。




