side Karen - 21
昼食を食べ終わった後、私たちは翔の言う候補のドレスを見に、またデパートの方へ戻った。
3着の内2着は同じブランドのもの。もう1着は、別のデパートに入っているブランドのものだ。
でも翔が突然、受付をやるなら、と別のデパートに入っているブランドのドレスを候補から外した。あんまり相応しくないヤツだったらしい。
どんなドレスだったのか……ちょっと聞くのが怖い。
そこで、残りの2着のあるブランドへと向かう。
「これと、これ。どう思う?」
そう言いながら、翔はハンガーに掛かっていたドレスを手に取った。
どちらも落ち着いた感じのデザイン。確かに、さっき着た覚えがある。
その内の1着は、私もいいデザインだなって思ってたヤツだった。
「こっち、かな」私は、その、いいなって思ってたドレスを指差した。「でも、ピンクじゃない方がいいなぁ。色違い、あるかな」
翔が持っていたのは、ピンク色のもの。
とっても可愛い色だけど、私は大柄だから似合うとは思えないんだよね。
真由子には似合いそうだけど。
「これかな?」
翔が別のハンガーを取ってくれた。
同じデザインだけど落ち着いたエクリュの色で作られている。私の好きな色だ。
「じゃあ、これ着てみ?」
「うん」
翔が店員さんを呼んでくれ、私は試着室に通された。
ドレスに袖を通す。
あ、色が違うだけで、さっき着たときとは少し違う印象になるんだ。
試着室の中、鏡を見て私は思った。
「香蓮? 終わったか?」
カーテンの向こうから、翔の声がした。
「あ、うん。今開けるね」
私は脱いだ服を簡単に畳み、カーテンを開いた。
私を見て、翔が微笑んだ。
「似合ってるじゃん」
店員さんもやってきて、私の前にミュールを置いてくれる。それを履いて試着室から出た。
鏡から少し離れて、改めて自分の姿を見る。
シンプルなIラインのノースリーブドレスは薄く柔らかい素材でできていた。
上半身はゆったりとルーズなラインを描いていて、右肩と左肩の間をドレープが飾り、大きく胸元が開いている。その内側にはベアトップ風にレースがあしらわれていた。背中側もかなり開いている。腰骨の位置で絞られ、その下は膝丈のスカート。オーガンジー素材のものとレイヤードになっていた。
「香蓮はどう思う?」
「うーん……ドレスって、着たことないからなぁ」
「そういや、香蓮の学生時代の友達は、未だ誰も結婚してないよな」
「そうなの。だから、1着くらい買っておこうと思ったんだけど、こんな大変とは思わなかった。うーん、やっぱり、ピンクよりもこっちの方が好きかな」
私は鏡の前で身体をねじったり回ったりして、自分の姿を確認する。
普段がジーパンばっかりだから、ピンクみたいな女の子の色が自分には似合わない気がして。
「確かに、ピンクよりもそっちの方が香蓮のイメージに合ってるな。じゃあ、これにするか」
翔が隣に立っていた店員さんにその旨を告げる。
「ありがとうございます。ご一緒に、バッグや小物などはいかがでしょう?」
店員さんが示した先には、パーティー用と思われるキラキラしたグッズが綺麗にディスプレイされている。
私の着ているドレスに合わせて、翔がバッグとコサージュを持ってきてくれた。
「こんな感じで、どうよ?」
シルバーのスパンコールで覆われたバッグを私に持たせ、布を幾重にも重ねて作られた大きな花とリボンのコサージュを私の右肩に当てた。
なんか、また印象が変わるなぁ。華やかになった。
私はそれで十分だったのに、翔は不満げに首をかしげる。
「やっぱ、コサージュはやめとくか。パール系のアクセサリー付けるしな」
あ、そうなの?
私はあまり流行やファッションに敏感なほうじゃないから、もぉ、翔が何を言ってるのかすら、全然わかんない。
「とにかく、ドレスとバッグはお買い上げで」
会計して、紙袋に入れてもらう。
あとは、靴とアクセサリーだよね。
「靴は、ここのデパート内のシューズコーナーでいいだろ。バッグに合わせてシルバーだな。アクセサリーは、オレのツレがやってる店があるから、そこに行こう」
靴はすぐに決まった。細いヒールのサンダルで、ポイントとして足の甲のストラップに沿って輝石が連なって置かれている。シンプルだけど、それが逆にいい感じ。
売り場には、10センチ以上の高いヒールの靴もたくさんあって驚いた。
あんなの、どうやって転ばずに履くんだろ?
私はただでさえ背があるから、これ以上大きくなってもねぇ。そう思って、ミドルヒールのものにした。その高さでも、ほとんどの男性と同じかそれ以上の背丈になっちゃう。少なくとも翔と同じ背丈になる。
「次は、アクセサリー?」
「そ。ここから結構近いところに店があるから」
翔がそう言いながら、ドレスと靴の入った紙袋を持ってくれた。
靴売り場の店員さんが気を使って1つの袋にまとめてくれたんだよね。助かる。
デパートを出ると、ちょうど信号が青だった。
翔が紙袋を持っている方とは反対の手で私の手首を掴んだ。
「ホラ、香蓮、信号が変わっちまう」
「うわっ、ちょっとっ! 翔っ!」
私は翔に引きずられるように信号を渡った。
歩道に入って、一息つく。
「もー、いきなり引っ張るんだもん。転びそうになっちゃったじゃん」
私は翔を軽く小突くいた。
ん? 反応がない。
翔の顔を見上げると、翔はどこか別の方を向いていた。
「翔?」
「ん? あ、ごめん」
「どうかした?」
「いや……」翔はまた同じ方を見る。「気のせいかな。なんか、こっち見てる人たちがいたから、知り合いかなって思って」
「え、どこ?」
私も翔が見ていた方向を見てみる。でも、往来する人ばっかりで誰も私たちを気に留めている様子はない。
「もう行っちまった」
「ふーん。じゃあ、気にすること、ないんじゃない?」
「……かな。ま、行くか」
「うん」
翔が、私の手を取ったまま歩き出す。
私たちの間では、そんなの当たり前のことだから、そのときは、何も意識しなかった。




