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不器用な片想い  作者: 長月マコト
【本編】 第5章 - 6/07
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side Karen - 19

月が変わると、月末処理も途端に落ち着く。

もちろん忙しくなくなるわけじゃない。

自分の仕事はたくさんあるし、浅倉にも仕事を教えなきゃいけないし、高田さんや白井君や万里ちゃんの面倒を見なきゃいけないし、先輩たちの手伝いをしなきゃいけない。

だけど、久しぶりに平穏な1週間を過ごせた気がした。


最近の浅倉は、なんか、やたらと機嫌がいい。

何かいいことでもあったのかな。

もしかしたら、役員プレゼン関連で、鈴木さんとも仕事をするようになったせいかもしれない。

やりがいを感じてるのかも。


そんな風に過ごしていたら、1週間なんてあっという間で。


「香蓮、明日、行けるよな?」

土曜の夜、夕食を食べ終わった後、翔が言った。

「明日?」私はちょっと考えて、すぐに思い出した。「あ、お買いもの……明日だっけ? もうそんな日?」

そう言えば、自分で手帳に書いた気がする。あれ以来見てないけど。

「香蓮、忘れてただろ」

「ごめんって。大丈夫、思い出したよ。結婚式の服でしょ?」

「ったくもー、香蓮は……。自分のことだろ?」

翔が呆れてため息をつく。

「そ、そうそう、鈴木さんの披露宴の会場ね、普通の結婚式場みたい。ハウスウェディングの会場を貸し切ってやるんだって」

「そっか。じゃあやっぱりドレスの方がよさそうだな。そーだ、香蓮。明日、そのまま夕飯も喰って帰ろうぜ」

「うん、いいよ」


翔と2人で出かけるのは久しぶりだ。


次の日の朝、私は翔に追い立てられるように支度を始めた。

9時半に家を出るなんて聞いてないっ!

のんびりお洗濯してたら、「香蓮、買い物って時間かかんだぞ?」って翔に怒られてしまった。

私、そんなに時間かけて洋服選んだことなんて1回もないんだけど。


さて。今日は何を着よう?

自分の部屋のクローゼットの前で、私は一人ため息をついた。

とりあえず、インディゴ色のスキニージーンズをクローゼットから引っ張り出す。

問題はトップス。いっつも迷うんだよね。

タンスを開けるのも面倒くさいや。

ハンガーに掛かっていた白い綿のチュニックを手に取った。スクエアネックの淵にはレースがあしらってある。スリーブだけはサテン地。いわゆる異素材ってやつで、ドレープが効いている。

手早くそれに着替えて、ウエストにバックスキンの太めのベルトを巻いた。

最後にレース地の靴下を履いて、ハイ、準備完了。


私がリビングに戻ると、翔はとっくに準備を終えていたらしく、カフェチェアに座って新聞を読んでいた。

「翔、お待たせ。準備できたよ。行こ?」

翔は私を見て、少しだけ眼を鋭くした。新聞を置き、腕を組んで呟く。

「香蓮は、服のセンスは悪くないんだよなー」

翔は踵は床につけたまま、つま先を床に小刻みに打ちつけた。

ビンボーゆすりってヤツだ。

「翔、それ行儀悪い……」

「香蓮、俺たち今からどこに行くんだっけ?」

「渋谷でしょ?」

「そうだよな。渋谷だよなぁ。それはわかってるんだよな」

翔はため息をついた。

「どうしたの? 行かないの?」

「ごめん、電車、遅らせる」

「ええっ?」

せっかく急いで準備したのに?

翔はリビングの真ん中にあったテーブルを壁際に移動させ、代わりにさっきまで自分が座っていたカフェチェアを設置した。

「はい、香蓮はここに座る」

私は翔に引っ張られて、部屋の真ん中にポツンと置かれた椅子に座らされた。

「???」

とりあえず、大人しく言われたとおりにしておこう。

翔はリビングから出て行こうとした。私も立ち上がりかける……と行ったはずの翔の上半身だけが扉の影から見えた。

「動くなよ?」

「……ハイ」


翔はすぐに戻って来た。手にはシルバーのハードケースを持っている。

「何するの?」

「いーから」

翔がケースを開けると、そこにはメイク道具と思しきものが綺麗に整頓されて入っていた。

「あ、これ、俺の仕事用のバニティケースね」

私に笑いかけながら、翔が説明してくれる。そして、私の頬を右手の中指ですっと指で撫でた。

「香蓮、今、スッピン……だよな。朝、肌の手入れした?」

「えっと、顔洗って、日焼け止め塗った」

「……それだけ?」

「うん」

「あっそ」

翔は言いながら、コットンに何か液体を染み込ませた。

え? 何するの?

「しばらくの間、じっとしてろよ? ちょっと肌を整えて、メイクすっから」

えぇっ?!

私が絶句していると、翔が笑った。

「大丈夫だって、オレ、一応プロだぜ?」

「私、そんなに不安そうな顔してる?」

「してる」

「……」


翔がコットンで私の顔を拭っていく。

その後、また別の液体を新しいコットンに含ませて、今度はぺたぺたと肌を叩く。

「これ、化粧水な。さっきのは拭き取りタイプのクレンジング。んで、次は乳液」

次から次へと翔が私の顔に何か施していく。

なんだか、自分がケーキにでもなった気分……。

「香蓮、ちょっと目瞑って?」

翔は私に何度も目を瞑らせたり開けさせたりする。

私が目を閉じると、翔は右目のその上を優しく上に引っ張って、瞼に何かする。ちょっとくすぐったい。あ、反対もやるのね。

「はい、開けて?」

私は瞬きした。

翔が私から1、2歩離れた位置で、私の顔を覗き込んでいた。その表情はすごく真剣だ。

「こんなもんかな」

最後に翔は大きな刷毛みたいなもので、両頬をなぞった。

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