side Daichi - 22
「ただのお節介……かな」
「何でそんなお節介焼くんだよ?」
「永野さんって、すごく綺麗だよね。全然お洒落しないからほとんどの人が気付いてないみたいだけど。でも、いつも首の後ろで結ってる髪を下して、きちんとお化粧したら、周りが放っておかないだろうね」
何が言いたいんだ、コイツは。
正紀は自分のコーヒーを一口啜る。ソファから身をかがめてコーヒーカップをローテーブルに置き、オレを見上げた。その顔からは、いつもの微笑みが消えていた。
「ねぇ、浅倉。もしも僕が『永野さんのことが好きだ』って言ったら、どうする?」
オレは、自分の中で熱がスゥと冷めるのを感じた。
一切の雑音が消える。
永野のことを好き? 正紀が?
すごく冷静に正紀を見つめた。正紀もそのままの表情でオレを見つめ返す。
どのくらい、そうしていたか。
「なーんてね」正紀がまたにっこりする。「冗談だよ」
オレは正紀を見つめ続けた。
「そんな怖い顔しないでよ。僕には紗織がいるの、知ってるだろ?」
正紀のことばに、オレはようやく肩の力を抜いた。
いつの間にか、息を止めてた。
そして、あることに気づく。
そうか。オレ以外にも永野のことを好きなヤツがいるかもしれねーんだ。
いつまでも永野が一人でいるわけじゃねーんだ。
っつーか、今、永野ってフリーなのか?
永野の男関係ってどーなんだ? そういや知らねぇんだけど。鈴木さんじゃねぇってことはわかったけど。
アイツ、その手の話題は全然出さねぇし。こんなに長い時間一緒にいるのにな。
まさか、男、いねぇよな?
もし、いたら。そしたら、オレはどうする?
どうしたらいい?
コーヒーを飲み終わると、店を出て正紀と2人で大通り沿いを歩いた。
正紀が、本屋に行きたいっつったから、そちらの方へ向かう。どうやら専門書が欲しいらしい。
専門書を扱ってるような大きな本屋は、この先の大きな交差点を越えたところまで行かなきゃなんねーんだよな。
何が悲しくて男2人で肩並べてなきゃいけねーんだ。永野と歩いてる方がずっと楽しい。
正紀と歩きながら、テニスのこととか仕事のこととか話したけど、どっかでずっと永野のことを考えてるオレがいた。
さっき、思いついちまったことが気がかりだった。
週末が明けたら、永野にそれとなく聞いてみよう。
いや、その前に武田かな……。アイツなら永野から何か聞いてるかもしんねーし。
交差点まであと少しっつーところで、歩行者信号が点滅し始めた。
「あーあ。間に合わなかったな。それとも、走るか?」
オレは、隣にいる正紀を見た。
正紀は横断歩道の方を見てはいたけど、信号よりも他のことに気を取られてるみたいだった。何かを目で追ってる。
ただ、その表情は、正紀にしては珍しいものだった。何事にも動じないコイツが、なんっつーか、驚いてる? オレの声にも気づいてねーな、こりゃ。
「正紀?」
「ん? あぁ、ごめん」
正紀がオレの方を向く。さっきの妙な表情は既に消えて、いつもの微笑みが戻っていた。
「どうかしたか?」
「ううん、どうもしないよ? あのさ、ちょっと欲しいCDがあったの思い出したんだ。先にそっち寄ってもいい?」
「ああ、別に構わねーよ?」
確か、少し戻ったところに大手のレコード屋がある。
「ごめんね」
正紀が方向を変えて歩き出した。横断歩道とは別の方向へ。
それにしても。
正紀のヤツ、何見たんだ? 明らかに驚いてたよな、いっつも余裕かましてるコイツが……。
止せばいいのに、オレは気になっちまって、さっき正紀が見ていた方に視線を送る。
信号の手前の雑踏の中、ひときわ目を引く一組のカップルがいた。男女とも背が高くて、芸能人かモデルみたいだと思った。
どうやら、男が女の手を引いて、急いで信号を渡って来たところらしい。2人の手は繋がれていた。
男の方はオレよりも少し背が低いくらいか? 女性が騒ぎそうな、美形男子特有の何かを醸し出していた。体つきも細くて、流行りのアイドルみたいだ。着ている服はデザインが奇抜だが、不思議とそいつに似合ってた。肩には紙袋。そこに描かれているロゴから、女の荷物を持ってやってるんだって想像するのは容易だった。
女の方は、下向いてるから顔がわかんねー。ふんわりした印象のトップスに脚のラインを強調するようなジーパン。長そうな髪を斜めに緩く結い上げていて、その毛先は散らされている。隣に立つ男よりは低いが、女性にしては背が高そうだ。
視線を感じたのか、男がオレの方を見た。
男と目が合う。
その男の刺すような瞳に、オレはたじろぐ。
――なんか、睨まれた?
男の脇で女が顔を上げた。笑顔で、男を小突きながら。
綺麗な顔立ちの女だ。オレは一瞬見惚れた。
そして。
永野……?!
反射的にオレは身を翻した。
数歩先に正紀の後ろ姿が見えた。その後を追いかける。
なんだ、なんだ、なんだ? なんだったんだ、今の?
今見た情景が目に焼き付いて離れねー。
あれは、永野だった。
確実に永野だった。
髪型はいつもと違ったし、多分、化粧だってしてたけど、あれは、永野だ。
オレがあいつを見間違えるわけねー。
じゃあ、隣にいた男は誰だ?
永野がアイツと手を繋いでた。
それに、あの永野の笑顔。明らかに、普通以上の人に見せる顔だ。
あの男は、永野にとって、特別なのか?
そっから先は、もうよく覚えてねー。
気がついた時には、オレは家にいて、酒を飲んでいた。
いくら飲んでも、全然酔えなかった。




